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    まみや

    @mamiyahinemosu

    好きなように書いた短めの話を載せてます。
    現在は主にDQ6(ハッ主)、たまにLAL。

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    まみや

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    ゲーム本編前のハッ主。ネタバレ注意。ハに嘘をつく主、付き合ってから別れるまで。シリアス。アンソロに寄稿したハッ主の話よりさらに前のふたりのつもり。

    ##6(ハッ主)

    悲しみよ、こんにちは あんな光景を見たいわけじゃなかった。
     オレはただ、……ただ、嫌で仕方なかった実家を飛び出して、夢だった武闘家になって魔王を倒す旅をして、さらには人生で初めてできた恋人ってやつに浮かれて。
     もう毎日夢みたいに楽しくて仕方なくて、この先もこのまま、こんな風にずっといられたらいいのにって思って、それで。
     バカだった。
     そうだ、オレはバカで、……そんなだから親父にもずっと怒られて、そんなの、今に始まったことじゃねえのに。
     わかってたはずなのに、改めてその事実を目の前に突きつけられたような気がして、腹の中がずんと重くなった。
     さっき見たばかりの、ぼろぼろと涙を零しながら、ごめんなさい、と謝るレックの泣き顔が脳裏に浮かび、オレは、ぐ、と奥歯を噛み締める。
     宿屋の廊下を早足で歩き、玄関を出て、酒場への道を急ぐ。
     見上げればもう空はすっかり暗い。
     レックに初めて会ったのも、そういえばこんな夜だった。

     かっとなって家を飛び出したのが、全ての始まりだった。
     ずっと、いつか家を出たいとは思ってた。あの日は、そう、朝っぱらから親父に仕事のやり方のことで怒鳴られて、なんだかもう本当に、嫌になっちまって。
     大喧嘩して、もう帰らねえって叫んで、勢いよく家を出た。そして、もうすぐ出航するレイドック行きの定期船に飛び乗った。
     遠いところへ行きたいというのもあったが、オレの中でレイドックは、ずっと気になっていた国だった。
     それは巷で話題のある噂のせいだ。
     魔王ムドーが、レイドックの王様と王妃様を呪いにかけて眠らせてしまったらしい。以前、王女様が亡くなられたのもきっと呪いのせいに違いない。このままではいつか王子様も……。
     サンマリーノでこの噂を聞くたびに、オレは密かにそわそわしていた。
     これだよ、これ!
     オレはこういうのを求めてるんだ!
     冒険の旅に出て、魔王ムドーってやつを倒して、レイドックの国を救って、英雄になるんだ。
     素手での喧嘩は子どもの頃から得意だった。オレは大工なんかになるより旅の武闘家になりたかった。世界中を旅して、強い魔物を倒して、有名になって。そうすれば皆にすごいって言われるに違いない。
     大工なんかになるよりそっちの方が絶対いいに決まってる。大工仕事なんかいくら修行したって親父にはずっと怒られっぱなしで褒められた覚えなんてひとつもないし、才能があるとも思えねえ。
     もう家は飛び出しちまったことだし、ここはひとつ、魔王ムドーを倒して名を上げてやろうじゃねえか!
     とまあ、そんなわけで、意気揚々とレイドックの国に向かったものの、到着したのはもう夜も更けた頃だった。
     なんとか城の人間に話を聞けないものかと、人気がなさそうなあたりの城壁を乗り越え、城の中に忍び込んでみたものの、不審者だと追いかけられる始末。なんとか追っ手をまいて中庭に出ようとしたところで誰かにぶつかった。
     それがレックだった。
     慌ててとにかくぶつかったことを謝り、怪しまれて追いかけられたりしないように口早に自己紹介をして、「ところであんたは?」と聞くと、レックはしばらく驚いたようにぽかんと口を開けたままオレを見上げていたが、やがて、
    「レック」と答えた。
    「レック? レックって名前なのか?」
    「あ、ああ、うん。……あの、ハッサン、レイドックをなんとかしようとして来てくれたのはわかったけど、どうしてこんな夜中に、この城に?」
    「え? ああ、いや、オレがサンマリーノを出発したのは朝だったんだけどよ。レイドックに着くころには夜中になっちまってさ。仕方なく城に忍び込んでみたんだが」
    「えっ、忍び込んだ? 城に?」
     そう言うとレックは目を丸くしてこちらを見、そして、あっはっは、と笑った。
    「すごい、見張りがいるのによく入れたね」
    「いや、褒められたことでもねえんだが…」
    「ね、どこから入ったのか教えてよ」
    「へ?」
    「ボ……いや、オレ、城の外に出たいんだ。オレ、魔王ムドーを倒しに旅に出たいんだけど、他の人に見つかったらきっと止められるから」
     そう言ってオレを見上げてくるレックの目は真剣そのものだった。驚いて見返すと、レックは手のひらを合わせて「お願い」と言ってくる。
    「……ああ、まあ、いいけどよ。でも、止められるってどういう」
    「…………オレ、あの……この城の、新人の、兵士で、勝手に城を出たら怒られるから……でも、魔王ムドーは、絶対に自分の手で倒したいんだ。家族の、仇だから」
     レックは相変わらず真剣な目でオレを見上げ、その様子は嘘を言っているようには思えなかった。
     今思えば、この時点でおかしいと思うべきだった。もしレックが本当に兵士で、魔王ムドーを倒したいと思うなら、レイドックの国からたびたび出ていた魔王ムドーの討伐隊に加わればいいだけの話だ。
     でもオレは、そんなもんなのか、と思い、その話を特に疑わずに信じてしまった。そして、オレが忍び込んだ、人目につかない城壁のあたりから城を抜け出し、さらに、どうせ目的は一緒なんだからと、ふたりで旅をすることになったのだった。

