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    byakugun_rosso

    @byakugun_rosso

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    byakugun_rosso

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    とある同室の朝支度 まだ朝の早い時間、澄んだ空気が部屋に広がる中、一人の教師は目を覚ました。初夏の光が障子を通して入ってくる。その光を目を細めて見つめ、存分に楽しんだ後同室を起こした。互いに「おはよう」と言い、それぞれの準備に取り掛かる。
     彼女は布団を片付けながら、早起きしたためか出てくるあくびを噛み殺した後、最近の憂鬱な出来事にため息をついた。
    「はあぁ〜…」
    「どうしたんだい。そんな深いため息なんてついちって。」
    白郡は顔に化粧水を叩き込みながら、同僚兼同室の朔に尋ねた。まぁ、聞かなくても大体は想像がつくが。と毒吐きながら。
     大方、今学園で持ちきりになっているとある噂だろう。三年の富松作兵衛が実習に失敗した。平素なら補習をして、次頑張りましょー。で終わるはずだが、今回は場合が場合なために先生方や三年生、果てには上級生までもが事後処理に追われているらしい。トドメには、彼の直属の先輩である食満は富松にべったりくっつき、世話をしているとか。
     白郡の仕入れている情報はここまでだったが、彼女より耳が早く何より富松ら三年生を気にかけている朔は、もう少し突っ込んだ情報を持っていないものかと、知らないふりをした。
    「とぼけんじゃないの。知ってるんでしょ?」
    「おやおや、バレてましたか。」
    苦笑しながら白粉へ手を伸ばし、顔へパタパタとはたいた。
    「でもさぁ〜、お嬢。お嬢の方が色々知ってんでしょ?教えてよ。場合が場合って、どんなバヤイかとか。」
    ね?と、化粧をするために使う鏡面越しに片目をつぶってみた。が、布団を片付けるため彼女はこちらに背を向けている。片目のつぶり損か…。と、再び鏡面に視線を戻した。ちょうど白粉をはたき終わり、余分な粉を払い飛ばす。布団を片付け終えた朔は、唸りながら考え込んでいるようだった。鬱陶し気に頭を振ると、その長い髪がゆらゆらと揺れる。
    「白ちゃん、作兵衛達が実習で行った場所知ってる?」
    「知らん。どこなんそこ?」
     突然聞かれた問いに頬紅を入れながら返事をする。どうやら教えてくれるようだ。はたと実習の場所や、難易度を考える。まだ三年だから、それほど難しい実習ではないだろうに。失敗するとなると…見当もつかない。
    「武家なんだよ。作兵衛たちの実習先。」
    武家。という言葉に少し不安がよぎる。確かこの時代、武家では家ごとの因習などが色濃く残っているはずだ。そして、割と一般的だったのが………。
    「あぁ〜大体察したんだけど。まさか、ね?」
    「主人が男色家なんだって。」
    「はい ダウト」
     予想した通りの答えが返ってきて、白郡はげんなりとした。三年生…つまりは十二歳である。そんな年端もいかない子供に手を出すなんて!せめて十三歳からだろう。
    彼女も大概危ない考えを持っていた。
    だが、富松が哀れになり念を押す。
    「ねぇ、流石に手は出されてないよね?たまたま見ちゃったとかだよね……?」
    鏡越しでは不安になり、ふり仰いで朔を見る。布団の片付けが終わり、着替えようとしていた彼女は白郡の目を見つめ、そっと首を振った。
    「おいおい…マジで手ぇ出されてんの?」
    「うん。けど白ちゃん、たまたま見ちゃったって言ってたよね?」
    「え…うん。」
    「それね、ちょっと正解。でもね、見ちゃったのは左門なの。一緒に実習してた左門がたまたま、作兵衛たちが致してるとこを見ちゃったの。」
