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    イモ田ムシ子

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    イモ田ムシ子

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    文字打ち下手だけど許してちょ。
    前に書いた神ナギの救いの無い話。
    死ネタ注意。

    救いの無い話 たくさんの作品を見た私はどうしても彼に聞きたい事があった。
     苦労して探し出して(この一文は例えば『ロナ戦』全〇×巻に匹敵する冒険があったけれど)
     インタビューに答えてくれた彼は『この話に、救いは無い。』と言って、暗い瞳でぽつりぽつりと語り始めた。






     とうとう辻田は、神在月を噛む事にした。
     彼がコンビニの店員と話す事にすら焦れた気持ちになり、その晩は彼が気絶してしまうまで抱いてしまった。
     初めて相思相愛と言えるほど、お互いを求め合える相手だった。
     だが辻田にその膨れ上がる感情をいなせる程の人生経験が足りなかった。
     
     ある満月の晩、ナギリは原稿を終えた神在月をすぐに休むよう諭した。
     何か特別な事を用意してくれているのだな、と神在月は嬉しそうに、従った。
     その笑顔にちくりと心が痛んだが、何をするのかは結局教えなかった。
     彼ならどうするだろうか。転化を望むだろうか。
     ナギリには分からなかったが、一見へらへらと優柔不断そうな彼が実は強い意志の持ち主だという事は分かっていた。
     嫌なら嫌ときっぱりまっすぐな瞳で跳ねのけるだろう。何百枚何千枚原稿を無理やり描かせてきた辻田にでも、その瞳の強さには逆らえない自信があった。
     断られる事が怖かった。
     だから教えなかった。選ばせなかった。
     自分を伴侶に選んだことを後悔するしか無いだろう。そう寝顔に語り掛けた。
     (相思相愛の相手に後悔をさせるのか?)
     辻田はまだ葛藤していたが、後には引けない気持ちもあった。
     眠る伴侶をいつもの様に覆いかぶさって抱きしめた。はじめはびくりと肩を震わせるも、鼻をすんすんと動かしてからゆっくり力を抜いていく様は、この男の全てが自分のもののようで、この瞬間に勝る快感は無い。
     薄い肉っけのない唇に唇を重ね、合わせ、愛でた。
     この口付けがダンピールと吸血鬼の最後の口づけとなる。
     いったん離した唇を、そっと、そっと…頸動脈へ押し当てた。
     やり方は知らない。けれど体が知っている。眷属化を強く望み、牙に込める。
     この気持ちが愛なのか強いだけの執着なのか。
     そもそも愛とは何だ?
     神在月と一緒になって沢山の書物に目を通したが、語られる『愛』は作家によって意味が替わる。だから辻田にも自分自身の『愛』が存在する。
     していい筈だ。
     俺の神在月シンジ、俺の愛する人。俺だけのダンピール。さあ、こちら側へ…。