     酒場の扉をギイ、と鳴らして中に入ると、酒場中の人間がこちらを一瞬見、そしてすぐに興味がなさそうに目を逸らした。
     カウンター席に座ると、マスターが「注文は?」と言いながら皿に乗ったナッツを出してくる。
    「……ビール」
    「あいよ」
     出されたナッツを口に放り込んで、がりがりと噛んでいるうちに、マスターがビールを目の前にドンと置いた。
    「どうも」
     礼を言ってビールに口をつける。苦味と、ぱちぱちと弾ける炭酸が喉に心地良い。
     半分くらい一気に飲み干して、オレは、ハア、とため息をついた。

     なんやかんやで旅の連れになったレックは、言っちゃなんだが、ものすごく世間知らずな奴だった。
     何もないところを歩いてるぶんにはまだ大人しかったが、新しい町に着くたびに、おのぼりさんのごとくキョロキョロと興味深げにあたりを見回し、平気でものすごく高い物を買おうとしたり、怪しいぼったくり商人に騙されそうになったり、やたら客引きに連れていかれそうになったり、どう見ても危なそうな場所にフラフラと近づいていったり。
     もう何度肝を冷やしたかしれない。
     慌てて助けに入ったり止めるたびに、レックは申し訳なさそうにオレに謝った。
    「オレ、子どもの頃からお城の中で育ったから、あんまり、町や外の世界のことを知らないんだ」
     父親がレイドックの兵士で、母親も仕事で忙しく、あまり構ってもらえないまま、小さい頃からずっと城の中で遊んで育った。そして、レイドックの兵士だった父親はムドーの呪いにかかり、その仇を討つために旅をしているのだ、とレックは言った。
     まあそれなら、城以外のことを知らなくても仕方がないかもしれねえ。オレだってサンマリーノ以外の町のことは、逆にレイドックの城のことなんかについては全然詳しくねえわけだから。
     旅の最中、オレが知っていることをレックに色々教えてやると、レックはいつも喜んだ。そして、ハッサンは色んなこと知っててすごいね、と感心したようにオレを褒めて、ずいぶんと慕ってくれた。
     それは、今まで親父に怒られっぱなしで荒んでいたオレの心を癒してくれた。やがて、癒すを通り越し、どうにもこうにもレックのことがかわいくて仕方なくなった。
     レックは世間知らずではあったが、心根は優しく、真面目で、礼儀正しかった。一緒にいて嫌だとかそんなことは全然なく、むしろ意外になんやかんやとウマが合って、居心地が良すぎるくらいで、だから、オレがレックのことを好きになるのに、そう時間はかからなかった。
     ある時、オレが好きだと言ったら、レックはずいぶん驚いていた。
    「す、……好きって、あの」
    「ええっと、その……つ、付き合ってほしいっつーか……恋人に、なってほしいっつーか」
    「お、オレが、ハッサンの…?」
    「……おう」
     オレが頷くと、レックは赤い顔で、困ったような表情を浮かべた。
    「…………恋人って、どんなことするの?」
     レックに改めてそう聞かれて、オレの方が赤面した。
    「どんなことって……いや、そりゃ、あの、……手繋いだり、キスしたり、せ、セックス、したり……?」
     それを聞いてレックの顔はさらに赤くなり、いよいよ困った顔になった。
    「………………あの、ボ……お、オレ、あんまり、そういうの、詳しくなくて、せ、セック…ス?とかは、ちょっと、怖いんだけど、でも、……ハッサンのことは、好きだと、思うから……あの、……オレで、よければ」
     完全に困りきってはいたが、真っ赤な顔で、恥ずかしそうにそう言うレックが可愛くて、オレは思わずレックを抱きしめて、そして頬に軽くキスをした。
     レックは腕の中でびくりと体を震わせ、目を丸くしてオレの顔を見た。
    「ハッサン、い、今の、何」
    「へ? キスだよ。本当は頬じゃなくて口にするんだけど……」
    「そ、そうなんだ……」
     そう言ったままレックは俯いた。
     ひょっとして嫌だったのか、と思って心配して顔を覗き込むと、レックは突然顔を上げ、そして、すごい勢いでこちらに顔を近づけた。
     顔がぶつかりそうな勢いで、柔らかい唇を合わせられて、オレの目の前が真っ白になる。
     これ、もしかしなくても、キス……!
     唇はすぐに離され、目の前には真っ赤な顔で驚いたような表情を浮かべるレックがいて、それを見てたまらなくなったオレはすぐにまたもう一度キスをして。
     そうしてオレとレックは恋人になった。

     残ったビールを勢いよく飲み干すと、マスターからすかさずもう一杯飲むかと聞かれ、頷いた。
     同じものがドンと目の前に置かれ、また口をつける。
     いつもならビールを一杯飲めば気分がよくなってくるのに、今日はさっぱりだ。むしろどんより胸のうちがずぶずぶと沈んでくるような心地がして、オレはため息をつきながら、またナッツを口に放り込み、ガリ、と噛んだ。

