植木鉢 気持ちのいい快晴。
しばらく雨が続いてからの雲ひとつない晴れの日に、誰しも胸のすくような思いを抱くようだ。
なんでもなくても怒号が飛び交い鍛錬という名の喧嘩が横行している十一番隊も、今日ばかりはのんびりとした空気が隊舎全体に漂っている。
そんな中、弓親は一角を探していた。
隊士たちと手合わせを行っていたはずの一角は、一息ついたところでふらりとどこかへ行ってしまった。
茶でも用意しようかと思っていた弓親は、その気配を追って庭に出た。
隊舎の庭は専用の庭師が持ち回りで手入れを行なっているため、整備が行き届いている。青々とした木々の美しさを満足げに眺めていた弓親は、塀の近くで一本の木を眺める一角を見つけた。
その場所と、一角のまとう懐かしげな空気を感じて弓親は思い出した。
「それ、あの時の苗木かい」
「ああ。適当に植えといてもなんとかなるもんだな」
いきなり背後から声をかけられたにも関わらず、一角は驚いた様子もなく振り返らずに答える。
その木は、周囲の木々にくらべると幹は細いが丈は十分にある。方々に葉を広げ、立派に茂っている。
「なかなか美しく育ったね。桃栗三年柿八年、柚子の大馬鹿十八年だっけ? もうそろそろ実をつける頃かな」
「柚子だったか、これ」
「柑橘類だったのは確かだけど」
弓親は幹に手を添える。幹には剪定された跡があちこちにある。
「まだ苗木の頃に植木鉢を割って、一角の頭まで割られそうになってたよね」
この苗を今日から育てるのだと、やけに自慢げな少女は植木鉢を頭の上に掲げていた。その後、懐から取り出した四つ折りの紙を一角と弓親に押し付けた。
そこには苗の手入れ方法が書き記されていた。日当たりや水やりの頻度、その他もろもろ。
さらりと書き上げられたその文字は、クセのない真っ直ぐなものだった。その面倒見の良さと、わざわざこんなものを寄越すお人好しさから、二人は当時の十三番隊隊長を思い起こした。
無駄に水をやろうとしたり、肥料にするのだと何かの家畜の糞を振りかけようとするのを、二人がかりで必死に止めたものだった。
しかし、少女の興味は長くは保たない。そのうちに苗自体の存在を忘れかけ、ボール遊びに興じていた最中に事故が起きてしまった。
「鉢を割ったのはアイツのクセに、八つ当たりで殺されたらたまったモンじゃねえ。つーか、ほとんど俺らに世話押しつけて放置しやがって」
「あの頃は何でもいいから色々育ててみたかったみたいだよね。他にも花や金魚とか色々」
「残ってんのはこんだけか。デカくなるもんだな、いつの間にか」
「最近は時間の流れが特に早く感じるよ。苺花ちゃん見てると」
「ああ、ちょっと前まで立つのもやっとだったクセにな」
「もう副隊長と同じくらいの背丈だよね」
副隊長を示す副官章は一角の左腕につけられている。
しかし、二人が思い出しているのは子供ほどの背丈の少女のことだった。
「実ィつける前に、どっかいっちまうなんてよ。なんのために植えたんだか」
「ま、副隊長自身も庭に植え替えた時点でこの木のことは忘れてたみたいだし」
そう言って、弓親はこの木がここに植えられた日のことを思い出した。
あの日も何日か雨が続いたのちの快晴だった。地面が柔らかくなっているから植え替えるなら今日がいいだろうと、弓親が言い出したのだ。
場所の見当をつけ、土を掘るのに何かいい道具があるかと一角と弓親が話しているうちに、小さな少女が素手でこの場を掘りおこしてしまった。
犬のような乱暴な手つきによって、その場には大量の土が散った。
土にまみれた一角は烈火の如く怒り、同じように頭から土を被った弓親は言葉を失ってしまった。
少女は終始、楽しそうに笑っていた。
「……いつか実をつけたら、収穫して隊長にあげようか」
自然と弓親はそう提案した。
この木の持ち主はもういない。実をつけたらお腹いっぱいになるまで全て食べ尽くすのだと豪語していた少女の願いは叶わなかった。
「そうだな」
一角は答える。その声音は随分と優しく、また寂しげでもあった。
あのとき割れた植木鉢は、苗木がもう少し育っていれば植え替えが必要になっていた。もう十分に役割を果たしたのだ。
弓親がそう告げると、一角に当たり散らしていた少女はようやく落ち着きを取り戻した。
それから割れた破片をかき集めて、庭に植え替えるならこれも一緒に埋める、と呟いた。
あの植木鉢は形を変えて、今もこの足元に埋まっている。そんなことは知らぬまま、伸びやかに青空を覆わんとする枝葉は風に揺れていた。