     クワバラは日の落ちたビル群の隙間を縫う。
     担当作家の神在月と連絡が取れなくなる事はよくある事だが、3日間空く事は無い。
     不安と心配でやってきたクワバラは、部屋に入り作業部屋に足を踏み入れた瞬間鼻を突いた臭いにひっと短い悲鳴を上げた。
     いつもの散らばった原稿用紙、それらをまだらに汚す赤茶色い飛沫は乾いた血だろう。どこかかび臭い歪な臭い。歴戦の忍者ですらここまでの悪臭はそうそう体験するものではない。
     担当作家が自宅で孤独死するのは無い話ではないが3日でこの臭いは早すぎる。
     この惨状と時間の嚙み合わなさに疑念を持ちつつも、見えない神在月の姿を闇の中に探った。
     作業机の向こうのベッドに、座る影が2つ。片方はベッドボードに背を預け、もう一つの影を抱いている。抱かれた痩躯を伺う。
     「…神…ちゃん?」
     もう一人は誰や?と問うも返事は無い。
     歳の所為か暗闇に目が慣れるのに3秒かかった。
      瘦身長躯が2人。神在月以外にいるとしたら彼しか知らない。
    「辻田…?」
     ぴくりとも動かない辻田がヘッドボードを背に抱いているのは、変わり果てた神在月だった。
     表情のない顔に落ちくぼんだ眼球は赤黒くうっ血している。穴という穴から流血した跡はすでに乾いており、半開きの口からはゆったりとした呼吸に合わせてか細いうめき声が漏れている。
     時々体が震えているのは、体の筋肉がちぐはぐに動いているからだ。
     ずいぶんと暴れたのだろう、手足はボロボロに裂いたシーツで巻かれていた。
     …肌は、到底生きているとは思えない色をしていた。
     「何をした!
     神ちゃんに、何をした、ツジタ!!」
     神在月の首筋の噛み跡を見ながら、それは謎を問いただそうとしているのではなく、事実を反復しているに過ぎなかった。
     辻田は、辻斬りナギリは神在月を噛んだのだ。眷属化させようとして…失敗したのだ。
     「いや、まさか、失敗するとは思わなくてな。」
     言ってから、辻田はクワバラを見上げた。神在月同様、表情は無かった。
     クワバラの頭の中で必死に神在月を生かす方法を探ったが、忍者にはそんな秘伝の技術は無い。
     混乱しつつも、男の腕から大切な担当作家を離すと、辻田の横っ面を思い切り殴った。
     図体の大きい辻田は吹っ飛びこそしないが、座っていたベッドからは転げ落ちた。
     目の前に座っている変わり果てた姿の神在月は上半身をゆらゆら揺らして虚空を見ている。殴られて仰向けになった辻田は時折うめき声をあげている神在月を見上げる。
     「ダンピールは確率が高いと聞いていたのに。」
     「そりゃ親吸血鬼から血を分けて貰えば、の話だ!」
     「お前に謝ればこの罪は消えるか?」
     「言いたい事はそれだけか!」
     いつもどこにしまっているのか。背後からするりと現れる湾曲刃の槍。
     時々見える刃はとても使い込まれて、何度も研がれた跡がある。
     「若造が!!」
     クワバラが低く呻いた瞬間刃が閃いた。辻田の体が勝手に起き上がって掌から刃がせり出す。そこそこ本気で作った刃だったが湾曲刃にあっさりと分断される。
     血の刃の良い所は、欠けたらまた新しく出せばいい所だ。
     出し直した血刃で反撃に出る。辻田の頭の中は真っ白になっていた。
     体が勝手に動いている。動くだけで血も恐怖も求めない。ただの空虚。
     だから両目から溢れる水滴も、きっと意味のない生理現象なのだろう。
     襲い返す血刃の切っ先がクワバラの喉元を掠ったが、湾曲刃はこの狭い部屋でも正確に、辻田の首を跳ね飛ばした。