     レックは、恋人同士がやることについても、あんまり詳しくはないようだった。最低限、どうやったら子どもができるのか、知識としては知ってるが、という感じの。
     レックは結構男前だし、オレと違って恋人のひとりやふたりくらいいてもよさそうなもんなのに意外な気がするような、まあでも、本人の世間知らずっぷりを思えばまあ妥当な線のような。まあ別にいいんだが。
     とはいえ、オレもこれまで誰かと付き合ったりした経験はなかったから、お互い初心者同士で、ぎこちなく緊張しながら体を触り合ったりだとか、そういう感じでのんびりやっていた。あんまりがっついて怖がられるのもイヤだったしな。
     そういうのにも少しずつ慣れて、緊張しなくなってからは、体を触ってお互いに抜き合ったりとか、そういうことをし始めた。最初はあんまりそういう経験がなくて、緊張してたレックも、オレに色んなところを触られたり舐められたりして、気持ちよさそうに喘いでイくようになって、レックもオレのものを口で咥えてくれたりして、オレはそれだけでめちゃくちゃ興奮した。
     正直、最後の挿入までやってみてえなと何度も思ったが、……自分で言うのもなんだが、オレのブツは結構デカいし、やったこともねえし、レックの身体にかなり負担かけそうな気がして、挿れるのは躊躇してしまった。
     まあ、そういうのはそのうち、魔王ムドーを倒して落ち着いてからでも、別に遅くはない。そんなことで無茶して、魔物との戦闘で足元を掬われるなんてことになっても馬鹿馬鹿しいしな。
     もし魔王ムドーを倒したら、手柄を立てたってことで、その時は、オレもレイドックの城で兵士として雇ってもらえたりするかもしれない。そうすればレックと同僚になって、ずっと一緒に働けるし、王宮の兵士ってやつにもなれる。それって最高じゃねえか? まあ、王様と喋ったりするのは、結構緊張しそうだが。
     オレがそう言うと、「それはいいね」とレックはいつも頷きながら微笑んでくれた。
    「ハッサンならきっと兵士になれるよ。強いし、もし魔王ムドーを倒したとなればなおさら」
    「へへっ、そうか? もしそうなれたら、ずっとお前と一緒にいられるよな」
    「うん、……本当に、そうなれるといいね」
     オレは本当に幸せだった。
     ずっとなりたかった武闘家になって、かわいい恋人と、魔王を倒すため、冒険の旅をして。
     こんなに最高なことがあるか?
     実家で怒られてた頃に比べたらもう雲泥の差だ。都合が良すぎていっそ夢なんじゃねえかと思うくらいだった。
     そう言うとレックはいつもおかしそうに笑って、オレも笑って、それで。

     もう一度ビールに口をつける。
     ちびりちびりと飲みながら、何の悩みもなく、夢のようだった時を思い出すと、みっともなく泣き出しそうになってしまって、オレは慌ててビールを喉に流し込んだ。