    「えぇ……阿鼻叫喚…」
    というか、方向音痴の左門がよく広い武家屋敷でその部屋にたどりつけたな。それに友人のそんな姿は夢にも思わなかっただろう。とんだ不運だ。そういえば、三年にも不運なヤツがいたなぁ。確か…五反田?いや、七反田?いたんだ?見たんだ?数馬…だっけ。
     朔の話に思わず現実逃避をする。だが、その話の続きにそんなこともできなくなった。
    「それで三年同士で連絡取り合って、作兵衛を逃す計画立てんの。」
    「うん…上手く行ったの?」
    朔は顔を歪めながら絞り出すように言った。
    「…いや…流石に大人には敵わなかったみたいでね。作兵衛、連れ戻されちゃったんだって。」
    「でも他の三年は?ぶじに戻ってきたらしいじゃん。」
    「それがね、作兵衛が戻る代わりに他のみんなを逃がせって言ったの。」
     健気!めちっちゃ健気!朔は目を閉じて天を仰ぎ、そう叫んだ。
     富松がお気に入りの朔が感極まる間に、白郡は仕上げにと顔を鏡に戻し、筆をとり紅を差す。口角を上げた方がキレイに紅が入るのだが、今日は引き攣ったようにしか笑えなかった。
    「でもさぁ、作兵衛そんなことして大丈夫なの?」
    「大丈夫なわけ無いじゃん!」
    朔は目をかっ開き、白郡を見据えるとそう言った。
    「おっ…おう。そう…だよね。」
    白郡は友人の剣幕に気圧され、たじろいだ。そのことに気づくと、朔は少し気勢を落ち着けた。
    「それで二日後に救助が入ったんだって。」
    「へぇ、誰が。」
    「留三郎が。単身で。」
    「単身で!?」
    敵の要塞に苦無一本で乗り込んだ暴君がいることは小耳に挟んだことがあるが、まさかあの学年にそんなバカがもう一人いたとは。危うく紅が唇からはみ出すところだった。
    「うん…で、どうなったの?」
    化粧が終わり、髪を結うため櫛で髪を梳かす。こちらはそんなにかからずに終わるだろう。
    そしたら朔の身支度をしてから、食堂に向かわなければ。髪を手早くまとめると、朔を手招きして化粧を施す。
    「それがさあ、作兵衛自身めちゃくちゃトラウマになってんの。」
    「そりゃそうだろうね。友達に見られるってどんな鬼畜プレイだよ。」
    「そうじゃなくてさ、助けに来たのが留三郎ってこと。」
    「そこ!?」
     なんでよ。と、白粉をぬってやりながら尋ねる。今回は適量ぴったりだ。
    「いやぁ……それが作兵衛、留三郎のこと尊敬してるっしょ?理由聞いたら、『あんな姿見られたくなかった』って。」
    「ちょい待ち。『あんな姿』って何が…相当ヤバくね?」
    「それ以降口閉ざしちゃったし、聞ける感じじゃなかったんだけどね。様子からして私らの頭ん中にあることで間違い無いと思う。」
    「マジでか。よく聞けたな。つか、留三郎にべったりくっつかれてて大丈夫か?」
    想像以上に複雑となった事情に、間の抜けるような問いが浮かぶ。だが続きが気になろうと、大切な友人の化粧に手を抜くことなどできない。朔の肌に合わせ、使う紅は白郡が自身に使ったものよりも青みが強めのものにしようと、数種類ある紅入れから一つを手に取った。頬に差せば彼女の顔色に合い、春のように柔らかい顔立ちになる。
    「その点は、留三郎がべったべたに甘やかしてんだって。最初は怯えてたけど今じゃ素直だと。」
    「へぇ」
     相槌を打ちながら、前に富松とすれ違った時のことを思い出した。実習から帰ってきた彼に声をかけようとしたが、その顔の青白さと普段の責任感に溢れ、快活な印象とは違い今にも消えそうな雰囲気、そして虚な目に目を合わすのさえ憚られた。
    「もしかしたらさ、あいつ…近々死ぬんじゃね?」
    「なんで?」
    頰へ紅を差し終わり、紅筆を持つ白郡へ朔は抗議するような声を上げた。
