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    CitrusCat0602

    @CitrusCat0602

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    CitrusCat0602

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     カノープスは羊の案内でやってきたこの星に疑問を感じていた。死にかけた星の匂いの中に、生き生きと枝を伸ばし息づく生命が存在している。この星はまるで、消えかけた炭に後から火を継ぎ足したような、そのような印象を受けた。そう、例えば自分のような炉心がいたかのような……。

    「おにいちゃん?」
    「……ん?」
    「降りないの?」

     アルローリアは新緑のような色の瞳をカノープスに向けている。そうだった、とカノープスは考えるのは後にしようと浮かんだ疑問を頭の隅に追いやった。アルローリアとシュネーヴの付き添いで今彼はこの星に降り立っている。
     見渡す限りの荒野だ。その中に点々と緑が存在している場所がある。その内の一つに羊は三人を連れて降り立った。続いて一向が足を踏み入れた瞬間、風もないのに木々が揺れる。思わず警戒するシュネーヴとカノープスの耳に、囁き声が聞こえてきた。

    「来た」
    「帰ってきた」
    「お帰り」
    「お帰りアローシェ お帰りフォシル」
    「ぼくらの末妹が連れてきた」
    「二人を連れて帰ってきた」

     子供のそれに似た、淡々とした抑揚のない囁き声が四方八方から矢継ぎ早に投げかけられる。敵意は今のところ感じないものの、姿を見せないそれらが口にしたアローシェ、という名前にカノープスはシュネーヴの方へ視線を向けた。
     ざわざわ、ざわざわとさざめきが続いていたかと思うと、突然ぴたり、と。不自然なほど辺りが静まり返る。何が起きてもいいように、シュネーヴはアルローリアのことを引き寄せた。

    「違う」

     ぽつり。一人がそうつぶやく。

    「違う」

     続いて別の方向から声が聞こえた。つられてか、どんどん先程と同じように囁き声が流れ出す。

    「匂いはにてる」
    「でも違う」
    「わあみて 本物の炉心だ」
    「でも違う」
    「似ているのはおちびさんとお耳の長い子」
    「誰?」
    「知らない」
    「知らない子」
    「女王様に教えなきゃ」

     炉心、という言葉にカノープスは反応を示した。聞きたいことは他にも沢山ある。だが、彼にとって炉心という言葉はそれらを差し置いて一番に把握しておきたいものだった。

    「どうする?」
    「どうしよう」
    「大変だ」
    「困った」
    「待って」
    「ぼくらは知ってる」
    「人間は一度に沢山聞けない」
    「炉心は人間?」
    「わからない」
    「でもほんとは人間 フォシルは言ってた」

     ざわざわと話し合う声が続き、正面の方を残して他の声が消え、静まる。

    「ぼくらは知ってる 人間は自己紹介をする
    ぼくらはバイアクヘー
    二人の匂いがするおちびさんとお耳の長い子 それから炉心 きみたちは誰?」

     幼い子供のような声がそう尋ねた。カノープスが一歩前に進み出て木を見上げる。葉の陰からきらきらと輝く三対の何かが見えた。

    「私はカノープス。貴方達の言う炉心の一人です。……貴方たちはアローシェを知っているのですか?それに、本物の炉心……?ここには、他にも炉心がいたのですか?」

     戸惑いながらカノープスがそう問いかける。質問を咀嚼しているのだろうか、暫し無言で葉を揺らし、バイアクヘーと名乗るそれは口を開く。

    「アローシェ ぼくらの炉心 炉心になれなかった者 バラバラにされてしまった子 フォシルが探してる ぼくらも探してた」

     バイアクヘーは一旦言葉を切る。シュネーヴは自らとアルローリアがかつて行動を共にした、アローシェと名乗るダークエルフのことを思い出した。話の内容からしてフォシル、というのが彼女の本来の名前なのだろう。彼女の探し物とはこのことだったのだろうか。
     カノープスは自分たちのことをじっと観察しているらしい視線を感じながら、ただバイアクヘーの言葉の続きを待つ。

