包帯「おまえって どこでなら死んでもいいの」
居酒屋の騒がしさを縫ってのろのろと届く酔っ払いの声
狭い机を挟んで対面に座っているのに 彼の声を、どうしてこんなに鈍く感じるのだろう。
どこでなら死んでもいい?
なんじゃそりゃ、と思うけれども 酩酊男相手に真面目に返すのもめんどくさい。
会計を持ってやると言ったらこれである。ちゃっかりしている。
アカギはハイボールを口にしながら すこし考えた。
どこで死ぬかなんて 自分で選べるものではない。
願わくば博奕で、と思っているが どうであろうか。己の勘はよく当たる。
この世は思い通りにならない。
「アンタが殺してくれるのなら、どこでも」
酔いから覚めても 彼はすべてを覚えていて、また自分の言葉にぐうぐう呻って後悔する姿が目に見える。なんであんなことを言ったんだ、ああ酔ったまま忘れられたら!と嘆く。
だからめいっぱい口説いておくのだ。だって、よっぱらってバカになっていれば どんな言葉も聞いてくれる。
あとで悶絶するがいい。
「殺さね~よ」
机に顎を乗せた彼は ビールジョッキに頬をくっつけて 眠るように言った。
「そう こんなにあんたを愛しているのに つれないな」
いざという際になればオレを殺す気にはなれる男だ。喉元に刃を突き付けることはできる男だ。
だけど殺してはくれない。愛情のようなものを見せて、死ぬなと言って オレの世界を踏み越えてくれない。
馬鹿げている。
「そうだな あんたが殺してくれないのなら あんたの目の届かないところで どこでも」
いつかぱたりと訪れなくなったオレを 生きているか死んでいるかと考えてみればいいのにと呪うけれど、
オレはいまだ 彼の結び目になれない。
「嫌なやつ~~~」
「あんたは非道いやつ」
そう言うと彼はけらけらと笑って、なんで!と言った。
その気にさせるだけさせて心は包帯で縛り付けたまま 触らせてくれない。ひどい男だ。
「オレは あったかいところがいい。痛くないところがいいな。できたら明るいうちがいい。」
立てた人差し指をゆらゆらと振って、彼は機嫌よく言った。
アカギは笑った。
彼の死に目の希望は 焼きたてのパンのように甘い。
鼻をとおり脳を撫でる小麦のにおい。
こんなに熱烈に口説いているのに、彼の仮想死に目にオレはいない。
ふざけている。
アカギのしおらしい気分は今 カイジがバターを塗って食べてしまった。
まあ、見ていろ。お前のような男は やはり一度わからせてやらないといけない。
別れる前に お前が包帯で大事に守っているその矜持
その結び目の端をつまんで 一息に解いていってやるからさ。
足元からお前の世界を崩して行ってやろう。
オレを知らずに生きていたころを思い出せなくしていってやろう。
お前が死ぬとき、オレを思い出せ。オレの死に場所はそこがいい。
「ねえ 本当に 愛しているよ」
Tele/包帯
「ば、か、げている~♪」が頭から離れない