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    55Lnln

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    探囚再掲②虚飾に満ちた街。娯楽の形すらも歪められて、権力者の望まぬ物は、大衆の手から遠ざけられて久しい。
    そんな街にも、義憤に駆られて、あるいは我欲で、真実を覆い隠すベールを剥がさんとする者達はいる。
    映写室。市民に夢を魅せる仕事の一つ。
    そんな仕事で得た賃金の大半を投じて、得た地位を脅かしかねない後ろ暗いルートを通じて、廃棄される予定のフィルムを集めては修復に勤しむ風変わりな青年もその一人だ。
    ある日、いつものように盗みに入った先で、少し、ヘマをしてしまって。這々の体で転がり込んだ先にいたのがその彼だった。
    彼は、いかにも訳ありな不審者を警邏に差し出すことなく、傷が癒えるまでの仮宿の提供を申し入れてくれた。
    そればかりか「私以外の目に触れないのは寂しいからね」などと言って、彼が収集しているらしい非合法の映像を見せようとする警戒心の無さ。
    こちらが通報という手段を取り得ないお尋ね者とはいえ、出会ったばかりの他人に、有害指定されたフィルムの所持を打ち明けるとは、危ない橋を渡るにも程がある。
    そう言いたげな僕の視線に気付いたのか、彼は左目をいじりながらぽつりと呟いた。
    曰く、憧れのスターレーサーに似ていたばかりに、つい隠し事を明かしてしまったのだとか。
    その言葉に、思わず思考が止まった僕はなんと答えたのだったか。
    たしか、この街に不満があるという点では同士のようなものだね、とか何とか言って、彼の顔が少し明るくなったことに、そうして誤魔化されてくれたことに安堵したような、そんな気がする。
    それ以来、傷が癒えた後も、薄らとした連帯感にも似たなにかを抱きながら、この奇妙な交流は続いている。
    もっとも、自分の来訪がいつか彼に危険をもたらす可能性に思い至りながら、それでも押しかけてしまう本当の理由を、彼が知ることは無いのだが。

    「またやってるの? 精が出るね」
    「君こそ、昨日も一面を独占していたみたいだね。相も変わらず人気者なようで何よりだ」
    足音一つ立てず侵入した自分に驚くことなく、作業を続けたまま返される軽口が心地良い。安心感すら覚えてしまいそうだ。
    やれまた規制が厳しくなっただの、その割に定期視察団の目は節穴だのと良く回る口よりも滑らかに動く手つきを横目に、家主に断りを入れることなく勝手知ったるキッチンに足を踏み入れる。
    改造済みの身体といえど、生身の部分も多く残るにも関わらず、作業に集中し過ぎては食事を疎かにする彼に、宿賃代わりの軽食を作ってやるのがこの場所を訪れた時の恒例行事だ。
    (機材のメンテナンスは怠らないのに、どうして自分の身体を気遣ってくれないんだろう)
    予想通り空っぽに近い冷蔵庫と、以前自分が片付けたままほとんど配置の変わらない調理器具を前に口を尖らせながら、買ってきた食材を手に取った。


    作り置いた諸々を冷蔵庫の中に仕舞い込み、椅子に腰掛けて一息つく。
    粗雑に扱われて再生が困難になったフィルムの復旧を進めているらしい家主の様子は、数時間前から変わりない。
    ノートンが台所で物音を立てていようと、近くに寄って来ようと、持ち前の集中力を存分に発揮していたようだ。
    手持ち無沙汰になり、ぼんやりと肘をついて目線を向けた先にある横顔は、どこか楽しそうで。
    きっと、今日のところは順調に進んでいるのだろう。
    食えない人物だと評されることもある男だが、プライベートに立ち入ってしまえば、存外、わかりやすい。
    何より。
    思い通りにいった時の僅かに綻ぶ口元も、思わぬところで苦戦して眉間に皺が寄る様も、ノートンは全部知っている。
    少しばかり顔つきが変わったとて変わらないその表情を、全部、ずっと、ずっと側で見てきた。
    「呼び名が必要かい? それなら映写室とでも呼んでくれ」そう言った彼の本名を、僕は知らないことになっているその名前を、こうして彼の顔を眺めていると、時折、呼んでしまいたくなる。
    寂寥感のような、郷愁のような。胸に広がる感情を苦々しく思いながら、ノートンは頭を振った。

    「よくやるよね。カーレースなんて、そんなの今じゃ誰も見たがらないし、バレたらあなたの立場が危うくなるだけなのに」
    「だってかっこいいだろう?」
    なんてことないようにそう言って手元の機材を弄り続ける、見慣れた横顔。
    全身泥だらけで顔も腫れ上がって、結果だって散々な僕に、それでも挑み続ける君はかっこいいよ、なんて笑ってくれた人を思い出す。
    今はいない人。世界にも、本人にさえも、忘れ去られてしまった人。
    なのに、僕だけが忘れられなくて。忘れたくなくて。
    「それなのに、低俗だの市民に悪影響を及ぼすだのと言って放映を禁じるなんて! 連中にとってはわかりやすい『競争』を目にさせたくないのだろうが、全くもって度し難い」
    いつも通りの文句に、そうだね、なんて適当な相槌を打ちながら目を閉じる。
    自分が手掛けた車が結果を残すところが見たいのだと、君なら私の腕が確かなことを証明出来るだろうと、僕の走りを支え続けてくれた青年。
    勝てるように。負けても次があるように。そんな想いを込めて、いつだって手を尽くして送り出してくれた彼。
    前の彼は今みたいにわかりやすく褒め讃えてはくれなかったけど、誰よりも僕を信じてくれていたのだと、知っている。
    姿勢を崩し、机の上に投げ出した腕に顔を埋めて、小さく息を吐き出す。
    野蛮な催しだと一笑に付されて、各々が命を賭けるだけの理由も、信念も、あの過酷なレースごと踏み躙られていると憤る気持ちが無いわけではない。
    でも。
    (みっともない、汚らしい。そんなくだらない理由で、あなたが整備してくれた車がもう誰の目にも映らない方が、映すことを許されない方が僕はずっと嫌だ。嫌なんだよ、ルカ)
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