     しかしあまりに勢いよく流し込んだせいで、飲み終わってからつい派手に咳き込んでしまう。すると、「兄さん、勢いよく飲み過ぎだぜ」と近くの席の客から野次が飛んできて、オレは思わず、「うるせえな」と悪態をついてしまった。

     今日の昼ごろのことだった。
     久しぶりに新しい、大きな街に到着したオレとレックは、二手に分かれて、魔王ムドーに関する情報を集めることにした。
     オレは街の大通り沿いに露店を開いていた、世界中あちこちを旅してるという商人のおっさんに話しかけて、そして、気になる噂を聞いた。
     それは、レイドックの国の王子が魔王討伐の旅に出たらしい、という噂だった。
     曰く、王も王妃も呪いにかかったレイドックの国の王子は単身旅に出て、今は行方知れず。もう魔物に倒されてしまったのではないかと、皆が心配している。今は大臣の裁量で民に重税が課され、皆が困っている…。
     それを聞いて、オレは思わず顔を顰めた。
     王様と王妃様が眠りについた状態で、王子までいなくなって、大臣はなんだかよくねえことしてそうだし、レイドックの国は一体どうなるんだ。大丈夫なのか?
     魔王ムドーを倒したところで、オレとレックが帰ろうとしてる国自体がなくなった、なんてことになってなきゃいいが。
    「……ま、まあ、でも、その王子は一応、魔王討伐に行ったんだよな? そのうちひょっこり帰ってきたりするかもしれねえよな」
    「いやあ、それがな、事態はもっと深刻かもしれないんだとよ」
     城の確かな筋から聞いたところによると、その王子はある夜、忽然と姿を消したそうだ。実はその夜、城には謎の大男が侵入していたのだとか。もしかするとその大男は魔王ムドーの差し金でつかわされた魔物で、王子は実のところ魔王に攫われてしまったのかもしれないとも噂されているのだ、と。
    「兄さんも相当な大男だが、兄さん、実は魔物で、まさかレイドックの王子様を誘拐したりしてねえだろうな?」
     完全に冗談めかしてオレにそう言ってきた商人のおっさんの言葉を聞いて、オレの背筋を嫌な汗が流れた。
     レイドックの王子様が、旅に。
     城に侵入者が来た夜に、忽然と姿を。
     まさか、……いや、そんなわけない、だってあいつは、新人の兵士だって、自分で。
     …………でも。
    『城の外に出たいんだ。オレ、魔王ムドーを倒しに旅に出たいんだけど、他の人に見つかったらきっと止められるから』
    『家族の、仇だから』
    『子どもの頃からお城の中で育ったから、あんまり、町や外の世界のことを知らないんだ』
    「……あの、もし、知ってたらでいいんだけどよ、おっさん、その、王子の名前と見た目って、わかるか?」
    「ん? ああ、王子の名前は確か、レック王子じゃなかったかな。青い髪で、なかなか男前らしいぞ」