    「そのおちびさんからアローシェの匂いがする お耳の長い子はフォシルに似てる だから末妹間違えた ふたりとふたりを間違えた
    ……でも しかたない」

     ぷゆ、と羊が鳴き声を上げた。それを受けてかバイアクヘーはため息のような長い呼吸音をこぼし、かちかちと何かを打ち合わせるような音をさせる。彼ら独自のやり取りだろうか、羊はやや落ち込んだように自分の毛皮に顔をうずめ、真ん丸になってしまった。

    「おちびさんはおちびさんだけど お耳の長い子とかのーぷすは強そう ぼくらの女王様助けて欲しい」

     そう懇願する声の方へシュネーヴは目を向け、口を開く。

    「わたくしはシュネーヴ。こちらのカノープスの旅に同行している者です。以前、アローシェと名乗る女性と行動を共にしたことがございますので、それで彼女とわたくしを間違えなさったのでしょう。」

     その話を聞くと、ざわりとバイアクヘーたちはまたざわめいた。彼らはフォシルがアローシェと名乗っていたことをどうやら知らなかったらしい。戸惑うようなざわめきがしばし続き、それがやがて落ち着くとシュネーヴは彼らに質問を投げかける。

    「……失礼ですが、女王様とはどなたでしょうか。貴方方の、大元なる存在と推測致しますが」
    「女王様 ぼくらのご飯を産む方 この世界に根を張る大樹 留守を守っていた女神 桃色の素敵なお花のひと
    でも悪い虫に身体をたくさん齧られた 助け求めて末妹旅立った 早くしないと枯れちゃう
    悪い虫とっても強い ぼくらはつよくない たくさん食べられた」

     波のない静かな声が、僅かに暗く落ちた。シュネーヴは眉尻を下げる。この場所に来て羊のことを助けたい、と言っていたアルローリアならきっと可哀想だと言うはず、と思って、先程から妙に静かな彼女に気が付いてシュネーヴはアルローリアの様子を伺った。
     アルローリアの顔に表情はなく、ただじっと声の方へ視線を向けている。そこにいるのは確かにあの明るい幼子であるはずなのだが、あまりに普段と様相が違うので違和感が大きい。

    「色々と確認したいことはありますが、まずはこの星を案内して貰ってもよろしいですか?貴方たちの言う虫がどう言ったものか、確認したいです」

     カノープスがバイアクヘーにそう伝えた。話を聞く限り、この星は今想定していた通り危機的状況にあるらしい。しかし承諾する前に情報を集めておきたかった。バイアクヘーたちはまた暫くざわつき、話が纏まったのか落ち着く。

    「わかった ぼくらの中の 今話している個体が一緒に行く 怖がらないで」

     目の前の木が大きく揺れ、先程までこちらに向けられていた三対の何かがふっと影の中に消えた。続いて、桃色の大きな……羊のような、虫のような、不思議な生き物が現れた。怖がりはしないものの、予想していたよりも大きなそれにカノープスは驚いたように目をしばたかせる。バイアクヘーはゆっくり首を屈め、カノープスの顔を覗き込むようにした。

    「人間 ぼくらを見るとびっくりする 大きいから でも女王様とおんなじ色にしてから攻撃されなくなった
    でもかのーぷす 平気そう 安心」

     どこか嬉しそうにバイアクヘーはそう言って翅を震わせる。しかしそのすぐ後に落ち込んだように首を前に垂れる。

    「ぼくらの乗り心地 とっても悪い フォシル……しゅねーゔからみたら アローシェ?あの子がそう言ってた
    だから歩いていくことになる……」

     人を乗せることが好きな生き物なのだろうか、どこか残念そうだ。カノープスは少しだけ苦笑を浮かべ、「ありがとうございます、道中よろしくお願いします」と礼を述べた。
     バイアクヘーはカノープスたちを高台まで連れて行く。森から出た途端、この場にそぐわないからっと乾いた風が顔を撫でた。

