西は何を思う廊下に2つの足音が響く。1つは一定の速度でゆっくりと、1つはそれを追うように少し早めに。少し早い足音の男、高崎は先を歩く内房へと声をかける。
「待ってくれ、内房」
「ん?なんだよ?」
普段関わる事の少ない高崎に呼び止められるとは思わなかったのか、少し意外そうな表情を浮かべて内房は振り返った。
「ひとつ聞かせてくれ。……あの銃で撃たれたやつはどうなるんだ」
酷く真剣な表情。雰囲気の違うそれに、わずかに内房はたじろぐ。
「は?どうって……どうもねぇよ。撃たれてすぐに意識が飛んで、終わり。痛いとか苦しいとか覚えてねぇわ」
もう何十年も前の記憶を、引き出しから取り出す様に内房は語る。かつて彼が北条線と呼ばれたころに、房総線に編入された時の事を。
「……」
痛みも苦しみもなかった。その一言に高崎は一種の安堵を覚える。もし『彼』が最後を望む時が来てしまった時、『彼』がこれ以上苦しまないことを願っているからだ。
「……確実に言えることは、撃たれる側より撃つ側の方がずっとしんどい銃だぜ、アレ。あの時の房総の顔は忘れらんねぇよ。その後のあいつの記憶もな」
「記憶?」
「あー……俺、編入後のあいつの記憶持ってるんだわ。一応路線としては生きてたから」
「そういうもんなのか」
「俺の場合はな。他の奴は知らね。だから知ってる。俺を撃った後のあいつの事」
多分今でも古傷として残ってるから、その話をされたらキレると思うぜ。鋭い目を伏せて話す姿は、普段の姿とは違っていて、彼らの歴史を物語っていた。
「……そうか」
ゆっくりとその言葉を咀嚼するように高崎は答える。撃った方ー殺した方が痛みを伴うのは想像に難くない。多分その時が来てトリガーを引いたら、自分はずっと片割れの死を背負って生きていくのだと。それこそ、罪人が鉄球を足に着けて歩くように、ずっと。
「……なんでそんな事聞くんだ?」
「いや、ちょっとな。ありがとよ。あ、礼に飯奢ってやる、何か食うか?」
高崎の内心などつゆ知らず、内房は至極まっとうな疑問を投げかけるが、これは答えるわけにはいかないと高崎は言葉を濁す。『彼』の最後を背負う約束をしている事は、誰にも知らせたくはなかったからだ。
「マジで?!なら、辛いもん食いてーな!ここら辺の美味いラーメン屋とか知らね?あんま詳しくねーんだよー!」
そんな思惑を知ってか知らずか、内房は嬉しそうに笑い、高崎は彼の言葉に喜んだ。
「お、お前辛党か?いい店知ってるから行こうぜ!」
「おうよ!」
沈んだ空気は霧散し、楽し気な空気を纏って彼らは町へと繰り出していく。互いの片割れと共に在る今を謳歌しながら。