     二杯目のビールを飲み干し、残り少ないナッツを齧っていると、マスターが、「ビールは?」と言い、オレは首を横に振った。
    「何か強い酒くれ、ロックで」
     オレがそう言うと、マスターはざらざらと音をさせてナッツを皿に追加し、そして、大きな氷が入ったグラスに茶色い酒をつぐと、オレの前に置いた。
     店のライトを反射して、煌めいて光る透明なその酒のきれいな茶色を見ていると、涙で濡れたレックの瞳が思い出されて、オレはかぶりを振った。
     溜息をつきながらグラスに口をつけると、グラスを布で拭いていたマスターがオレに向かってぼそりと話しかけてくる。
    「……お客さん、失恋でもしたのかい。ずいぶん落ち込んでるみてえだが」
     オレは酒を一口流し込むと、「そんなんじゃねえよ」と力なく答えた。
     そんなんじゃ、……いや。
     やっぱり、そうかもしれねえな。
     だってオレは、レックに選ばれなかったんだから。

     商人のおっさんに礼を言い、謝礼がわりに薬草をいくつか買ってから、オレはまた歩き出した。
     なんだか足元がいつもより覚束ない。何もかもが上の空で、ぼんやりとした状態のまま、オレは色んな奴に話を聞いて、でも結局、めぼしい情報は手に入らなかった。
     あの、商人のおっさんの話以外は。
     日が傾き、頭上に夕焼け空が広がる。
     オレはレックと事前に決めていた、宿屋にチェックインしようとした。受付で聞いてみれば、レックがすでに手続きを済ませていたようで、指定された部屋に行くと、部屋の中ではレックがすでに荷をほどき始めているところだった。
     部屋の扉を開けたオレの方に驚いたように振り返り、そしてオレの姿を認めたレックは、嬉しそうに微笑んだ。
    「あ、ハッサン、おつかれさま。何かいい話聞けた?」
    「……ああ」
    「本当? すごいや、オレの方はさっぱり」
     どんな話? というレックの言葉に、オレは迷った。どうする。どう言えば、……いっそこのまま、黙っておいた方がいいのか?
     もし、あの話が本当で、レックが王子様なんだったとしたら。
     オレはずっと騙されて、……いや、でも。
     レックは、そんなことするような奴じゃないって、思いたいけど、でも。
     考えた末に、オレは重い口を開いた。
    「…………商人のおっさんが、教えてくれた。レイドックの王子様が、ムドー討伐の旅に出たんだと。レックって名前で、青い髪の、王子様が」
     どさ、と何かが床に落ちる音がした。
     音のした方を見れば、レックが、それまで手に持っていたらしい、荷物の入ったふくろを地面に落としたようだった。
     さっきまで微笑んでいたはずのレックの顔は完全にこわばり、だんだんと顔色を失っていく。
     それを見て、心の中で確信した。
    「……本当だったんだな」
    「……っ、…………あ、の、ハッサン」
     じわじわと、嫌な感じが腹の中に広がっていく。どうして、という言葉が頭の中を支配して。
    「騙したのか、オレのこと」
    「っ、違う、……………いや、………」
     レックはそう言うと俯いた。
     そして、真っ青な顔で、「ごめんなさい」と震える声で呟く。
     それを聞いたオレは、……いつの間にやら緊張していたのか、なんだか一気に力が抜けてしまって、部屋の椅子にどっかりと座り込んだ。
     王子様。
     レックが、……王子様。
     いまだに信じられない気持ちと、そうか、という気持ちの両方がオレの中に同時に浮かぶ。
