「本日の紅茶はアールグレイにしました。お味はいかがですか?」
「俺は紅茶の事そこまで詳しくはないけど…今日の紅茶もとても美味しいよ。」
「そう言ってくださると私、とても嬉しいです!」
アルマンとレモネードアルファの魔の手(悪意を持っていない事は分かるのでこの表現は100%正しい訳では無い)により無職になった俺はある日、エリーにアフタヌーンティー、いわゆるお茶会に誘われた。最初、それがどういったものか見当もつかなかった俺だが、きらびやかなスタンドに目一杯並べられるスイーツ、それを紅茶と共に味わいながら談笑するのが案外楽しく、以来定期的に楽しむことがようになった。
そして現在、職務に復帰してからも定例行事として続いている。最初は不慣れで注意されてばかりだった作法も回を重ねるうちに学んできた。今回も佳境に入ってきたところ、エリーは柔らかい笑顔から一転、やや固い表情になった。
「司令官様、提案があります」
いやに固く…この場には不釣合いな程に真剣な表情のまま続ける。
「この会に一度お誘いしたい方がいらっしゃるのですがよろしいでしょうか?」
「うん…?いいじゃないか。誰を誘うんだ?」
予想していたよりも小さな提案で拍子抜けして、あっさりと是の返事をしてしまった。エリーは俺が好意的な回答すると固くしていた顔が元に戻った。もしかして断られるのでは、とでも考えていたのだろうか?
「ふふ、それは秘密ですわ」
「えぇー、少しヒントでもいいから教えてくれればいいのに」
「当日をお楽しみにしてくださいませ。マナーはしっかりされている方です。私が保障しますわ」
柔らかくなった表情で、少しのからかいを入れて会話を続けたが、その日は結局、誰を誘うのか本人の口から聞き出すことができずそのまま解散した。
それからしばらく経ち、とうとう茶会前日。寝室で次の茶会について考える。
…エリーは誰を誘ったのか?
思い当たるところといえば、エリーと同じちびっこバイオロイドの面々か。中でもダッチガールかアンドバリのあたり。アルヴィスとLRLは…あの二人はエリー直々の厳しいマナー講座を受けているものの、魅力的な食べ物の前には叩き込まれた作法や知識はたちまち吹き飛んでしまうだろう。
「ご主人様、おやすみ前になにか考え事ですか?」
「いや……なんでもない」
コンスタンツァからの声掛けで思考に耽っていた頭は現実に戻される。一緒にいる時間が長い彼女は細かいところにも気がつく。普段の俺と様子が少しでも違えばこうして気にかけてくれる。
しかし明日の事が気にならないといえば嘘になる。『新たな参加者』への参加交渉は全てエリーがやってくれるとの事なのだが…。
「仕事のことじゃないんだ。心配しなくても大丈夫だよ」
そう伝えて同じベッドに入っているコンスタンツァの額にキスをする。コンスタンツァは顔を赤らめながら微笑む。その表情のまま、ベッドの中で足を絡めて身を近づけてきた。
……明日のことよりも先に考えることがたった今できてしまった。仕事外の時間帯、それも夜遅くに複数のことを考えるのは疲れる。そして今は目の前の使命に精一杯取りかかるべきだ。そう。精一杯に。
そして当日。
普段はティーセットや料理はソワンから受け渡されるのだが、『他の方が持っていくとの事でしたので、ご主人様は何も持つ必要はございませんわ』と言われてしまったので、なんとも手持ち無沙汰だ。エリーに指定された場所まで行くと、彼女は既に到着していたようで、シンプルながらも綺麗な加工が施された椅子に座って待っていた。手持ち無沙汰なのか、傘の持ち手をくるくると回している。
「もう来てたのか。俺も早めに着いたつもりだったんだが…」
「ええ。ホストがゲストよりも遅くなるのは良くないことですので」
「それもそうだな」
軽く会話をして案内された椅子に座る。今回茶会の場として提案されたのは広場のはずれ、辺りには俺達二人以外の姿は見えない。普段ならば二人きりで楽しみたいというエリーの希望によるものだったので、静かであることについては問題無い。しかし他はいつもと様子が違った。
まずテーブル。普段ならば二人分の菓子類が乗ったケーキスタンドと紅茶が乗る程度のサイズのテーブルだが、今回用意されたそれは随分と大きく、三人分の食物を置いてもまだ余裕がありそうな程だった。そして一番の疑問は椅子。俺とエリーの二人分しか用意されていない。三人目が座るであろう椅子は見あたらず、ただスペースだけが十分に確保されている。
あと少しで時間か、とタブレットで時刻を確認する。
「……ん?」
画面から目を離したと同時に、遠くから妙な音が聞こえてくる。
巨大な機械が動くかのような駆動音。地響きを鳴らしているのか、テーブルがそれに伴ってかたかたと揺れる。
…その音と揺れは徐々に大きくなってきた!
