酒気と硝煙 「へぇ、あんたはんが旦那はんのお気に入り?ほーかほーか…ふふ、これはまぁ…随分かいらしなぁ」
底知れない〝得体の知れない何か〟を含む声が突然降ってくる。
聞きようによっては妖艶、とでも形容しておこうか。
気配は、無かった。
「それは褒められてる、と取っていいのかな?」
声色でその声の主を察した僕は、その主の方へ顔をやる。
いつでも得物に手を掛けられるよう、ホルダーに左手を添えながら。
——ああ、やっぱり。
頭から伸びる角が人ならざる者を物語るが、それよりも紫の瞳に異形のそれを宿らせる〝あの鬼〟だ。
「好きに取ったらええんちゃう?なぁ、金髪の。旦那はん、美味そやろ。元は人間や言うても、人ならざる身になったら、見え方…変わるんと違う?」
「さぁ、どうだろうね」
質問の意図が読めない、表情からも、何も読み取れない。
舐め回すような、刺すような視線に、ただひたすら不快な感覚のみが身体を這う。
「うちはねぇ、美味そに見えるんよ、どんな相手にも警戒心なく、無防備に首晒して…つい喰らいつきたくなる」
ほう…と溜息を漏らし、まさに恍惚、と言った表情で彼女は言う。どこまでが本気で、どこまでがおふざけか。
「君は、マスターに反抗する意思がある、という事かな」
それならば、僕はマスターのサーヴァントとして、見逃す訳にはいかない、そう思った。
ただ、冗談でも勝てる、等とは思わなかったのも事実だ。
僕は人間は殺したけれど、鬼を殺したことなんて、当然ない。
幸運にも僕の警戒は杞憂だったようで、彼女はやり合う気は端から無かったらしい。
先程とは空気の硬さが変わっている事が、それを証明していた。
「ふふふ、そう聞こえた?そんな怖い顔せんとって?悪気があったわけじゃないんよ、多分あんたはんが一番旦那はんの近くにおるやろから、うちなりの忠告とでも思っといておくれやす」
「ここは、うちみたいなのもおれば、もっと度し難いのんもおるからね」そう言い残して、彼女は姿を消した。
微かに残る酒の匂いを除けば、まるで元々そこに誰も居なかったかのように。