     どうりであんなに、世間知らずだったわけだ。恋愛経験がろくになさそうだったのも、それで。
     でも。
    「……なんで、…………そんなの、黙ってたっていずれバレるに決まってるじゃねえか。なんで言ってくれなかったんだよ」
     いくら上手く隠していたって、魔王ムドーを倒してレイドックの国に帰れば、レックが王子だってことなんかすぐにバレる。
     オレは、その時に初めて、レックが王子だったことを知らされる予定だったのか?
     いくらなんでも間抜けすぎるだろ。
     だって、オレはレックの恋人なのに。
     ……恋人、なんだよな?
    「ごめん、ハッサン」
     レックが泣きそうな顔で、もう一度オレに謝った。そして、震える声でさらに言葉を続ける。
    「……最初は、身分を隠した方がいいと思って、咄嗟に嘘ついたんだ。ハッサンが信頼できそうな相手なら後でちゃんと話そうと思ってた。でも、ハッサンに告白されて、恋人になって、それが嬉しくて、居心地がよくて、つい、このまま黙ってようって、魔が差して、…もし、自分が王子だって言ったら、全部、何もかも終わっちゃう気がして、……いつかはきっとバレるってわかってた、でも」
     ハッサンと、恋人のままでいたかった、と絞り出すような声でレックは言った。
     オレと、このまま、恋人のまま。
     旅を続けて、魔王ムドーを倒して、それで、レックは国に帰って、……そうしたら、その後は?
     オレは、もしかすると兵士に取り立ててもらえるかもしれない。でも、オレがずっと考えてたみたいに、レックとふたりで兵士として働くってことは、きっとないだろう。
     レックは王子様として、オレは兵士として、城で会うことは、あるんだろうが。
    「……王子様ってのは、オレみたいなのと付き合ってても、許されるもんなのか」
     オレがそう問うと、レックは黙った。
     その沈黙が何よりの答えだった。
     そりゃあ、そうだよな。どこかのお姫様ならともかく、間違ってもオレみたいな、ただの庶民で、うだつの上がらねえ、大工のなりそこないの家出野郎なんか、王子様のお相手に相応しいわけがない。
     たとえオレが、家出野郎ではなく、王宮の兵士になったとしても、それはきっと変わらないだろう。
     王子様にはきっと、お姫様とか、どこかのご令嬢とか、そういう相手が。
    「……もし、このまま、恋人として付き合い続けて、魔王ムドーを倒して、オレがレイドックの兵士になったとして、それで、…………王子様のお前に、もし、どこかのお姫様とか、貴族の令嬢とか、そういう相手と、結婚の話が来たりしたら、どうするんだ」
     レックは俯き、目を閉じた。そして苦しそうな声でこう答えた。
    「……その時は、その相手と、結婚すると思う。…………ボクは、王子だから、皆の望むことを、しなきゃ」
     ああ、と思わず溜息が漏れる。
     こいつは、そう思って、……だから、ずっと、オレに隠し続けてたのか。
    「ごめんなさい」
     震える声でレックが謝って、そして、その目からぽろりと涙が溢れた。
     それを見て、オレはなんだか目の奥がつんと痛くなって、奥歯を噛み締めた。
     そうしないと、オレまで泣いてしまいそうだった。
    「……なあレック、こういうのはどうだ」
    「何……?」
     オレは、一縷の望みを賭けて口を開いた。
     でも、きっと断られる。そう確信しながら、オレはレックに問いかけた。
    「あのさ、魔王ムドーを倒して、そしたら、オレと一緒に、レイドックに戻らずに、ふたりで、旅を続けるってのはどうだ? オレは、どうせ家出してきたから帰るところなんてねえしさ。今みたいに楽しく、ふたりで」