    「この前作兵衛とすれ違ったん。かなりヤバい顔してたからさ。不安になって。」
    「いや、あの子に限ってそんなこと無いよ。」
     口紅を差すため、一旦会話が途切れた。スッと筆で紅を引く。形の良い唇が、熟れた桜桃のように色づいた。これで化粧は完成した。次は髪を結わえよう。
     良い香りのする髪油を手に取り、朔の髪へ馴染ませる。均等に広がるように髪を櫛けずる。 
    会話を再開させようと、口を開いた。
    「まぁ,どうせ死ぬならドラマチックに逝ってほしいね。」
    キヒヒと笑いながらそう呟くと、鏡越しに視線を飛ばされた。
    「オイ」
     短い言葉と目にこもる殺気に部屋の空気さえ変わる。朔の怒り方に白郡は彼女の地雷を踏んだことを悟った。
    「すまない。失言だった。忘れてくれ。」
    すぐさま謝っても、朔はジト目をやめない。これは何か代償を払わねばならないようだ。
    「今日のおかずあげるから。」
    「……………」
    「なんか奢るから。」
    「…………」
    「今度の休み、遊びに行こう。」
    「………」
    「じゃあ、今度有給取って旅行行くか!金沢でも京でも、交通費俺が出すから!」
    「…あわちゃんも。」
    「おお…もちろんだ…。」
    身から出た錆。朔が出した条件を腹を括って受け入れた。
     櫛と髪油に整えられて、ツヤツヤになった髪を桃色の髪紐で結ぶ。これで頭巾を被れば完成だ。それに、まだ食堂の開く時間まで少し間がある。まだ出しっぱなしの自分の布団に寝転ぶと、浮かんだ疑問を口に出した。
    「お嬢さ、もし本当に作兵衛が死んじゃったらどうする?』
    「竹谷に依存する。」
    即答だった。
    「じゃあ白ちゃんは?兵助死んじゃったらどうすんのよ。」
    「…可能なら防腐処理して、二人だけの場所に安置する。だめそうなら後追い。」
    「ワーオ。ネクロフィリアー。」
    「何とでも言いたまえよ。」
    ゴロゴロと転げ回りながら言った。あばれたため、もともとしっかり結ばなかった髪が乱れてしまった。結ぶのも面倒になってそのままにしていると、朔がため息をつく。
    「来なよ。結んだげるから。」
    「いいの!?」
    飼われた犬のごとく、彼女の元へ駆け寄った。
    鏡と朔の間に挟まれるように座る。朔の手が緩く髪を撫でて毛並みを確認する。一通り手を通し終えると、櫛を持ち上げた。白郡のときと同じように髪を梳かしながら、朔はとっておきの秘密を打ち明けるようにささやいた。
    「ねぇ、作兵衛なんだけど、今留三郎と同室なの。」
    「うん…はい?」
    その言葉に、髪を梳かされる心地の良さについうとうとしていた白郡は、疑問の声を上げる。
    「あの迷子どもほっぽいて?不運の権化を置いといて?」
    「そうなんよ。しかも、長屋からちょっと離れた庵に。」
    「……あのショタコンに下心があるようにしか思えんのだが。あいつもクロじゃね?」
    「いや、作兵衛自身すごく不安定でさ、一回錯乱してるの。そんときに迷子と不運は拒絶されちゃってね…不運に至っては拳が鼻にクリーンヒット。」
    「マジかよ。重症じゃん。てか、いさっくんの鼻のガーゼそれが原因か。聞いてもはぐらかされるって思ったんだよね。」
     後で作兵衛に美味いものでも持っていってやろう。白郡はそう心に決めた。会話する間に白郡の髪はきっちりと結われたらしく、頭に紫色の髪紐が下がっていた。
     頭巾被っちゃうのもったいないな、と思いながら朔に礼を言う。
    「また寝ると乱れちゃうんだから、布団片しな。」
    「はぁ〜い。」
     気の抜けた返事をしながら、布団を押し入れに入れた。
     のんびりするうちに、そろそろ食堂の開く時間になったようだ。遠くから生徒達のものだろうか、ほんのかすかな足音がする。
    「白ちゃ、そろそろ行こっか。」
    「そうだね。行こうか、お嬢。」