何かが近づいてくる!エリーに目を向けると、焦る俺とは対照的に先程と変わらない様子で俺を見つめている。
「エリー!非常事態かもしれない!オルカに戻るぞ!」
「落ち着いてください司令官様。そもそも非常事態ならそのタブレットから連絡があるはずですわ」
「い、言われてみればそうだな⁉すまん…」
音と揺れが激しい方向に顔を向けると黒い金属のような何かが見える。近づいてくるにつれ、音の正体が見えてきた。
僅かに硝煙と潤滑油の匂いを纏った巨体は俺達が座っている席の前でピタリと止まった。
「御機嫌よう司令官殿。エリー・クイックハンド殿のお誘いにより、このストロングホールド、集合時間に1秒の狂いもなく参上した」
改めて、およそ茶会という場には似つかわしくないであろう大型戦車を見上げる。
…ちょっと大きすぎない?
「マナーはしっかりされている方」と言うのでてっきり俺はバイオロイドだと思っていたが、予想は大きく外れてしまった。まさかAGS、それも要塞と見紛う程の超大型が来るとは思わなかった。
「司令官様、早く料理を用意しましょう」
意外すぎるゲストに思考停止しかけていた俺はエリーの言葉で我に返る。料理はどこに、と聞く前にストロングホールドはここにあるぞと言うかのように砲塔でジェスチャーをしている。
「本来ならもう少し早く到着出来る予定だったのだが、料理の積み込みに時間がかかってしまってね」
「でも集合時間には遅れずに着いたじゃないか。何か問題でもあったのか?」
「本機は指定された時間を『集合時間』ではなく『食事を始める時間』だと認識していたのだが…」
頭上から降ってくる声は独特の機械加工がされているものの、いつもよりも少しばつが悪そうな抑揚だ。
「それでも特に問題はないと思うが―――ちなみに、料理をストロングホールドに積み込みしたのは誰だ?これもまさかソワンが」
「CT66ランパートとSD3Mポップヘッドだ。オルカの近くにいたAGSに通信で積み込みを依頼したところ、彼らが真っ先に立候補してくれてね」
ああ、なるほど。
俺はストロングホールドが遅れた理由を察した。ランパートはともかく、犬のように移動するポップヘッドの構造上、料理を運ぶのは難しかっただろう。
話をしながら、料理とティーポットを並べていく。俺とエリーはいつも通りだが、ストロングホールドの分は…流石に俺達と全く同じものは摂取できないらしい。ティーカップと同じデザインが施されたタンクが律儀に3種類用意されていた。
一通り並べ終えたところで、二人と一体の奇妙なお茶会が始まった。
初めに食べるのはスタンド最下段のサンドイッチ。生ハムのほんのりとした塩気とキュウリのバランスが良い。野菜はみずみずしいのにパンが水分を吸っていないので食感も最高だ。もう一種はスモークサーモンとチーズが挟まれている。外見こそシンプルでボリュームも後に食べるものを考えて控えめだが、味付けは紅茶に合うように完璧に調整されている。
ちなみに食べる順番は下から食べるのが基本らしい。以前その順番を知らず、ケーキに直行したらエリーに注意されてしまった。
ティーカップに注がれる紅茶も温度、蒸らす時間も完璧に調整されている。料理はソワンが用意してくれているが紅茶は別で、茶葉は毎回エリーが選んでいる。
「ところでストロングホールドはアフタヌーンティーのマナーや習慣は知っていたのか?」
彼用に用意されたオイルを給油口に注ぎながら尋ねた。
「かつて滅亡前、人間達がやっていたアフタヌーンティーなる物は知識として知ってはいるが、実際に見るのはこれが初めてだ。本機が己の体験としてメモリに記録されているのはオルカと戦場の記憶しかなくてね」
「あー…こんなことを聞いてすまない」
「司令官殿が気にすることでは無い」
「そうです司令官様。でも―――私達の記憶にはなくても、私以外の私と他のストロングホールドの個体がかつて私達のようにティータイムをしていたかもしれませんわ」
「残念だがエリー嬢、本機と貴殿では求められていた場所、戦場が違う。投入されたのがたとえ同国だったとしても顔を合わせた事はなかっただろう」