     もう少し冷静であれば、生け捕りにしてVRCかオータム地下研究所で何か対処法が見つけられたかもしれない。
     だが同時に連載最後の原稿を出し終えた作家に、そこまで手を貸すとも思えない事も分かっていた。
     振りかぶった槍を再び別の型に構え直す。遅れて、どすんと辻田の首が鮮血をまき散らしながらカーペットの上に落ちた。
     吸血鬼は魂も無いというが、それなら死んだら何処へ行くのだろうか。
     輪廻転生を信じてはいないが、天国にも地獄にもいかないのなら、何が残るだろう。目の端に移る本棚の隅の『辻斬りナギリ』の切り抜きファイル。神在月が資料として集めに集めた分厚いファイル。
     あれが、彼の墓標になる。
     クワバラは槍を背中のどこかに仕舞うと、今度は懐から携帯電話を取り出す。
     「もしもし、フクマ?
     ちょっと、来てくれん?」
     電話の向こうの相手は打ち合わせ中だったが、クワバラの声色を聞いて、いつもの落ち着いた声で答えた。
     『今ロナルドさんの事務所にいるんです。
     どちらか同行をお願いした方がいいですか?』
     「そうやな、ドラちゃん頼むわ。」
     『わかりました。すぐに向かいますね。』
     電話は切れ、30秒もしないうちに玄関あたりの空間が揺れ、光を捻じ曲げたせいで暗く見えるくぼみのような所から、黒い人影が2つ出てきた。同僚のフクマと、彼の担当作家の吸血鬼ドラルクだ。
     フクマは置いといて、彼の享楽主義も完璧なもので、この状況に眉1つ…むしろ楽し気にさえ見える視線をあちこちに回しながら。
     「ああ、なるほどね。」
     ふんふん、とベッドの上でゆらゆら揺れている神在月と、足元に積もる砂塵の山を見比べる。
     うつむいて無言のクワバラと無表情で立ち尽くすフクマの真ん中で、ひとり明るく笑顔の吸血鬼ドラルクは言い放つ。
     「神在月先生!こちら側へようこそ!」
     その言葉にクワバラがはっと顔を上げる。
     「どういう事や!冗談やったら許さへんで!」
     「そうですよドラルクさん。
     どう見ても、神在月先生はグール化していますが…。」
     「そこの砂の人にやられたんでしょ?
     すぐに殺してよかったんじゃない?
     血が拮抗しているのだよ。死んで血の力が弱まったから…貧弱な先生でも耐えられたんじゃないかな?あと、ダンピールなのが良かった。」
     「こっから、治るんか?」
     「治るっていうのもおかしな表現だけどね。まぁほとんどグール化してるから、奇跡的と言う他無いよ。
     もし不安ならダンピールを連れてきてごらん、きっと吸血鬼の気配を感じるはずだよ。」
     主人の言葉に疑いを持たない使い魔が、主人の腕の中でヌーと鳴いている。
     「そっかぁ、良かった…。
     この肌の色も治るんか?」
     「元々こんな色してなかった?」
     「しとらへんわ!」
     にわかに信じがたいが、としつつもいつもの『クワちゃん』を取り戻しつつ、そんな二人を見て無表情ながらに顔を綻ばせるフクマ。
     「良かったですね、クワバラさん。」
     「ありがとなぁ。
     …なんやどっと疲れたわ…。」
     「帰社します?」
     「センセも連れて帰って様子見さしてもらえんやろうか。」
     「そうですね、確か、最終回の原稿もまだチェック中ですし。
     彼はまだうちの作家ですからね。」
     「ありがとう、フクマ。」
     ひとまず落ち着いた二人の間で吸血鬼が独り言ちる。
     「私にお礼は?」
     「ヌー。」


     神在月の描く『アイジャ飯』は先月最終回を掲載。その後おとなしめだったファンにより再燃し、晴れて外伝の連載が決定した。
     プロットはある。
     主人公に次いで人気のあった、時々出て来ては救いの手を差し伸べる元敵役と、同じく主人公の命を狙って作られたAI搭載のアルマジロ型爆弾ロボコンビのスピンオフだ。
     破壊と殺戮のために生まれた2人が星々を巡りながらぶらりと食べ歩く、本編とは作風の変わった作品だったが、神在月によって深く念入りに大切に作り上げられた話は再びファンの心を掴んだ。
     引き続き編集を担当することになったクワバラは、遅れては狂っていた昔の彼を懐かしみながら、期限内に出来上がったアナログ原稿のチェックを終えた。
     椅子の背を軋ませながら体を伸ばす神在月。
     トレードマークの横長の瞳孔はそのままに、金色だった瞳はもう血のような赤い色。
     その視線に気づいて、見せつけるように、クワバラを見上げて。
     「まるで横一線に辻斬りにあったみたいな目ですよね。」
     とかつての恋人を連想させたが、クワバラは怪訝な顔をした。
     「カンちゃん恋人おったっけ?どんな2次元キャラやったか??」
     ボケを交えつつ本気で首をかしげるクワバラは、首についた傷跡を無意識に掻く。
     「覚えてないんですか?
     辻田さん。辻斬りナギリの正体だった彼ですよ。
     マルロボの生みの親。」
     ペンをくるくる回しながら見上げてくる作家と、空いた隣の席を交互に見る。
     「うーん、おっちゃんももう年なんかなぁ。さっぱり思いだせへんわ。
     それはそうと新しいアシさんみつかった?」
     「うーん、今回は月一連載だから今の所大丈夫ですね。」
     「そっか、なら必要ならまた相談してな。」
     「はい。
     …クワさん。」
     「ん?」
     「僕の恋人が、お騒がせしてすいませんでした。」
     「覚えてないし、ええよ。」



