探囚再掲③「もらったばかりのあの衣装、ここ数日はほとんど着ていないんだね」
私も演繹衣装とやらをもらったんだと喜び勇んで見せにきた、かわいい恋人。
その衣装の際どさに、絶対他の人の前で着ないでと猛反対して大喧嘩になりかけたのは記憶に新しい。
しまいには意固地になって「しばらくこれ以外の服は着て行かない」と言っていた通り、その後は何試合も あの姿でノートンをはらはらさせていたはずなのだが。
ふと気がつくと、ルカは以前から愛用していたボアの衣装を多用するようになっていた。
彼のチェイスを手助けする時も、風船に吊られた彼を助ける時も、あの短い裾や、大きく開いた脇から見えそうな胸元、片手で掴めそうな細くて白い足に目が吸い寄せられがちなノートンにとっては、非常にありがたいことではある。
とはいえ、恋人の突然の心変わりは気になるノートンを前にして、「あぁ……あの服か」と切り出す声は、彼にしては珍しく歯切れの悪いものだった。
「何かあった?」
「その、だな……あの衣装を身につけていると、まるで性奴隷のようだ、と噂されているらしくて……流石の私もそれを聞いては着辛くてね」
誰だ人の恋人にそんなこと言った不届き者は。顔面腫れ上がるまで殴るだけで許してやるから名乗り出ろ。
「君の言った通りだったね」とほんのり色付いた頬を掻くルカを前に、今すぐにでも発言者の元に殴り込みに行きたい気持ちと、口を衝きかけた「だから言ったよね?」という言葉をなんとか飲み込んだ。
比較的同時期に互いに新しい衣装が与えられると発表されたこともあり、期待に胸を躍らせていたノートンと同じく、一見興味は無さげだったルカもなんだかんだで心待ちにしていたのは知っている。
それがこうして着るのを躊躇われるようになってしまったとあれば、気落ちするのも当然だ。
残念だとあからさまに顔に出すようなことはなくても、いつも元気なアホ毛も心なしか萎れているように見える彼を慰める方が先決だろう。
といっても、どこぞの不届き者と同じく、ベン・ハーと名付けられた衣装を身に纏ったルカを不埒な目で見ているのも、それを本人に伝えてしまったのもまた事実だ。
そうなると、ただでさえ人を慰める経験に乏しいノートンには、何と言葉をかけていいのかわからない。
それならば、とすぐ目の前にある頭にそっと手を伸ばし、ぎこちなく撫で始めると、ルカは驚いたように目を瞬かせた。
「私は子供ではないのだが」
素っ気なくも聞こえる言葉とは裏腹に、口元はわずかに緩んで見える。
ならば、まあ、お気に召したのだろう。
似合わない行為をしている自覚からやってきた少々の居心地の悪さを感じるノートンをよそに、リラックスしきっているらしいルカは、完全に力を抜いてノートンの身体にその重さを預けていた。
理性を残している彼がここまで甘えてくるのは珍しい。慣れない行為をした甲斐もあるというものだ。
すっかりご機嫌になった様子の恋人を抱きしめて声をかける。
「ねえ。あの服、また今度僕の部屋で着てみせて」
「構わないよ。でも、それだけでいいのかい?」
こちらを見上げて挑発するかのように微笑むその顔は、いつも通りのルカ・バルサーだ。
今度はこちらが子供扱いされている気もするけれど、うん、翳りが見える顔よりは、こっちの方がずっとい。
「ルカが許してくれるなら、その先も」
「まったく、仕方のない子だなぁ……」
他の誰かにそういう目で見られるのは嫌だけれど、君ならいいよ、と胸元に擦り寄ってくるルカは、相変わらず恋人に甘くって、やっぱり少し無防備だと思う。
こうして、珍しくも甘やかな時間を過ごすきっかけをくれたことには、どこぞの馬の骨に感謝してやらないこともない。
それはそれとして10回は殴る、と決意しながら、ノートンは温もりを増した身体をそっと抱え直した。