エリーは気を使うように話したようだったが、逆効果だったようでしゅんとしてしまっている。この雰囲気はまずい。俺はこの場を何とかしたいがかけるべき言葉がとっさに出てこない。
中段のスコーンに俺は手を伸ばし、口に放る。
「ほら、エリー!今日のスイーツも美味いぞ!」
「司令官様、飲み込む前に喋るのははしたないですわ」
「う…次から気を付けるよ」
元気づけようと声をかけたつもりだったが逆に注意されてしまった。口の中に残っているスコーンを紅茶で流し、エリーの様子を見る。
エリーはスコーンを一口サイズに分け、ジャムと一緒に食べていた。
甘く煮詰めて色に艶のある苺ジャムをスコーンに乗せ、崩さない様に気を付けて口に運ぶ。ぱくり、と口の中に収めて少々の間。顔がほころぶ。一口が大きかったのか、頬を若干膨らませて食べる姿がとても愛らしい。料理で機嫌を直してくれたようで良かった。そこまで深く落ち込んではいなかったのだろう、俺は安心した。
改めてスコーンを一口食べる。さくりとした歯触り、ほろほろとした生地と優しい小麦粉の香りが口の中に広がる。
次にエリーと同じように食べてみる。なるほど、ジャムがちょうどいいアクセントになっていてこれは美味い。用意された紅茶との相性も良い。いつも以上に進んでいる気がする。おかわりを、とポットを持つと大分軽くなっていることに気づいた。お湯と茶葉を補充しようか悩んでいるところに予想外のところから助け舟が来た。
「本機には湯沸かし器が搭載されている。お湯が少なくなってきたらこれを使うといい」
「お前、そんな機能があったのか⁉初耳だぞ⁉」
「ああ、司令官殿にはまだ伝えていなかったか…。かつて、人間が戦争の最前線に出ていた頃、紅茶を作る機能が搭載された戦車が存在した―――
その情報を箱舟で知った本機はこれを搭載しようと決めた。我々AGSは損傷さえしなければ問題ないが、エリー嬢をはじめバイオロイドたちは鉄虫との戦いが長引けば疲弊する。疲労回復及び士気向上に必要だと判断したからね。
しかし、搭載したのはいいものの、それを必要とするほどの戦闘は今のところ発生していない。そういった事情もあるため、司令官が知らないのも無理はないだろう」
「本当に知らなかったそんなの…」
衝撃の事実を知ってしまって本音が漏れてしまった。誰からも聞いてなかったぞその機能。職務中にそんな許可証は確認した記憶がないので当時の副官が承諾したかアザズが勝手に改造でもしたのだろう。
「これは湯沸かし器でしょうか?やや古風な外見ですが問題なく使えそうですわ」
エリーは紅茶を作れると聞いて気になったのか、席を立って戦車の内部を捜索している。大人がゆとりを持って入れるほどのスペースはないが、小柄な彼女は余裕な様子だ。
二つめのオイルタンクを空にしてやった後、小さな戦車捜索隊長を横目に最上段のマカロンとタルトケーキをいただく。サクサクのタルト生地とたっぷりのカスタードクリーム。上に小さなマカロンが乗っている。生地の味がマカロンの甘さを邪魔しておらず、それでいてタルトの香ばしさをしっかり感じられる良いバランスだ。
程なくして、エリーも席に戻ってきてケーキを手元へ寄せる。美味しそうに食べる姿がとても愛らしい。
お菓子と紅茶を味わい、他愛もない話をする時間がエリーには最高の時間だ。しかし、一日の時間は有限。この愛しの時間は永遠では無いのだ。
「さて…、お料理もすべて頂いたことですし、そろそろお開きにしましょうか」
「もうこんな時間か。今日はあっという間だったな」
タブレットで時刻を確認すると、普段よりも長時間ここで過ごしていたことに気付いた。
「ストロングホールド様、今回のお茶会は楽しんでいただけましたでしょうか?」
エリーは初めてのお茶会参加者、それもバイオロイドではなくAGSを無事もてなすことができたか少々不安なようで、ストロングホールドに尋ねた。
「大変満足したよエリー殿。今回は良い機会をいただけて大変感謝している」
「…!それなら良かったですわ!」
