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    サガさんが日本のハラジュクにやってきたときのお話。

    PIXIV
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17131352

    ##サガ本収録

    紅い月を追いかけて ヒースローからアンカレジ経由で成田へ降りたった時、サガは心底うんざりしていた。不慣れな長距離の空の旅は、たとえ慣れ親しんだ母国の言葉や食事でもてなされても億劫である事に変わりはない。ウォークマンが再生と逆再生を何度も繰り返し、退屈しのぎの雑誌がくたくたになった頃、ようやくその身は窮屈な座席から解放された。
     これでもかという程の手続きの応酬と人混みの歓迎を受けながら、タクシー乗り場で小さなセダンに乗り込んだ。ホテルの予約控えバウチャーを運転手に見せ、筆談でおおよその運賃を確認し終えると、ようやく後部座席の窓から外を眺めるゆとりができた。高速道路の面白みのない景色をぼんやりと眺めながら、こんな極東に来るまでの事を反芻する。
     十年前、突然イクリプスがロンドンから去った。行き先は自分を含め誰にも伝えられていなかった。あまり横の繋がりを持とうとしない彼らとの親密さは誰よりも高いと自惚れていたので、自分がその他大勢の連中と同じ扱いを受けたのだと自覚したときのショックは相当なものだった。
     そのショックから立ち直らせたのは、やはり彼らの音楽だった。何度コピーを重ねたか分からないカセットテープは今も愛用のウォークマンにささっている。
     今度こそ、あいつらと一緒に音楽をやる。その為に必要な資格を今回は手に入れて来た。

     わずかな手荷物をホテルのベッドに投げ出すと、成田で買っておいた英字のシティマップ片手に街へ出た。時計の針は夜八時をまわっていたが、これからの時間こそターゲットが動き出す時間だ。外国人が珍しいのか首を伸ばしながらこちらを遠巻きに眺める、背が低くて黒髪ばかりの人の群れに、頭を突き出したニシンのパイを連想しながら歩みを進めた。
     手元の地図と通りの名を示す看板とを見比べながら、あと少しで目的の界隈に着くだろうと思ったところで、不意に目にちりりとした痛みを覚えた。わずかに視界が赤く歪む。違和感に眉根を寄せながらおもむろに空を見上げると、薄気味悪い赤色の満月が出ていた。
     否、ただの月ではない。赤色の月の後ろにもうひとつ、青ざめたような色の月も見える。
    「——紅い月」
     知らず、口走っていた。同時に全身が粟立つ。
     紅い月の領域テリトリーに入った。ここで今もイクリプスが、ギルが歌っている。
     勿論、今夜彼らが歌っているとは限らなかった。彼らを見つけるには何日もかけてライブハウスをまわらなければならないだろうと考えていた。
     ロンドンの情報源にそれを話すと、なんとも意味ありげな含み笑いをしながら彼は言った。彼らが歌っていれば、きっとすぐ居場所もわかる、と。
     あの時の言葉の意味が今なら分かる。今夜、ハラジュクで何人ものヴァンパイア達が歌っている。否が応にも頭の中に響く歌声の群れは雑音ばかりで、報復のように舌打ち一回で評価をつけた。
     目眩を覚えるほどの音楽の応酬に耐えかね、一度ハラジュクから離れようと思った矢先、それは響いた。

     十年間、ずっと探していた音楽。
     忘れもしない胸の奥まで響く音、あの歌声。

     瞬間、雑音の群れは忽ち消え、教会の鐘の音のような荘厳と高潔を纏った音に身体が支配される。音楽はそのまま道標のように、そこへ至る道を示した。手に持っていた地図はいつの間にか、小さく折り畳まれパンツのポケットに捩じ込まれていた。
     サガの足がひとつの建物の前で止まる。ぎらぎらとしたネオンの看板が営業中である事を示していた。ここまで来てようやく、頭ではなく耳で音楽を認識する事が出来た。建物から漏れる音に振動する鼓膜が、確かにこれは現実だという事を伝えている。
     すぐに中へ入ろうとしたが、やめた。ここへ来たのはイクリプスの音楽を聴く為じゃない。それでも漏れ出る音を、歌声を聴けば心が震える。くしゃくしゃに歪みそうな顔を引き締めるように両頬を叩くと、貼り出されていた今日の終演時間を確認し、一度その場を離れた。

     終演してそれ程経っていないのだろう、ライブハウスの出入口にはまだ人がたむろしている。せわしなく車に機材を積み込む男達の一人が出入口とは別の扉に吸い込まれていったーーあそこが楽屋に繋がっている。
     こういうのはコソコソしたほうが目立つものだ。さも当然のような足取りで、人目を気にせず楽屋口の重い鉄扉を引き、身体を滑り込ませる。
     中のつくりはシンプルだった。ステージに繋がると思しき一本道の両側に幾つもの扉があり、その横の壁にはバンド名が書かれた紙が貼られている。一番奥の楽屋に見慣れた七文字のアルファベットを認めると、どくり、と心臓が跳ね上がるのが分かった。それは既にその鼓動を失くした筈なのに。
     はやる気持ちを落ち着かせるため、大きく息を吸って吐いた。まるでステージに立つ前のように、すっと意識が切り替わる。ここに何をしに来たか、今一度心の中で確認する。
     勢いをつけてドアを押し開け、気持ちそのままに口を開いた。

    「見つけたぞコラァ!」

     歓喜を含んだ罵声が部屋中に響いた。
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