愛しい老眼/キラ門 キラウㇱは甘える事を躊躇しない。さっぱりした性格でべたべたくっついているのを好むわけでもないが、根が素直な男なので甘えるのも上手だった。リズムの合わない生活の中で、例えば帰宅時に珍しく門倉がまだ起きていた時など、膝に跨り肩に額を擦り付けて、大抵は五分ほどで満足してあっさり離れていく。
その晩もそうだった。座椅子で本を読んでいた門倉の姿を見つけるなり近寄ってきて、手から本を引き抜き、代わりに膝に乗り上げた。抱えるように頭を引き寄せて、シャンプーの匂いしかしないはずの頭皮を嗅ぐ。門倉の老眼鏡がキラウㇱの胸に当たって音を立てた。キラウㇱの指先が耳の形をなぞりながら下りて、門倉の顎を持ち上げ、真正面から向き合う。老眼鏡の奥を右目、左目、また戻って右目、とじっくり観察し、微かに眉を寄せて遠くを眺め、また門倉の顔に目線を戻して、そこで何かに気が付いたようだった。「ちょっと貸せ」と老眼鏡を奪って自分の耳に掛ける。再度門倉の顔を覗き込んで、それからキラウㇱは、ふん、とひとつ鼻を鳴らした。
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