     神在月の殺傷衝動が現れたのはそれからひと月ほどたってからだった。
     いつもの癖で血液錠剤をのんだ後だ、血を求める空腹感のほかに、その奥から湧き出てくる欲。これが畏怖欲なのか?とわくわくしていたのもつかの間、誰よりもイメージする力が強い神在月の中に血まみれで泣き叫ぶ人々のイメージが溢れて止まらず、抑えられなくなってしまった。
     皆が皆こわい、たすけて、だれか、と呻き泣き叫んでいる。神在月はそれをしたくてしたくてたまらない。知らぬ間に掴んだ未開封のスチール缶が簡単につぶれて弾けた。
     「う…ウ…、助けてくれ…。
     衝動が…。」
     理性の衝動のはざまで何とか伸ばした手が携帯を掴みそこねてしまい。
     神在月は素足のまま夜の街へ歩き出した。
     道行く人を物色するように見回す。いつもなら漫画の参考にと体格や輪郭顔の構造などを観察するはずが、猛烈な喉の渇きは既に全身を支配し、歩く人々を餌と見なして自分でも襲えそうな体躯を確認していた。
     やがて人通りの少ない廃ビル群へ迷い込んだ。
     こんなところにも人はいる。見回りの警察官だ。
     白くて目立つ色をして、あれを斬ったら、真っ赤に染まって奇麗だろうなぁと神在月は思った。
     体格は良いが、路地裏に消えていく白い制服につられて、フラフラと迫って、近づいて、声をかけた。
     振り向きざまに攻撃すれば、驚いて、血に染まって、恐怖で動けずに、それは気持ち良い事だろうと神在月は思った。
     吸血鬼対策課職員の傷顔が振り向く。振り向いた所に掲げた手を振り下ろす。
     「貴様は辻斬りナギリ!?」
     大きな声が振り下ろした手を咄嗟に掴んで、そのまま背負い投げた。
     なぜ手をかざして振り下ろしたのだろう?
     投げ飛ばされ空を舞う神在月は軽々と路地の奥へ吹っ飛んでいく。
     「やっと姿を現したでありますね!」
     壁に激突して地面に落ちた神在月に、吸隊職員は背後から大きな鉄塊を取り出した。
     「今日こそ逮捕であります!!」
     グリップについたトリガーに指をかけ、突撃してくる白い制服。
     寸前、空気が歪んで。
     「!?」
     パイルバンカーは爆音と共に何もない壁に穴をあけた。

     クワバラはフクマの力を借りてすぐに駆けつけてくれた。すぐにVRCへ行って、衝動を抑える鎮静剤を投与された。
     病室でクワバラに、懺悔をする。
     「僕は逆らえなかった…。
     切って血を吸ういたいとか、そんな生易しいものじゃなかった…
     この手で斬って、切り刻んで、めちゃくちゃにしなくちゃって…
     それ以外の選択さえ無かった…
     彼はどうして耐えられたんだろう…」
     ころしてやろう、なんて思わなくても、あの刃で普通に切れば普通に人は死ぬ。ほんのわずかな血を奪う為に、人は恐怖に抱かれ泣き叫んで死ぬだろう。
     血を吸って怖がらせて逃がす、それがどれだけ難しい、紙一重の所業だったのか神在月は今思い知った。
     新聞の切り抜きにあったのは、想像力の足りない軽はずみの表現ばかりだったのだ。
     吸血鬼でありながら、あれだけ人を愛した吸血鬼はいないだろう。
     体内に入ってくる鎮静剤の痺れが、嬉しくて堪らなかった。


     それからうっかり経緯を話したせいでVRCのマッドサイエンティストことヨモツザカ所長の知る所となり、そのまま検査入院もとい精密検査をうけるのであった。
     1週間の入院は鎮静剤の効きを調べるためのものでもあり、神在月は収容施設の一室で執筆活動をするはめになった。
     結果、彼は辻斬りナギリの眷属と化していた事が分かった。
     いったんは力が弱体化して親吸血鬼の血筋へ戻ったが、そこから僅かに残った辻斬りの血が徐々に馴染んで主導権を取り返したようだ。
     そんな事はありえないと言いたいところだが、神在月が辻斬りの血を渇望したのが発端だろうと、所長は言った。
     辻斬りナギリの力自体が名のある古の吸血鬼の血統だ。所長は大喜びで人体実験へ移行しようとしたが、バックについているオータムの干渉で今の所定期的な血液の提供のみで済んでいる。
     保護観察の意味でVRCの職員が定期的にやってきてはついでに仕事を手伝う事になった。
     神在月の隣の空いた席に座る。はじめはさみしかったが、じきに慣れた。
     これから長い時間が彼を待っている。いろんな人々の死を見る事になるだろう。

