片思いだったあなたへ 風はちょっと冷たいけれど、穏やかな夜だった。
簡単な素材集めでのレイシフト。
いつもの慣れたメンバーは、皆、手際良く目的を達成していた。
直ぐに帰れるけれど、誰が言い出したのか、「たまの休息も必要!」と、のんびりしてから帰ろう、と満場一致で決まった。
念の為、周囲の安全確認は済ませてから、薪に火を灯す。
柔らかい光と、薪の燃えるにおい、ぱちぱちと火の弾ける音が、優しい静寂に響く。
「ちょっと僕、散歩してくるよ」
徐にビリーが立ち上がって、「すぐ戻るから」と言い残し、周囲の返答も待たず歩き出す。
その背をぼんやり眺めて見送ったあと、ふと、今がチャンスなのではないか、と思ってしまった。
私はビリーが好きだ。
多分自分で思っているより、ずっと。
なんなら、独り占めしてしまいたいと思うくらい。
でも、私はカルデアのマスターで、我欲で動いていい立場ではない。
今や大勢のサーヴァントを率いているし、行動一つ一つに責任を伴う。
このような状況下にも関わらず、一人浮ついた感情を持っているようで、外に出してはいけないものだと、ずっと胸の内に抱えてきた。
いっそ、この気持ちが、泡のように消えてくれればいいとさえ思った。
だけど、結局その感情は消えるどころか、膨れ上がるばかりで、留まるところを知らなかった。
心の許容量があるとするならば、既に限界に達していたのかもしれない。
ダメかもしれない、そう思わなかったと言えば、嘘になる。
けれど、その恐怖を跳ね除けてしまうくらい、好きの気持ちは膨らんでいた。
膨れ上がった感情が、刹那、弾けたのがわかった気がした。
その衝撃に突き動かされるように、気付けば立ち上がっていた私は、「私も行ってくる」と小さく発して、小走りで駆け出していた。
「私もお供します」と言いかけたマシュの言葉が、途切れたのを背中で聞いた。
ロビンが制止したのだろう。
きっと、私が駆け出した理由を、分かっていたのだと思う。
ビリーは拍子抜けするほど、すぐに見つかった。
手頃な岩に腰掛けている、見慣れた背中が見えた。
空を見ているらしい。
声を掛けようか悩んでいると、くるっとこちらに振り返って、「やっぱり、マスターだ」と柔らかく微笑んだ。
「流石。すぐバレちゃった」
「バレバレだよ。そもそも君、気配隠す気だったのかい?」
いつも通りの軽い口調でクスクス笑う。
「隣いい?」
「もちろん、どうぞ」
私がわざわざ、一人のときを狙ってここに来た理由を判っていて、いつもの調子のままなのか、はたまた本当に全く気付いてないのか…。
察しのいい君の事だ、恐らく前者だろう。
だって、「どうしたの?」等と、ここに来た理由を聞かないのだから。
そう思って、少し憎らしい気分になる。
とはいえ、想いを告げようと勢いのまま来たものの、いざその時になると決心がつかず、緊張でろくに思考が働かない。元々緊張に弱い私なので尚更だ。
「星が、綺麗なんだ」
ぐるぐる必死に思考を働かせている私に、君が掛けた一言。
その言葉に、思わず空を見上げた。
ああ、なるほど、確かにそこには満天の星空が広がっていた。
どうして気づかなかったんだろう、と思うほど、眩いばかりの星空に、思わず感嘆の声が漏れた。
「僕、別に星が特別好きってわけじゃないんだけど、星の綺麗な夜空の日は、一層静寂が映える気がして好きなんだ」
「ビリーくん、静かなの好きだもんね」
「私が来て、一人じゃなくなっちゃったけど、迷惑じゃなかったかな」
一抹の不安を口にしたけれど、「迷惑だと思ってたら、最初から一人にしてくれって言うよ」と尤もな理由で返される。
「レイシフト空間の星空だから、本物の星の光ではないけど、それでも綺麗なものは綺麗だよね」
そう言うと、君は一瞬だけなんとも言えない、感情の読めない表情をして、直ぐに顔を綻ばせた。
この時、その真意はわからなかったけど、私の思ったままの一言を、好意的に思ってくれたのは、その表情から分かった。
会話をそっと飲み込むように、また訪れる静寂。
少しの会話で緩んだ緊張が、また増していく。顔が熱い。
自分の心音が、酷く五月蝿くなっていく。
何も考えられなくなる前に、言ってしまわなければ。
逸る気持ちより、なお早く先に口に出ていた「好き」の二文字。
聞こえたかな、そもそも私、ちゃんと言えた?そう思って、恐る恐る君の顔を見てみる。
ああ、その顔はちゃんと聞こえたんだ、そうわかる表情をしていた。
今まで見た事のない、間の抜けた顔をする君。
そんな顔もするんだ、と新たな一面に嬉しくなる反面、ちょっと面白くなってしまう。
「好き?マスターが僕の事を?本当に?」
君の言葉で、自分が遂に告白をしたのだと言う現実が、一気に押し寄せてくる。
思い出したように早鐘を打つ心臓のせいで、呼吸が浅くなる。
「こんな嘘、つかないよ」
精一杯の返答、そもそも告白されておいて聞き返さないで欲しい。
「そっか………うん、ならもう降参だ、僕も白状するよ。君がずっと好きだった」
多分、君が僕を好きになるずっと前からね、と笑いながら付け足す。
私は今、夢を見ているんだろうか?
世界には、こんなに甘くて優しい言葉の響きがあるんだ、と、止まってしまいそうな思考の中、初めて知った。
「ずっと僕だけのものにするのは無理だって思ってたけど、これからはそうじゃないって思ってもいいんだね?」
その問いに、頷くしか出来ない今の私とは対照的に、君はどうしてそう用意したかのように、スラスラと言葉を紡げるんだろう。
満足に言葉を返せない私に、私の欲しい言葉ばかり貰って、気持ちだけじゃなく、体まで浮いてしまいそうだった。
「顔が真っ赤だよ」と、私の顔を覗き込みながら、君は悪戯っぽく笑っている。
それに、「誰のせいなの?」と返す私。
君の綺麗なブルーグレーの瞳に映っている私は、なんだかとても情けない顔をしている。
いつもと変わらない口調。
でも、二人の距離が近くなっていたことが、その関係の変化を証明していた。
「そろそろ戻ろう、心配掛けてるかも」そう言いながら、右手を差し出す君。
自然に手を繋ごうとしている。
恥ずかしいけれど、私の左手はそれに応える。
初めて触れる君の手は、思っていたよりずっと男の人の手だった。
「こんなの戻ったら直ぐにバレるよ…」
「寧ろ僕は直ぐにバレないと困る」
そんな、お互いの想いを通わせて数分で、バカップルのような会話をしながら、手を繋いで短い帰路に着く。
行きに感じた冷たい風が、今はなんだか心地良い。