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    転生の毛玉

    あらゆる幻覚

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    転生の毛玉

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    【創作】すーぐ高校生組の話する
    リヨン、カステル、エルベ

    ##創作

    少女、3年生「あら?カステルさん」
    その声に、アタシは顔を上げた。教室の中、傾いた陽射しに、艷やかな黒髪を切りそろえた少女が照らされている。
    「リヨンじゃないか」
    アタシはその名前を呼んだ。リヨンはニッコリと微笑む。
    「もう6時を回っていますよ。委員会のお仕事ですか?」
    「ああ、運動会実行委員のね。そう言うリヨンも、生徒会の仕事だろう?副会長様」
    「ご明察です」
    リヨンは可笑しそうに口元に手を当てて、小首を傾げた。一つ一つの所作の品が良い。本当に、『お嬢様』という言葉がよく似合う。アイールやテネレも『お嬢様』らしいのだけれど(なんでもお家の方が高級官僚だとか)、リヨンとは少し種類が違う気がする。これが、第5都市と中央都市のお国柄の違いだろうか。
    「カステルさんも、もう居住区へ戻られますか?」
    「そうだね。帰るよ。リヨンも一緒に帰ろう」
    「喜んで」
    アタシはカバンに荷物を詰め込むと、肩に担いだ。
    片道3分の道のりを、思い切りゆっくり歩くことに決めた。

    *****

    「生徒会ってどんな仕事してるんだい?」
    歩きながら、アタシは尋ねる。リヨンは「そうですね」と少し考える素振りを見せてから、アタシを見下ろして答えた。
    「言わば、何でも屋みたいなものですわ。生徒の皆様が安心して、楽しく過ごすことのできる学校づくりの為なら、幅広く請け負います」
    「そうか」
    アタシは頷く。
    「それで、近頃はどうなんだい」
    「……………」
    リヨンは少し迷ったような表情を見せてから、辺りを憚った。定時退勤をする人の多い研究棟の前には、既にほとんど人がいない。誰の影もないことを確かめてから、リヨンは身を屈め、ごく小さい声で「ここ止まりでお願いします」と前置きした。
    「1年生の学校に対する満足度が、明らかに低いんですの。だからどうしたものかと話題になるのですが、でも───それは────……」
    「1年生の?………ああ」
    言葉尻を濁らせたリヨンを見て、アタシは納得した。『彼』関係だと察するのに、時間は要らなかった。
    「エルベ、随分荒れてるみたいだね」
    「ええ」
    リヨンは困ったように頷く。
    「エルベさんは───私達から見れば【ヌビアの子/記憶】ですけれど、そうでない人から見れば【ヌビア様の生まれ変わり】という感覚も強いでしょうから。おそらく、それがエルベさんを追い詰めたんじゃないかと……」
    リヨンは頬に手を当てて、はぁっ、とため息をついた。代わって、アタシが言葉を続ける。
    「エルベが荒れるものだから、【ヌビアの子】と一緒に学べると思って意気揚々とやって来た1年生は特にガッカリしている……っていう次第だね」
    可哀想に、誰も幸せになっていない。
    その言葉は、軽く飲み込んだ。

    このヌビア学研究所に、付属大学や高校が出来たのはそう新しい話ではない。
    だが、今年については、これまでと決定的に違うことがあった。【ヌビアの子】が招集されたことだった。
    つまり、去年度までに入学した学生や生徒は「ヌビア学について詳しくなりたい」といった程度の展望でこの学び舎へと来ていた。ところが今年度の1年生に限っては「ヌビアの子と一緒に過ごせる」と息巻いて本校に入学してきているわけだ。それが、当のヌビアの子に冷たくあしらわれてしまえば、『ヌビアの子とはこんなものなのか』ひいては『ヌビアとはその程度の人なのか』という落胆にも繋がるだろう。

    リヨンは、細くため息をつく。
    「実のところ、理事長から『ヌビア様の印象が悪くならないように』と釘を刺されているんですの」
    「フゥン」
    アタシは、この学校の理事長────確か、オーリンと言ったか─────の顔を思い浮かべた。教師というよりは、経営者めいたところのある人だ。
    「正直なところを申せば、エルベさんがあの調子ではヌビア様の印象が悪くなるのは避けられませんわ。何しろ【記憶】ですから──────でも、やはり、エルベさんの気持ちも尊重したいですし──────」
    アタシはリヨンを見上げた。短めに切りそろえた前髪の下、困ったように眉を下げている。
    リヨンは、ふんわりした物腰ながら、必要なときにはハッキリと物事を言い切る女性だ。だからこそ、3年生からの転入ながら生徒会副会長の大役をやってのけている。そのリヨンが、ここまで困り果てている。何も明言できずにいる。それは、彼女が『ヌビアへの憧れ』と『ヌビアの子としての苦しみへの理解を示したい気持ち』の双方を持ち合わせているからだろう。
    「………アタシたちの前では、良い子なのにな、エルベ」
    アタシは呟いた。

    噂で、『1年の【ヌビアの子】がヤバいらしい』と聞いた時、アタシとリヨンとは随分驚いたものだった。
    エルベといえば、どちらかと言うと無邪気で少年っぽいところのある子。もちろん【ヌビアの子/記憶】らしく、若干達観した一面があるのは否めないが、年相応に男子高校生している、というのがアタシたちの持っていたエルベに対する感想だった。
    「どんな女の人が好みかって騒いでみたり、新作のゲームで騒いでみたり、ね」
    「まぁ、真面目とは言い難いですけれども…。それでも、荒れていると形容するに足る人ではありませんわ」
    リヨンは、遠い目をした。それから唇の動きだけで、「何が彼をそんなに追い詰めたのでしょう」と呟いた。

    居住区が近づくと、人とすれ違う機会も増える。その度に、アタシ達は少しだけ声のトーンを落とした。
    やがて、ぐるぐると考え込んで黙ってしまったリヨンを見上げて、アタシは声を張る。
    「ま、ヌビア学とか関係なく、行事とか通して学校生活は十分楽しめるものだよ。運動会も近いことだし、そこで頑張ってもらおう」
    「あ……ええ、そうですね。学生の本分は、遍く勉学にありますわ!」
    リヨンが、黒と赤の瞳を細める。形の良い頬で笑う。

    ゆっくり帰るのも、やっぱり悪くないな、と思った。
    同時に、また自分のお節介に火がついてしまったな、とも思った。
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