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    BQQatack

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    ドロディス現行・未通過× 今更ながら過去話です。これまでアフィーシュのことをきちんと恋愛対象として見ていたけど、恋愛対象として見るには罪悪感が大きかったという話です。彼に対する罪悪感がなくなったら今度はまた別のところへ罪悪感が向くのですが……。

    恋とは罪悪 それは確かに愛だった。
     パンの焼ける匂いで意識が浮上した。身体は怠く、腰の辺りが重たい。まだ抱かれるのに不慣れな身体はアフィーシュの名残にじんじんと火照り、俺はため息をついて起き上がる。1DKの部屋は俺が書斎として占領してしまっていて、すぐそこから見えるキッチンでは、アフィーシュがフライパンを持ち出すところ。彼はくるりと振り返って「おはよう、ベンジー」と、やや照れ臭そうに笑う。初々しい恋人同士の目覚めだ。昼下がりの太陽が窓から光を投げかけている。まだ開けきらない目を瞬かせて、俺はベッドから降りた。寝間着から着替える気にもならずにキッチンへ行くと、少し珍しそうに彼は首を傾げる。
    「着替えは?」
    「後でもいいだろ」
     そう言って彼を抱きしめる。シャワーを浴びたのか、髪からシャンプーの香りがした。彼は少し慌ててフライパンを置いて、俺を抱きしめてくれた。彼の骨ばった身体と、乾いたシャンプーや柔軟剤の香り。そういう清潔な幸福に、眩暈がしそうだ。陶酔と眠りの余韻で、じんと脳の奥が痺れる。
    「邪魔してごめん。何作ってるんだ?」
     ぱ、と身体を離す。彼は少し名残惜し気な顔をして、「ベーコンエッグ、パンに乗せようと思って」と、フライパンをコンロの上に置く。
    「俺がやるよ」
    「いい。貴方はそこで座ってて」
     キッチンから追い出され、俺はあえなく食卓についた。ややあって、半熟のベーコンエッグの乗ったバタートーストが差し出される。
    「塩胡椒、適当にして」
     そう言って彼はキッチンへ戻っていった。彼のベーコンエッグが焼ける間に、と思って、俺は再びキッチンに立つ。俺はインスタントコーヒーを淹れるために小鍋で湯を沸かす。アフィーシュの分も。
    「先に食べててよかったのに」
     彼はそう言いつつ、どこか嬉しそうだった。かわいいなぁと思う。アフィーシュは本当にかわいい教え子で、相棒で、恋人だ。
    「恋人がそこにいるのに、一人で食べるなんて寂しいだろ」
     軽口を叩くように言うと、アフィーシュの頬がやや赤くなった。そのまま食べてしまいたいタイプの衝動を覚えるが、生憎湯を沸かしている最中なので我慢する。
     恋人、という関係について、考えてみた。結論から言って、恋慕う者同士でなくても恋人関係に至ることはできる。片方に好意があり、もう片方がそれを受諾・承認していれば、この関係を築くことができる。俺はこれまで、いつも受諾・承認する側だった。
     湯が沸騰する。俺は火を止めてコップを用意し、ティースプーン二杯分の顆粒に湯を目分量で注ぐ。ちょうどアフィーシュのベーコンエッグも焼き上がったようで、二人で食卓につくことができた。
    「今日はいい天気だね」
    「ん」
     パンをベーコンごと頬張りながら頷く。洗濯物がやや溜まっているから、コインランドリーへ行った方がいいかもしれない。
    「今日の仕事は鶯谷か」
    「あそこ、ラブホが多くてなんか嫌」
    「そう言うなよ。帰りに寄ってくか?」
     そう言うと、アフィーシュは呆れと興奮の混じった顔で「ベンジー」と俺を窘める。はは、と笑い声を漏らし、俺はしみじみ幸せだと思った。
     彼を愛している。相棒への信頼、教え子への慈愛。彼の歌を聴くと、ちょっとミーハーな気持ちになるのは内緒だ。俺が気持ちを教えてくれと乞うた時、彼はただキスで応えた。それを俺は抱きしめたいと思った。それは自発的な衝動。これまでの恋愛関係では関係維持のための行いでしかなかったそれを、俺は初めて自分の意思で行ったのだと思う。
     恋なのかな。よく分からない。俺は恋していなくてもセックスができて、アフィーシュはたぶん、恋をしていないとセックスができない。ときめきを知らないわけではない。異性や同性に対して性的興奮を覚える。……そういう、俗っぽい話じゃなかった。
     昼下がりの陽光が、アフィーシュの脱色された髪を照らす。淡く発光する輪郭に目を細めた。目を伏せてトーストをかじり、コーヒーで流し込む。とくんとくんと高鳴る胸はときめきの印。どうして今までアフィーシュの指が長く骨ばっていて、伏せられた睫毛の長くて、喉仏の鋭いことを無視できたんだろう。キスされたから気づくなんて現金だけど、何か。封をしていたものが、あふれだしてきたようで。
     怖い。直感が囁き、どうして、と理性が宥める。気づいてはいけない。俺の幸福が何の上に成り立っているのか。
     アフィーシュはトーストを食べ終わったのか、コーヒーを啜りながらちらちらと俺を見ている。視線が合うと、少しはにかんだ。俺もはにかむように唇が歪み、恋なのだろうな、と思う。
     紛れもなく愛していた。罪の意識もあったから、あの時、彼のために死ぬことができた。今彼に対する罪悪感はないけれど、また同じことができる自信がある。彼のためなら死ねる。そう言えば、彼は酷く怒り、悲しむのだろう。でも。
     トーストの最後の一口を頬張り、咀嚼する。さくさくとした耳の食感が好きだ。幸福の絶頂の中で、俺はアフィーシュに恋をしていた。このまま死んだっていいと思った。
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