学食のテラスで膝を画架代わりにクロッキーにスケッチしていれば、そばに立つひとけに顔を上げる。こっちをじっと見る一人の男は強張った顔で、大小有る学食のトレーの大きいほうを持ち、しかしその上にはカットリンゴの椀一つきりを乗せただけで、よく分からない男だなと思った。
「なあ。一緒に食っても良いか?」
そんな男に相席を所望された。
「お友達いないんですか?」
男越しに見える連なった席に集まって座る数人の視線を男の代わりに見返してやれば、さっと逸らされる。
「いないと言えば、共にいてくれるなら。」
男の眼差しに意識が戻る。
顎をしゃくって着席を促してやれば、嬉しそうに向かい合わせになった。
絵の続きもそぞろに男を窺えば、カットリンゴの一つに刺さった爪楊枝を持つも、何を緊張しているのか何度も抜けてリンゴを椀に戻している。
リンゴはぶすぶすに新たな穴を空けられ過ぎて蜂の巣状態でもう見るも無惨だ。
筆記具を置いて代わりに楊枝を取り上げる。あっと追い縋る男の指と視線を無視して別の角度からカットリンゴに穴を空ける。これが最後だから良いでしょう。それを男より確実に持ち上げて、その口の前迄持って行く。
男が口を開けたのは食べるためではない、呆然としているからだ。そこにリンゴを差し入れる。流石にいつ迄もその儘ではまた楊枝から抜け落ちる。
連なった席からきゃあだかおおだかの歓声だかどよめきだかが聞こえるが、知ったこっちゃない。こっちは男が反射でしゃくしゃくとリンゴを食べるのを見届けるので忙しいのだ。
「おいしいです?」
男はゆっくりと頷く。その顔はリンゴみたいな色なので、これはわたしが食べて良いのだろうかと思った。