元鏡の思考 それは鴨川の宿舎で起きた。珍しく内房にサシで飲みたいと言われ、互いの終着駅で待ち合わせ。そのまま宿舎で酒を飲んでいた最中、俺は突如肩を押される。背中には布団、目の前には俺にのしかかる内房の姿が。
「……おい、重ぇぞ」
「……」
奴はこちらの文句に何も言わず、静かに見下ろしたままだ。
「なんか言えや。人を押し倒して何がしてえんだよ?」
随分と熱烈なお誘いじゃねぇか、素直に抱けって言えばいいだろ?と茶化してやれば、僅かに眉を寄せる。この反応は照れ隠しでは無いが、かといって喧嘩をする時の雰囲気でもなかった。ならばなぜ?俺がいまいちその真意が掴めずにいれば、内房はゆっくりと口を開いた。
「……オメーならわかんだろ?」
「あ?」
「俺はお前だったんだぜ?二人きりでこの姿勢。わかんねぇとは言わせねぇぞ」
その台詞に、ようやくこいつが何を言いたいかがわかった。要はタチをやりたい、という事。
成り行きで始めたこともあって、ポジションを変えてはこなかったから、考えに至らなかった。
「……俺ァそっちの経験はねぇからわかんねぇよ?」
「俺だってなかったっての。でも、オメーのせいでこうなった。なら、逆も然りだよなぁ?」
距離を詰めて耳を食み、首筋を舌先で撫でられた。痕を残すようにじゅ、と強く吸うそれは覚えがある。そう、俺のやり方をなぞっているのだ。まるで自分のイイ所を思い出していくように。その健気ともとれる動きは、俺に性感だけではない興奮を芽生えさせるもので。
「へっ、オメーにできっか?」
「さっきも言ったろ、俺はお前だったんだって。だから腹ァ括れよ、房総線」
愛撫の健気さとは裏腹に、凶暴なまでの情欲が乗った顔。多分こういう所は、俺に染まっちまったんだろう。正直抱かれる趣味はねぇが、コイツが相手なら腹を括るしかない。ほぼ同じで、元々抱く事はしてきた身体だ。タチをやりたくなるのは自明の理だろう。それに、こうなったら引きはしない。
ーこいつの言う通り「俺」なら絶対に引かない。
「懐かしい名前で呼びやがる。じゃあ、落として見せろよ、房総線。俺だったんならできるよなぁ?気ィ抜いたらひっくり返してやるよ」
「ハン、嫌だね。今日は譲ってやんねぇよ」
好戦的な瞳は微塵もブレない。だが、それでいい。それでこそ、同じ名前を共有した男の目だ。
「どうだか。じゃ、いい子にして待ってな」
不気味なまでに似てしまった顔を撫でて、俺は浴室へ向かう。背後から僅かに聞こえる不満げな唸り声に、そういう反応するからガキ扱いしたくなるんだよ、と笑みを浮かべて。
使い慣れた脱衣場。服を脱ぎながら、ふと思う。
(……俺のとこに来ちまうなんてな)
抱くだけなら、風俗行くなり手段はあったろうに。100年以上の付き合いだ、そんな事をして今更妬くような関係性でもないだろう。しかし、俺はそれを選ばなくなったし、こいつはそれを選ばずにここへ来た。
(ここまで俺に染めちまったんなら、責任取ってやらなきゃ可哀想ってもんだ)
そんな事を考えるあたり、大概アイツに染まっている。俺は軽く息をつき、浴室のドアを開けた。