食器を手早く片付け、後始末をする。テーブルと椅子は普段ドクターら080機関のバイオロイド達が片付けてくれるが今回は俺が運ぼう。もちろん全て俺一人では持ちきれないので、ストロングホールドにも手伝ってもらう。
広場のはずれ、とはいってもオルカからそう遠くではない。小柄な少女に歩幅を合わせて歩いても十数分もかからず、本拠地が見えてくる。
「司令官様、本日もありがとうございました。ストロングホールド様も参加下さりありがとうございます。また機会があればお誘いしますわ。それでは御機嫌よう、皆様方」
エリーは恭しく礼をして一足先にオルカへ戻っていった。
「司令官殿、本日は非常に良い機会を頂き感謝する。改めてお礼をしたい」
「礼なんていいよ。こっちこそ今日はありがとうな。急に誘われてびっくりしただろう?」
「ああ、バイオロイドからこのような活動に誘われるのは滅亡前の同胞ならば有り得なかった。非常に貴重な体験だったよ」
滅亡前。俺は人類滅亡前当時の事を資料や当時から生きているバイオロイド達からの話でしか知らない。核攻撃すら耐える装甲、同じ大型AGSであるタイラントとも互角に戦える戦闘能力を持つ移動要塞は、テロや暗躍が日常茶飯事だった少女とは邂逅の機会すら無かっただろう。先程の二人の会話を思い出す。
「司令官殿」
「ん、なんだ?」
一間置いた後、ストロングホールドは発声器官を開く。
「我々AGSはバイオロイド達と同様に、司令官の事を大切に思っている。」
「そうか。いつもありがとうな。俺もお前達の事を大切に思っているよ」
そうだ。オルカのバイオロイドはもちろん、AGSも一体たりとも欠けてほしくない。
「本機はAGS同士の通信回線を聞いているので分かるのだが…我々の中にはバイオロイド達のように司令官殿を家族、番いだと認識している者もいる」
家族、というのは同じ組織に所属する同胞としての意味だろうか?番いはロボット特有の用法違いか何かだろう。あえて深くは聞かなかったことにした。
「そしてここからは個人的な感想になるのだが…女性型AIを持つ者が司令官殿に抱いている感情は、本機からはバイオロイドが司令官殿へ抱いている感情と同等の物に見える」
あ、用法違いじゃなかったわ。
「しかし、あくまで同等の物に見えるだけでね。感情が全く同じ物かは本機にも演算不可能だ。
――今は鉄虫やレモネードとの戦いで今後の事を考える暇もないだろうが…
平和になった後、人類復興に向けて貴殿と結ばれるバイオロイドも出てくるだろう。しかし、我々はそうはいかない。たとえ女性のように振舞うロボットがあっても、それはAIがそうあれとかつての人間によって開発されたもの。生殖機能が搭載されない限り、生きた女性に似せて造られても子を授かることができないのだ。
本機も司令官殿の事をお慕いしている。しかしそれが結ばれることはないと分かっている。たった今話したとおりだ。だからこそ、貴殿はもちろんオルカ所属のバイオロイドをこの装甲版で守り抜くことで貴殿の勝利に貢献し、本個体が歴史に名を刻まれるほどの活躍を遂げたいのだ」
ストロングホールドは息継ぎの様子(といっても彼らは呼吸をしないので正確には息継ぎではなく会話における間だ)もなく、発言を終えた。AGSの皆が俺の事をどう思っているのか、子云々の辺りは正直冗談半分に聞いていた。しかし彼の主張は…冗談で済ませるには申し訳なるくらいに、俺について試案を巡らせていたのだ。
考えを改めよう。彼等AGSもここ、オルカに所属している限り、仲の良い同僚であり、大切な家族だ。
「最後に長話で、司令官殿の貴重な時間を6分23秒余計に消費させてしまった。しかし、感情をここまで表に出したのは本当に久々だったよ。またこのような機会を頂けると本機も嬉しく感じる。それでは御機嫌よう、司令官殿」
「ああ!御機嫌よう、ストロングホールド」
そう伝えると、大きな駆動音を上げて持ち場へ戻って行った。
後日。今回の出来事がAGS間の通信で広まったのか、食事と補給時の相席希望が増えたのはまた別の話。