探囚再掲①「何か私に言いたいことがあったんじゃないのかい? ずっとこちらを見ていただろう?」
「ないよ、そんなの。何もない」
着飾った女性達と優雅に踊るあなたを見て、喉の奥が粘つくような不快感を覚えたことも、本当は僕が、なんて思ってしまったことも、口に出してしまえるのならこんな所に1人でいたりしないんだから。
「全く、困った子だなぁ」
ふ、と口元を緩めた顔に荒れた心が凪いだ気がして、少し悔しかった。
「そろそろ戻りなよ。風邪引くでしょ」
「君もだろう? でもその前に、せっかくの機会だ。私のことをエスコートしてくれないか? 格好良く頼むよ」
「そんなの、僕にわかると思ってるの」
「何が正解かなんて考えなくていいさ。君の思うやり方で、私をその気にさせてくれ」
真っ直ぐこちらを見つめるルカの顔には、揶揄うような色はない。
急かすこともなく、ただじっとこちらを見つめて待っている。
(エスコート、なんて)
できるわけがないのにと心の中で毒付いて、ためらいながらもそっと片手を差し出す。
見様見真似も良いところだ。
手も、唇も、情けないほど震えていて、格好なんて少しもつかない。
「……ぼくと、踊っていただけませんか」
「よろこんで」
「はは、めちゃくちゃだな!」
「あなただってさっきから何回も僕の足踏んでるくせに!」
「仕方ないだろう!女性側のステップは私だって初めてなんだから!」
音楽も無い、観客もいない、月明かりに照らされただけの、2人きりのダンスホール。
みっともないどころか形にすらなっていないと鼻で笑われそうな踊り方。
足を踏んでは転び掛けて、支えようとしてはバランスを崩して、見つめあった顔だけは逸らさない。
そんな不恰好な時間が、呆れるぐらいに楽しかった。
「……ねぇ」
「うん? なんだい?」
「あんな誘い方で、よかったの」
ルカの望む言葉なんて少しも分からなくて、格好良さとはかけ離れた、我ながら情けない姿だっただろうに。
「いいに決まっているだろう。君が、私だけを見て、私のことだけを思って絞り出してくれた言葉だ。何の不満があるものか」
それにね、とルカは笑う。
いたずらっ子のような、それでいて少し恥ずかしげな笑い方。
「私だって、君と踊りたかったんだ」
八重歯を見せて笑うその顔は、世界で一番美しくて、見透かしたような言葉は少し癪だった。