    「………………」
     レックは、オレの言葉を呆然とした顔で聞いていた。でも、やがて、くしゃりと顔を歪め、また俯くと、首を横に振った。
     ああ、……そうだよな。
     こいつは、国と、両親のために、ひとりで城を抜け出して、魔王ムドーに挑もうとしてるような、偉い王子様なんだ。そんな奴が、いくら恋人だからって、オレ一人のために国を見捨てて逃げるような真似するわけない。
     オレが、真実に気づかずに、レックを兵士のままでいさせてやれれば、オレは、ずっとレックと一緒にいられる夢を見られたのか。
     いや、……どうせそれも、遅かれ早かれ、いずれ醒める夢だ。
     これ以上、オレにできることなんてない。
     どう足掻いたところで、王子様のレックに選ばれる未来は、オレにはない。
     ふう、とひとつ溜息をついてから、オレは椅子から立ち上がる。そしてレックに近づくと、その顎に手をかけた。
     弾かれたように顔を上げたレックに、オレはキスをした。すぐに唇を離し、オレはレックに笑いかける。
    「もう、別れようぜ、レック。お前は偉いよ、立派な王子様だ。オレなんかと付き合ったって、……どうせいつか別れるんなら、早い方がいいだろ」
     オレがそう言うと、レックの目にはみるみるうちに涙が溢れて、ぼたぼたと涙の粒が頬を流れていった。
    「嫌、……イヤだ、ボク、別れたくない」
    「だって、いつかは別れるんだろ」
    「でも、今すぐじゃなくたって」
     そのレックの言葉を聞いて、オレの頭にかっと血が上る。
     なんでだよ。
     なんで、そんな酷いことが言えるんだよ。 
    「いつか自分が捨てられるのがわかってんのに、それでも付き合えって言うのかよ!?」
     オレが思わずそう叫ぶと、レックは顔を青ざめさせて、さらに涙をぼろぼろと流した。
     そして、泣きながら、「ごめんなさい」と言うレックに、オレは背を向けた。
    「レック、……もう、これからは、ただの、いい相棒でいようぜ。魔王ムドーを倒すまではちゃんと今まで通り協力するから、心配すんなよ。……あーあ、なんか酒飲みたくなってきたし、酒場でも行ってくっかな。先、寝ててくれよ、レック」
     それだけ言うと、オレはレックから離れ、部屋を出た。
     宿屋の廊下を早足で歩き、玄関を出て、酒場への道を急ぐ。
     見上げればもう空はすっかり暗くなっていた。

     ビールよりも時間をかけて酒を飲み干し、マスターにもう一杯どうかとすすめられたが、断った。
     金を払って酒場を出、通りを歩くと、生ぬるい風が吹き抜けていく。
     レックはもう寝ただろうか。
     いつも宿屋に泊まる時は、風呂に入って、その後、どっちかのベッドでイチャイチャして、それから、次の日何するか話したりして。今日も、この街の宿屋はどんなだろうなって、道中レックと話したりして、楽しみにして。
     それなのに。
     なんでこんなことになっちまったんだろうな。
     もう戻らない、幸せな記憶が脳裏に浮かんで、オレはとうとう、ぼろぼろと涙を溢した。
     何も気づかずに浮かれていた自分があんまりにも滑稽で、そして、王子という重責を背負い、頑張っているレックに比べてあまりにも自分が情けなくて、惨めで、どうしようもなかった。
     そして、オレの、全部夢ならよかったのに、と呟いた声は暗い空に吸い込まれ、誰に聞かれることもなく、静かに消えていったのだった。
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