煙草 副隊主会議が終わり、廊下に出ようとしたところで珍しい人物に呼び止められた。
「阿散井、斑目。麻雀の面子を集めてるんだが、お前ら今晩どうだ」
そう声をかけてきたのは阿近さんだった。
人を集める催しは檜佐木さんが声をかけてくることが多いが、瀞霊廷通信の編集があるとかで会議が終わって一番に会議室を出て行ってしまった。
「どういう風の吹き回しだ?」
俺の隣にいた一角さんが不審そうにしている。俺と似たようなことを考えたのだろう。
阿近さんはマトモな人だと思っているが、何せあの技術開発局所属だ。裏があるのではと疑ってしまうのも無理はない。
俺も疑問を口にする。
「麻雀なら男性死神協会で集まるんじゃないんですか? 射場隊長やたまに京楽総隊長まで混じってやってるんでしょう」
瀞霊廷復興時のどさくさに紛れ、小さな活動部屋を確保した男性死神協会の面々。真面目なことからしょうもないことまで、その活動記録は復刊した瀞霊廷通信の記事に載ったり載らなかったり。
「それなんだが、いつも同じメンツで打ってると緊張感がないって射場隊長が言い出したんだよ。遊戯でも勝負は勝負だから、張り合いが欲しいそうだ」
隊長になってから、射場さんは以前にも増して何事も全力で打ち込んでいる。
自分に隊長は相応しくないと謙遜をしているが、それに見合う努力を重ねている。その姿を見ていると、俺も身が引き締まる思いだ。
「そういうことなら参加しますよ。遅くまでは付き合えないですけど」
苺花もすっかり成長して手がかからなくなった。前もってルキアに連絡をしておけば多少帰宅が遅くなっても問題はない。
早速伝令神機を取り出しルキアにメッセージを打つ。
あまりない機会にソワソワしてしまう。そんな俺とは対照的に、一角さんは難しい表情をしていた。
「俺は行かねェ」
勝負事が好きな一角さんが断るとは思わなかった。
「一角さん、なんか用事でもあるんですか?」
「そうじゃねェが」
「用事がないのは分かってる。ついでに綾瀬川も呼んで来ればいい」
阿近さんは表情を変えないまま勧める。さらっとプライベートを把握しているような発言があった気もするが気にしないでおこう。
一角さんが来るならいつも一緒にいる弓親さんもきっとついて来る。メンツを増やしたいなら適任だ。
しかし、一角さんは難しい表情のままだ。
「お前ら麻雀打ってる間、煙草吸うだろ。あの部屋ろくに換気もできねェし、嫌がるんだよ弓親が」
「ああ、確かに」
思わず苦笑する。
弓親さんは綺麗好きで、においにも敏感だ。
男臭いと言われる十一番隊の隊員たちだが、任務後や激しい鍛錬で汗をかいた後はシャワーを浴びるよう、三席になった弓親さんに義務付けられている。廊下ですれ違うときに香るほのかな石鹸の匂いと見た目とのギャップが不気味だと死神見習いの女子たちに引かれてしまうほどだ。
とは言え、それが原因なら。
「一角さんだけ参加すればいいんじゃないですか?」
「だから、弓親が嫌がるっつってんだろ。あとで文句言われんのは俺なんだよ」
「なんで一角さんが文句言われるんですか」
「着物が煙草臭くなんだろ。前に代打ちで半荘だけ付き合って隊舎に戻ったら、煙草臭えって弓親がギャーギャー騒いでその場で着物脱がされて着替えさせられたんだぞ」
一角さんは死覇装の裾を引っ張りながら主張する。
「つーことで、俺は行かねェからな」
ビシッと阿近さんを指差した後、一角さんはスタスタと会議室を出て行った。
「あいつの頭は綾瀬川抜きで物を考えられないのか?」
平時にはあまり感情を表に出さない阿近さんだが、だいぶ呆れているのが伝わってきた。
「一角さんは昔からああなんで、しょうがないですよ」
フォローになってないようなことを返す。
一角さんはどうも、自分の全ての行動に弓親さんが絡むのが当たり前だと思っているフシがある。
俺が出会った頃からすでにそんな感じだったのに、時が経って二人の仲はさらに親密になったというか、深まったというか。
「あいつら、あんな関係ならもうお前のところみたいに籍でも入れたらどうなんだ」
阿近さんの態度はいつも通りで、冗談なのか本気なのか分からない。ははは、と笑ってみるも顔は引き攣っていた。
「面子集めなら俺から六番隊の奴に声かけてみますんで……」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
阿近さんはそう言うと、軽く手を上げて会議室を出て行く。
他にはもはや誰もいない。一人になった会議室で俺は阿近さんの言葉を思い返す。
一角さんたちを言い表した『あんな関係』とはいったいどんな関係なのか。
プライベートが筒抜けな技術開発局の阿近さんが知り得る二人の関係とは。
「……やめだやめ!」
一人なのをいいことに大声を張り上げる。
細かいことは考えない。そんな性分じゃない。
自分に言い聞かせるように、誤魔化すようにして、会議室を後にした。