蒸し暑い夏の夕暮れのことだった。歯の定期検診の帰り道、べたべたした空気が肌にまとわりつくのを煩わしく感じながら横断歩道を渡ろうとした時、前方から歩いてくる人の波のなかによく知る顔を見つけた。
「藤井?」
思わず名前を口にしたものの、すぐに後悔した。同じバンドでギターを担当する同級生とは、気軽に話せるほど打ち解けた間柄ではない。部活では見る機会のない私服姿も、気後れする心に拍車をかけた。
この人通り、ましてや歩行者用の誘導音が鳴っている状況なら、呟き程度の声など聞こえなかったかもしれない。そんな淡い期待が頭のすみを掠めたが、揃った前髪の下から覗く瞳はすぐにこちらを捉えて、俯き加減のまま歩み寄ってきた。
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