    「虫 悪い虫 女王様の根っこ狙ってやってくる この星は女王様のエネルギーを分けてもらって現状維持をしてる フォシル言ってた でも悪い虫 女王様のこと齧った 女王様弱ったから ちょっとずつ星が弱ってる……」

     バイアクヘーの言葉を聞きながらカノープスは辺りを見回す。この場所のように木々に覆われている土地はあるものの、彼の話によればこの星は決して肥沃な星ではなく、女王と呼ばれる神格のエネルギーを使って生活区域を保っているようだ。その中に人々が住んでいるようで、目を凝らせば住居が確認できる。とはいえ、荒野には黒い虫が何体も闊歩しているのも視認でき、あれらを恐れているのか或いは元々人が暮らすには適さない場所であるのか、荒野と森の境界線には人がいない。

    「あれが女王様」

     バイアクヘーは鼻面を荒野に向ける。彼の示す先には見事な大樹が鎮座していた。その大樹は枝いっぱいに桃色の花を咲かせており、一見状態は良いように見える。しかし、よく見ればところどころ不自然に枝がない部分があった。

    「元来エネルギー不足に悩まされていた土地……貴方たちのいう女王とは、セフィロトのように外からやってきた神格なのですか?」
    「セフィロト 木の神様 女王様とお揃い ぼくら知ってる
    多分そう?ちょっと違う?外からやってきたのは同じ ヴルトゥームという神様から株分けされてやってきた 人の手で植えられた この星生かすために でもうまくいかなかった 再生はできなかった」
    「……」

     カノープスは顎に手を当てもう一度荒野に目を向ける。女王が倒れてしまえばこの星やこの星に住まう人々はきっと生きてはいられない。ぐ、と眉根を寄せる。今すぐに虫の除去をするには謎が多く、カノープスはふとシュネーヴとアルローリアの方を見た。いつもならば元気に喋っているはずのアルローリアがあまりに静かだ。シュネーヴと目が合い、また様子がおかしいことを察するとそっと膝をつきアルローリアと目を合わせる。

    「リア……大丈夫?こうやってみんなと異界を歩くのは初めてかもしれないね……はぐれないようにするんだよ」

     瞬き一つしないその瞳がじっとカノープスを見つめた。その瞳の色がいつもの新緑ではなく、月のような銀色をしていたかと思えば、ぱっとアルローリアの顔がいつもの表情に変わる。

    「んえ?」

     ぱちぱちとしきりに瞬きをし、一瞬視線を宙に彷徨わせた彼女は、がんばってついてく、と大きく首を縦に振った。バイアクヘーがくるりと振り向き、しきりに首を傾げながらアルローリアを見つめる。

    「ん?んー ん……?おちびさんは炉心じゃない でもアローシェと同じ匂いがする 変なの」

     首を伸ばしてアルローリアに顔を寄せ、何度か匂いを嗅いで怪訝そうな声でバイアクヘーがそう言った。おちびさん、と呼ばれたアルローリアはむ、と口をへの字にする。

    「変じゃないもん!リアはリアっていう素敵なお名前があるんだもの、おちびさんって言わないでっ!」
    「リア」
    「そう!リアはリア!」

     ずい!と身を乗り出してくるアルローリアに驚いてバイアクヘーは首を縮める。そうしてカノープスの後ろに回りながらやはり首を傾げた。

    「さっきまでお喋りしなかったのに 突然元気 変なの」

     心底不思議そうに彼がそう言うのを聞きながら、カノープスはアルローリアに対して感じた違和感に眉を寄せる。それをどう捉えたか、バイアクヘーはじっとカノープスを見つめた後に跳ねるようにカノープスの前に移動した。

    「案内 案内 ぼくらは一旦このコロニーの女王様の根っこを見せようと思った でももしかして 人間のいるコロニーに案内すべき?でもそうすると 悪い虫がいる」
    「……虫の魔物、というのは世界によっては然程珍しくはありません。問題は、彼らが何処からやって来て、何を目的としているのか、でしょう。」

