make-made「【器用さ】ってさ、儲かりそうだよね〜」
そうボクに話しかけてきたのは、ハトラさんだった。『ちゃん』とか『くん』とか呼ぶことが多いボクの中で、男の子か女の子か分かってないから、ハトラ『さん』。
「うーん、まぁ、そうかなぁ」
ボクは曖昧に答えた。
ヌビアの子───またはヌビア学研究員────くらいしか立ち入らない、研究所内のフリースペース。その自販機でコーラを買って飲んでいたときのことだった。
ハトラさんは、ボクの座るベンチの隣にドッコイショと座る。
「甘い飲み物、好きなのかな〜?」
「うん。炭酸大好き」
「クフフ、太るよ〜?」
「大きなお世話ー」
ボクは、ぷーっと頬を膨らした。
どうも、ヌビアの子は痩せ型だったり筋肉質だったりする人が多い。ボクだってそんなに派手に太ってるつもりはないけど、ヌビアの子の中だとベスト・オブぽっちゃり体型になってしまう。だけど、食の趣味を変えるつもりはない。
「話を戻すけどさ〜」
「ん?」
「【器用さ】って、儲かりそうだって話ー。何か直したり、コンクールの賞金取ったりできるんじゃないの?」
「ん…」
ボクは、今度は首を傾げた。コーラをまた一口飲んでから、ぷはっ、と答える。
「何かを修理するのはやるし、それで稼いでるのも事実だよ。でも、コンクールはやらないな」
「へぇーっ?絵画展とか出せば総嘗めなんじゃないの〜?」
「まぁ、そうだと思うけど…」
ボクは目を細めた。
絵画展なんて、最後に出したのが幼稚園児とかその頃。
当時、ボクの絵を『天才だ!』と息巻いて出品した両親が、『このクオリティは親が描いたに違いない』と却下されたのにえらく憤慨した。それ以降、絵画展にはとんと縁が無い。
加えて、ある程度成長してからは、人が努力して描いたものを蹴落として、楽々と賞を得ることに罪の意識さえ覚えるようになった。
だから、工芸展とか、絵画展には、ボクの名前が出ることはない。
「頑張ってない人がさ、賞を獲ったら嫌じゃあない?」
ボクは、ハトラさんに尋ね返した。
「へぇっ、そういうものかなぁ〜?ボクだったら『努力しないでお金をもらえるなんて最高!』って思っちゃうけどね〜。…ウン、それ、さいっこー」
ハトラさんの口振りに、んふふっ、とボクは笑った。
似たやり取りは、これまでの人生で何度も繰り返してきた。
誰かが『コンクールに出せばいいのに』と言う度に。
誰かが『芸術家になればいいじゃない』と言う度に。
その度、ボクは困ったような笑顔を作って、誤魔化すのだ。
「ボク、そもそも、あんまり芸術分野って好きじゃないんだぁ」
「ふゥん」
ハトラさんは、片方だけ見せている瞳を丸くした。それから、唇を突き出してクエスチョンマークを浮かべる。
「才能があるのに、嫌なんだ〜?セーヌが持久走を好まないのと同じかな〜?」
「さぁ…」
ボクは肩を竦めた。
「でもボク、本当に芸術って、分からないし、好きじゃないんだぁ…」
そうだ。
ボクは、芸術分野には興味がないんだ。
適当に造ったものが、『素晴らしい』『美しい』と持て囃される。
優れた芸術と銘打ったものを見せられても、『ボクにも描けるな』『ボクにも造れるな』としか思えない。
だから、つまらないんだ。
むしろ、人間が創り得ないもののほうが美しいと思う。
雄大な自然。例えば、大きな滝だとか、見渡す限りの砂漠だとか、星空だとか。
生き物は、絶妙だ。
動物は、人形にすれば────生命の拍動がないだけ若干見劣りはするものの─────十分美しいものが出来上がる。ライオンでも、コアラでも、蛇でも、クラゲでも。
人間なんてものは、ボクに審美の基準がある分、寧ろ容易い。メイクで作れるような美男美女ならば、ボクの作る人形の方が美しいと断言できる。
(だけど──────生まれながらにして、誰より美しい、と言われる人なら───?)
(ボクの造れない【美貌】を持っているとしたら─────?)
「……フエ、なんだか楽しそうだね〜?」
「そう?んふっ、そうかもしれないなぁ」
今度は、ハトラさんが(わけが分からないという風に)肩を竦めた。特に、ボクの笑顔の意味を問われることは無かった。相手がハトラさんなだけに、本気で『知りたい』と思われたら逃れられない。だから、不問に付してくれたのがありがたかった。
(………ボクは、そのためだけに、【ヌビアの子】として集められたんだから)
ボクは、口元を押さえる。もう一回だけ、んふふと笑った。