夜明けの海「見てみてミヒャ!星めっちゃ綺麗じゃね!?」
そう綺麗な星空を背景に両手を広げてこちらを見る。
「ああ、綺麗だな」
付き合う前には考えられない程優しい笑顔で手を伸ばされる。
その手を取って2人でまた空を見上げる。
くしゅんと隣でくしゃみが聞こえて、世一を抱き寄せる。
「やっぱり寒いな」
「そりゃ冬だからな」
Tシャツに少し厚手のシャツをきただけではくしゃみどころか握った指先が死んでしまったように冷たくて少し笑えてしまう。
「でも寒いから空が綺麗だろ?」
そう言うとまた世一は笑う。
手を繋いだまま2人で歩き出す。
さらさらとした砂を踏みしめて、少しづつ波を追うように。
足元に波があたりじわじわと靴に水が染みていく。
ざぶざぶと波がくるぶしから膝まできて、繋いだ手も水に浸る。
「ね、ミヒャ。最後にキスしていい?」
「もちろん」
その言葉を最後に2人は海に消えた。
はずだった。
ひとり、水辺で目を覚ました。
知らない場所で繋いでいたはずの手には何も無くて、あまりにも軽い身体に慌てて横を見る。
あまりにも明るい朝日に目が眩んで、くしゃみが出る。
水で冷えた身体は冬の朝で凍えるほど寒くて、いっそこのままここでと思った。
「カイザー!?」
その声は酷く聞きなれた声で俺よりも慌てた様子で声の主、ネスは俺に上着を掛けた。
「風邪引ます!とりあえず僕の家に」
「離せ」
声を遮るように言った言葉にネスは一瞬手を止めたがすぐに俺の腕を引いて立ち上がろうとした。
「離せネス」
勢いよくネスの手を振り払うと、違う手のひらに頬を叩かれて驚いて顔を上げた。
「お前が、お前が死んでどうする!」
ネスの隣で珍しいと言えるほどに激情的に眉を釣り上げて、泣きそうな顔をした蘭世がいた。
そこで初めて蘭世に頬を叩かれた事に気づいた。
「潔はどうした!どうした……」
目にいっぱいに涙を溜めてそれでも俺を真っ直ぐみる蘭世の顔を見ていられなくて俺は視線を下げた。
「なぁ、お前しか知らないんだカイザー」
「世一は死んだ。俺が一緒に死んでくれって言ったから」
絞り出した声は案外普通の声で出てきて、あまりにも悲しみも後悔も声音には乗らず自分に酷くガッカリした。
「昨日一緒に海に入ったんだ。手を繋いで2人で、でも俺だけがここに居た。世一が、世一は居なかったんだ」
呆れたように、吐き出すように声を出した。
「だから、俺だけ生きていても仕方ないんだ」
「あなたが死んで世一が喜ぶとでも?何故あなただけ生きているのか考えましたか?そもそも世一の死体すら見つかっていないのに勝手に死ぬんですか?」
横から勢いよく発されたネスの言葉にまた目を見開く。
「あの世一ですよ。しぶとく生きてる可能性だってあるじゃないですか。
まあ死んでても僕はいいんですけど。まあでも、会いに行くなら手土産くらい持ったらどうです、優勝トロフィーとか」
そうネスが呆れたように、いつも通り俺の手を取る。
その動作があまりにもいつも通りで、あまりに日常みたいで視界がぼやける。
「ほら、とりあえず僕たちの家に行きましょう。暖かい部屋で珈琲でも飲みながら」
そう手を引かれて俺は立ち上がってしまった。
「明日の事は明日考えましょう」
その酷く優しいネスの声にまた安堵して、ゆっくりと思考を停止させる。
周りの優しいに浸って溺れるのに、きっと明日も生きてしまう。
帰り道に見た白いハイデがあまりにも鮮やかで嫌になった。