    二人は並んで歩き出した。すると誰かが後ろから歩いてくる。
    「あ、山田先生と土井先生。はよっす。」
    「白ちゃん、敬意を払え。敬意を。山田先生、土井先生おはようございます。」
    頭をはたかれ、小言を言われる。今度はしっかりと頭を下げて挨拶をした。
    「お二人とも、おはよう。ございます。」
    山田先生が言う。少し笑っているようだった。
    「良ければ、お食事ご一緒しませんか?」
    土井先生が人当たりのが良い笑みを浮かべながら言ってきた。あまり彼からこう誘われることもないため、いぶかしく思い首を傾げる。 
    「いや、別に私は大丈夫っすけど…お嬢は?」
    「大丈夫だよ。よし、ご一緒しますか。」
    賑やかな食卓になるなぁ。と、彼らと雑談を交えながら食堂へ向かった。食堂へ着くとまだ人はまばらで、四人一緒に座れる席もあったため、そこをキープする。
    「お残しは許しまへんで!!」
     おばちゃんのお決まりの文句と一緒に渡されたお膳を見る。今日のメニューは……
     白米、油揚げと豆腐の味噌汁、鯖の味噌煮、そして…ちくわとさつま揚げの煮物。
    「おい」
     先輩である土井を朔と白郡は睨みつけた。土井は何のことやらと視線をずらす。コイツ、俺らに練り物押し付ける気だな。山田先生はわかってて止めなかったと。
    「…そんなことだろうと思いましたよ。こっちによこして下さい。」
     ため息混じりに全てを悟る。すすす…と、煮物の皿が寄せられた。
    「白ちゃんは優しいね〜。感心感心。」
    向かい側に座るニコニコ顔の朔が、白郡のお膳から何かをかっさらっていった。
    「待てや、朔。なんで俺のお膳に味噌汁と白米しか無い?」
    「だって白ちゃん、おかずくれるって言ったじゃん!」
    「まさか君あれみんな実行させる気か!?あと、よく見たら味噌汁の油揚げないじゃん!」
    流石に破産するわ。そう言いながら鯖の味噌煮を取り返そうとすると、朔も負けていない。
    「ふざけんな。油揚げは好物なんだよ。あと鯖の味噌煮は推しの好物なんだよ!」
    「君の推しの好物ならお椀の中にあるじゃん!」
    「推しは推しでも堀越次郎なの!」
    「誰よその男!」
    「零戦作った人!」
     時代考証なんて言葉はどこへやら。騒ぐ二人に山田と土井は顔を見合わせ苦笑した。
    「あの…お二人とも静かにしていただけますか?」
    「あ…ごめん。」
    人の多くなった食堂内で騒ぐ二人に二年の池田三郎次が文句を言いに来る。白郡は可愛がっている二年生に気を取られ、手の力も緩む。その瞬間を朔は見逃さなかった。
    「隙ありっ!」
    「は?あっあぁー!」
    気がつくと白郡の手から鯖の皿がなくなっていた。幸い、煮物は土井のものがあるが、元々自分の分だったものは、白米と油揚げ抜きの味噌汁だけになってしまった。失意のうちに、ヘナヘナと卓へ突っ伏す。
    「鯖返せなんて贅沢言わないから、せめて油揚げ返そうよ…」
     今にも泣きそうな白郡を哀れ思ったのか、山田と土井が数枚油揚げを入れてくれた。騒ぎを聞いていた数名の生徒達も少し油揚げを分けてやる。朔につつかれ、白郡が顔を上げると油揚げが少し増えていた。
    「戻してくれたの!?」
    「君を哀れに思った方々からの尊い善意だよ。感謝して食べなさい。」  
    朔が味噌汁を啜りながら言う。
    「そっか。ありがとうございます。てか君が返してくれよ。」
    いただきます。と手を合わせ、白米をちくわをおかずに頬張った。いつもの味が体に染みる。
    「あ、そうだ白ちゃん。旅行先は金沢がいいな。」
    「…ハイ、ワカリマシタ。」
     しばらく、残業が続きそうな予感がした。
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