     アルローリアのことを見つめ考え込んでいたシュネーヴが顔をあげ、バイアクヘーの提案を踏まえてそう口にする。

    「目的が単純に……女王の木のエネルギーの奪取であれば、彼らの齧るものがどういったものなのか、確認すべきかと思います」

     シュネーヴの意見に、同じようなことを考えていたカノープスも頷く。

    「そうですね……、私もシュネーヴと同意見です。女王の根の下へ案内していただけますか」

     それを聞けば、バイアクヘーは了解の意を示し高台を降り始めた。女王の根が安置されているのはどうやらこの場所の中心部のようで、現在いる高台から少し離れているらしい。暫くはふんふん鼻歌を歌って歩いていたアルローリアだったが、やがてぴたりと足を止める。それに気が付いてカノープスとシュネーヴが足を止め、バイアクヘーも同じように足を止めた。アルローリアはすっと地面にしゃがみ込み、それを見たカノープスが困ったような顔をする。

    「抱っこ!リア、抱っこして欲しい」
    「リア……ごめんね、今はできないんだ」
    「やだ!抱っこ!」

     ぶす、と頬を膨らませて一歩も動かないぞ、という意思をあらわにしたアルローリアに、カノープスはどうしたものかと頭を悩ませた。いくらこの場所がある程度安全の確保された場所とはいえ、両手が塞がるのは避けたい。カノープスが手をこまねいていると、バイアクヘーは面白そうに顔をアルローリアに近づける。

    「おちびなリア ほんとにおちび ぼくの背中乗る?」
    「乗る!」

     アルローリアはぱあっと表情を明るくして即座に返答した。よじよじと彼によじ登るアルローリアを見ながら、カノープスはバイアクヘーに「すみません……」と思わず謝罪をする。バイアクヘーはんー?というように首を傾げたものの、再び歩き始めた。
     ところが遊びたい盛りの子供に動物を与えるとどうなるか、といえば……

    「あ!あれなに!?あっち!あっち行きたい!」
    「えっいかない いかない あっち違う」
    「行ーくーのー!」
    「あ~~~~」

     バイアクヘーは角をがっしり掴まれて哀れっぽい声を上げた。ぽかんとするカノープスをよそに、何となくこうなるんじゃないかと思っていたシュネーヴはバイアクヘーに近づくとそっとアルローリアの手を握る。

    「ハッ」
    「バイアクヘーさんを困らせてはいけませんよ、リア。」
    「おちびなリア……ちびのくせに強い……」
    「あなたさえ良ければお目付け役を乗せようかと思うのですが……」
    「お願い……お願い……ぼくはびっくりした……」

     先ほどよりも力なく聞こえるバイアクヘーの声に申し訳なさを感じながら、シュネーヴはアルローリアの後ろに召喚した小人を乗せた。ハイホー!と後ろから聞こえる声にアルローリアは唇を尖らせながらも大人しくなる。それにバイアクヘーはほっとして、気を取り直すと女王の根の下へ向かった。

     それはこの区域の中心に安置されている。他の木々に守られるようにして、ぽつんと一本、先程の大樹と同じ種類の木がそこにあった。

    「……これは」

     カノープスが眉を寄せる。それは確かに木だったが、縦に裂かれたように不自然に左半分が欠けていた。それだけではない。その木の周囲に、無残に割られた桜色の薄い殻のようなものが大量に散らばっている。

    「このコロニーの根っこ 一番ちいさい ぼくらの赤ちゃんがほんとはここにいるから いつもは人間のコロニー守ってる
    でもこの間虫が攻めてきて沢山齧られちゃった……ぼくらの赤ちゃんもたくさん食べられた
    赤ちゃんの魂 女王様の根っこに返したけれど あまり治らない」

     悲し気にバイアクヘーは女王の根に近づくと鼻先を寄せる。何か目に見えない膜のような物によって木の断面は覆われており、これ以上のエネルギー漏出がされないようになっているようだった。
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