ランダム do-2〜テネレとナスカ〜
ヌビア学研究所付属大学、その小さめの講義室。
部屋の端と端に、ぽつんと座る影が2つ。
「……………」
1人は、【ヌビアの子/カリスマ】の片割れ、テネレだった。何も話さず、ピンク色のツインテールを弄んでいる。
「……………」
1人は、【ヌビアの子/美貌】のナスカだった。こちらも静かに、頭に被ったクラゲの触手を弄んでいる。
お互いに、思っていることはたった一つだった。
((気まずい))
頭の中に描いているのは、まだ【ヌビアの子】として呼び出されて間もない頃。
当時のテネレは、今以上に、【カリスマ】としてではなく『アイールとテネレ』としてファッションブランドを立ち上げ名を馳せることを夢見ていた。そこで【美貌】であるナスカに、こう食って掛かったのだった。
『ナスカくんの美しさってやつが霞むくらいカワイイ服をテーネたちが作っちゃうんだから。そうだ、テーネたちが作った服のモデル、素顔のナスカくんがやってみる?』
ところが、そんな他愛ないはずの発言が、ナスカの地雷を踏んだ。今以上に素顔のことに触れられ慣れていなかったナスカは、まさしく発狂同然に叫び散らしたのだ。
『ぼくの顔の話をするな!!!お前にぼくの何が分かるっていうんだ!!!』
そして、ナスカは脱兎の如く走り去った。
その場にいたのは、まさしく双子とナスカだけだった。ゆえに、この一連の流れを知っているのは、二人を除いては双子の片割れ─────アイールだけとなる。
だからこそ他の【ヌビアの子】のいる場では然程目立たないのだが、いざ二人きりになってみると、二人の関係はえらくギクシャクするのだ。
テネレは思った。
(謝るのは違うよね。だって、向こうが勝手にキレたんだもん)
ナスカは思った。
(謝る……のは、違うよな。煽ったのは向こうなんだし)
互いに、ただの一言も発さない。視線が絡むこともない。
当然ながら、この後の2人が会話を展開することはなかった。
〜ラナークとカステル〜
「あ」
「お」
ヌビア学研究所附属高校、その裏門付近。
まさに『ばったり』と形容するにふさわしい出会い。
片や【ヌビアの子/優しさ】のラナーク。
片や【ヌビアの子/スピード】のカステルだった。
カステルはラナークに歩み寄りその金髪を見上げると、片手をひらりと振ってみせる。
「偶然だね」
「せやな」
「今日はエルベは一緒じゃないのかい?」
カステルは言いながら、キョロキョロと辺りを見回した。エルベとラナークが、高校の登下校を共にすることが多いことを知ってのことだった。
ラナークは、少しだけ眉毛を下げて答えた。
「エルベなぁ、今日は体調崩して寝込んでんねん」
「おや。風邪でもひいたのかな」
「いや……────どっちかっちゅうと、実験の疲労やと思う」
「────ああ、そういうこと」
カステルは、心配そうに目を伏せた。
カステルは、【ヌビアの子/スピード】だ。それゆえ、彼女を対象とした実験はもっぱら体力テストのようなものか、全身の筋組織をスキャンされるようなものが多い。心に影響を及ぼすような実験、精神実験が行われることはほとんどない。
一方、話題に上がったエルベ────【ヌビアの子/記憶】に行われる実験は、ほとんどが精神を乱すようなものばかりだ。酷く錯乱した後は、頭痛がすると言って寝込むこともある。まさに今日は、その日だった。互いに僅か沈痛な面持ちをして、3秒ばかり黙り込む。
「あ……そっちこそ、リヨンはどないしてん」
ラナークは話題の主体をカステルに明け渡した。カステルとリヨン(【ヌビアの子/知識】)は、同じ学年───3年生だ。【ヌビアの子】同士、同じ居住区画に住んでいるということもあり、やはり一緒に帰ることも多い。もちろん、ラナークもそのことを知っていた。
「リヨンはね、生徒会活動だってさ」
カステルの言葉に、ラナークは「あー」と頷いた。
リヨンは、今年度からの転入生でありながら、すぐに生徒会副会長に選出された。会長であるオデル・オーリンのもと、附属高校をより良くするための策について日夜頭を悩ませている。ラナークはそんな彼女を尊敬する反面、あぁは為れないと諦念を抱いてもいる。
「リヨンはすっごいなぁ」
「そうだね。アタシもリヨンを尊敬するよ」
カステルは、カラリと笑った。
つられて、ラナークもからりと笑った。