     スピンオフ作品も7年という長期連載を経て、惜しまれつつも最終回を迎えた。
    その間に5回のアニメ化、賛否別れた実写映画化、フルCG映画化、フィギュアやぬいぐるみなどのグッズ、アイジャ飯は売れに売れた。
     次回作に期待をされたが、神在月はもう何も浮かばないと言う。
     スピンオフの作品もダンピール時代に作っておいたものだ。見地の深いファンの一部からは『前作より物語が淡々としている。』等と言われたが、神在月もそれには賛同する始末だ。
     創作ができない、これが吸血鬼と人間の違いらしい。歴史を記したり、模倣は出来ても、無い場所からは何も生み出せない。
     人に執着しその血を啜って生きる吸血鬼の虚構を見た気がした。
     これから何をしていけばいいだろう。
     神在月は今まで使っていた道具を、一部を除いてすべて処分した。
     集めた大量の模型、破けるまで使った資料と辞書。受賞したトロフィーや賞状。捨てる事に一切のためらいが無かった。
     連載を止め、肩の荷が下りた所為か体力は回復し、吸血鬼となった体は疲れを忘れた。
     「辻田さん、もう全部終わっちゃったよ。
     君は今どこにいるんだい?」
     天国でも地獄でもない場所がどこかにあるだろうか。
     見上げた夜空のどこかに、彼はいるだろうか?
     廃ビルの屋上で風にはためくボロ布を身に纏い、フードに仕立てて目深に被る。ぼやけた視界は人々への吸血欲を和らげていたが、もうそれも必要ないと判じて、黒ぶちの眼鏡を外して空に放った。
     黒地に白いビーズをぶちまけたみたいだった風景は、広大な闇景色の中から人1人目視出来るほどクリアになった。
     目の前に手のひら。掌からずるりと伸びる不格好な鮮血。
     「辻田さんがトーン貼り上手なの、分かる気がする。
     出すのも、斬るのも、加減するのも…すっごく繊細な作業で大変だよ。」
     そんな所には誰も居ないのに、神在月は空の星に向かって話しかける。
     「辻田さんみたいに上手に出来るか分からないけど、大丈夫、
     俺はうまくやるよ!」
     ボロ布のマントを夜風にはためかせ、神在月は廃ビルの群れの中に姿を消した。
     今晩も、真っ赤な月が美しかった。
     



     ひとは最後に見たものが目に焼き付いて、一生覚えているというけれど、先生もそういうものなのだろう。
     見た事も無い真っ赤な月を想像しながら、わたしは先生の言う事をメモに認めた。
     私の目からぼろぼろと流れ落ちる涙を心配してか、先生は白い奇麗なハンカチを寄越してくれた。
     『泣いてくれてありがとう。ひさしく忘れていた感情だよ。』
     先生はさみしそうな顔をしていたので、私はついその手を取って。
     そのお話、私に描かせてもらえませんか?と頼むと、先生は笑って私の肩に手を置いた。
     首筋に一瞬痛みが走って、私は、それから、それから…

     何かを聞いていた気がしたし、覚えの無い涙を袖で拭った。
     目の前に居た長身痩躯の吸血鬼と目が合ったが、落とし物を拾ってくれただけ。
     受け取ったアルマジロのキーホルダーをポケットに仕舞いながら(こんなの持ってたっけ?)、一緒に入っていた買い物のメモを取り出す。
     すれ違い様、さみしそうな顔が見えたが、何かあったみたい。
     私はポケットに入ったメモを見ながら、晩御飯に使う野菜と肉と、デザートのヨーグルトを買いに近所のコンビニに向かった。
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