一丁の銃、二対の思惑 外は雨。走ることのできない京葉は、宿舎の倉庫整理を頼まれていた。少し埃っぽい倉庫に顔を顰めながら整理を続けていれば、彼は一つの箱を見つける。
少し重たい金属のそれは、他のガラクタとは違い物々しい雰囲気を醸し出していた。
「なに、これ」
貴重なものがこんな所に紛れていたら事だ。京葉は中身を確認すべく、薄暗い倉庫からそれを持ち出した。倉庫横の事務所に辿り着き、色の変わった箱を開ければ、そこにあったのは一丁の古い銃。
「何コレ銃?」
ずっしりとした金属のそれは、おもちゃのようなものでは無い。なぜこんなものがここに。京葉は首をかしげ、銃を眺める。飾り気のない無骨なもので、片手で撃つことを目的としているようだ。彼が不思議そうに眺めていると、背後から大きい影がぬっ、と姿を表す。
「やあ、京葉。随分と古い物だね」
その声に京葉が振り向けば、そこには宇都宮と高崎がいた。彼らは京葉の持つ銃をじっと見つめている。
「あー、宇都宮、高崎〜。さっき倉庫整理してたら見かけたんだよ、コレ。何か知ってる?」
2人にそれを差し出して尋ねれば、彼らからすっ、と表情が消える。突然の表情の変化に、京葉は背筋に冷たい物を感じたが、次に宇都宮から発せられた言葉に、それ以上の恐怖を抱くこととなった。
「これは、僕達を撃つためのものだよ」
淡々と話す声に、京葉は血の気が引くのを感じた。
僕達を撃つ銃。つまりこれは、路線を殺すための銃という事。
「なんでこんなものが、ここに……?」
根源的な恐怖に声が震える京葉。その姿に、なんでだろうね?と宇都宮は苦笑し、何かに紛れて来たんだろと苦々しい表情で高崎は呟いた。
内容が内容なだけに、重苦しい空気が事務所に流れる。しかしその瞬間、そんな空気とは真逆の大きなあくびが3人の耳に入る。3人が音の方向であるソファを見れば、内房が大きく伸びをしていた。
「え?!内房?!」
「うおっ?!居たのかよ?!」
「んあ?ずっといたっての。京葉止まってるから、帰れねぇんだよ」
驚く京葉と高崎に対し、気怠そうに内房は答える。曰く京葉線直通で来たはいいものの、風雨が強くなりここで待機。適当に資料を終わらせた所で、仮眠していたとの事だった。
「あー、なるほど」
「おい、京葉。まだ出発できそうにねぇか?」
「今日は無理だよ〜風が強すぎるもん」
すっかり重さのなくなった事務所の空気に、京葉はいつもの調子で答える。内房は今後の天候に顔を顰めつつも、のそりと立ち上がった。
「マジか……今晩こっちかよ……落ちつかねぇ。って京葉。お前なっつかしーモン持ってんなー」
「え、知ってるの?」
少し目を見開く京葉に、内房は何言ってるんだと言わんばかりに眉を寄せ、3人の予想だにしない一言を口にした。
「あん?知ってんに決まってんだろ、俺これで撃たれてんだから」
ーパキッ。
空気が凍る音がした。
撃たれた?これで?
この、路線を殺す銃で?
「……は?」
「え、何それ」
京葉、宇都宮、高崎全員の表情が固まる。それもそうだ。
その銃で撃たれたという事は、一度死んでいるようなもので。
「俺、房総に編入される時に撃たれてるんだよ、アイツに」
「随分と軽く口にするんだね」
「ん?当時の俺にとっては目標だったからなー。これでようやく一人前、って思ってた。総武サンたちには死ぬ程怒られたし、久留里には泣かれたけど」
当時を思い返して苦笑する内房に、宇都宮は怪訝そうな表情を浮かべる。
「……君にとっては目標だったってこと?自分が消えるのが?」
「その当時は、な。そうやって育てられたから」
「育てられた?」
「おう。お前は房総線……今の外房な。その一部になるんだ、って育てられたから。だから消えるのは分かってた。今はそんなのゴメンだけどよ」
まるで悲愴感のない語り口調に、京葉は心の中で物として育てられたんだろうかと、知りえない時代に思いを巡らせる。
「……そう」
「あー外房と来てなくて良かったぜ!アイツ確実にキレるから。腹減ったから飯行ってくる」
そう言い終わるやいなや、内房は制服を羽織って部屋を出ていく。後に残された宇都宮は少し困った様に京葉に笑いかけた。
「……思いがけずとんでもない事聞いちゃったねぇ」
「……うん。彼らとずっと接続してるけど、初めて聞かされたよ、あんな事」
「わざわざ話すことでもないからじゃない?話すとも思えないし。ねぇ、高崎……って、あれ?」
宇都宮が振り向くと、先程まで居た高崎の姿が見えない。どうやら彼も事務所を後にしたようだ。
「高崎も出てっちゃった」
「みたいだね。……ふふ」
宇都宮はこれはちゃんと報告した方が良いねと続けて、銃の箱を閉じる。顔には意味深な笑みを浮べて。京葉はその笑みの理由が分からず、不思議そうに首を傾げるばかりだった。