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    欠損if 本出だしたやつの続きの小ネタなので、読んでないとわからないとこがあるかもしれません。
    ※体調不良による嘔吐、小お漏らし描写があります。控えめですが苦手な方は注意

     十月も半ば、夏の暑さは消えて、朝方ぐっと冷え込んだその日、いつものように学校から帰ってきた稀咲を玄関まで迎えに行った所で、ドアを開けるなりオレの方に倒れ込んでくるもんだから驚いた。

    「どうしたん稀咲、大丈夫か?」

    「頭がいてえ……」

     自分で靴を脱ぐ気力も残ってないのか、くったりと身体をオレに預けたまま、はぁはぁと肩で息をする姿は普通では無かった。明らかに熱い身体を支えながら座らせる。おとなしく靴を脱がされる稀咲はちっせぇ子供みたいだった。

    「これ、熱すげえんじゃねぇか」

    「はんま……寒い。頭、痛い」

     いつもの稀咲とは違う、拙い喋り方からも、相当余裕がないことがわかる。荷物はほったらかしたまんま稀咲だけ抱きかかえてリビングのソファに連れて行って寝かせると、そのまま目を瞑ってじっとしてた。リビングの棚の中に体温計があったはず。計るまでもなく高熱が出てるんだろうってことはわかったけど……。

    「稀咲、熱、はかるから」

     オレがそういうと、稀咲は目を瞑ったままで体温計をいれやすいように少し腕を動かした。数十秒、待つ間にもぐんぐんとあがる体温に、やっぱりなと思う。軽い風邪はいままでも何度かあったが、稀咲が高熱を出すのを見るのは初めてだった。

     一緒に暮らす前は何度か、入院中や、退院後も手術の後とか高熱を出して寝込んでるって連絡が来たことはあったけど、さすがにそういうときに会いに行くことはなかったから、ここまでぐったりとしてる姿を見るのは初めてだった。

     計り終えたことを知らせる電子音が鳴る。「39度6分」ここまでの高熱があるのに、学校から歩いて帰ってきたのかと思うと、ため息が出た。言えばすぐ迎えにいってやんのに。

    「……..あたま、いたい……」

    「熱高いし、病院いくか?」

    「……..いきたくない。今動きたくねぇ」

    「そか……わかった、鎮痛剤のむか?」

    「…….ん」

    「今日もうオレ仕事休むし、今日はもう何もせず寝ろ。な? 明日になっても下がんなかったら連れてってやるから」

    「…….仕事……休まなくて、いい」

    「いや、休むって」

     こんな状態で何言ってんだよ。と呆れながら言うと、ムッとした顔で睨まれる。そんな目で見られたって、こっちだって譲れない。稀咲のこと待たして仕事に行ったって手につかねぇし、夜中になんかあったら。とか考えると、あの時、稀咲を失うかもしれねぇって思ったときの気持ちが甦ってくる。たかが風邪だってことはわかってるし、この話を持ち出すことはしねぇけどさ。

    「高熱、慣れてるから、大丈夫だ」

     以前、小さい頃はよく高熱を出していたと言っていた。親が仕事を休めないとき一人で留守番だってしてたと。オレの歳考えろ。大丈夫だ。と、譲らない稀咲はどこか意地を張ってるように見えた。意地の張り合い、いつもだったら折れてやるんだけど。こういうときくらいはさすがに、いいだろ。ため息を一つついて、ポケットに入れてた携帯を取り出す。

     店のオーナーに電話をかけて事情を話すと、休んでいいって言われた。またお前が店で高熱出されても困るしな。と。幸いなことに平日ど真ん中だし、客も少ない曜日でよかった。

    「……休まなくていいって言ってんのに」

    「店に風邪ウイルス持ち込むなってさ」

     オレがそういって笑うと、稀咲は少しだけほっとした顔をした。素直じゃねぇよなぁ本当。なんだかんだ体調不良の時って心細くなるもんな。ってことを、オレはこの間初めて知ったわけだけど。

    「稀咲、ベッド行く前に身体拭くか? 気持ちわりいだろ?」

    「うん……」

     シャワーを浴びる体力どころか、いつもは帰ってきて一番に手を洗いに行くってのに、それすらもできない位の稀咲は相変わらず寝転んだままで頷いた。

     部屋に行ってクローゼットを開ける。買ってから一回も着た形跡のないお揃いのヒョウ柄のスウェットを取り出す。いやがるかも、と思ったけど、これが一番暖かそうだったから。

     洗面所の棚からタオルを取り出し、洗面器に湯を張った。稀咲はソファに寝そべりながら、見えてるのか見えてないのか、眼鏡を外した状態で目線だけでオレを追ってた。

    「起き上がれるか?」

     聞きながら稀咲の肩に手を添えて、ゆっくりと抱き起こす。身体を動かすと頭に響くのか、小さく声をあげながら少し眉間にシワを寄せた。大丈夫かと問うと、眉をしかめたままでこくりと頷く。

    「ほら、脱がせるぞ」

     オレが服に手をかけると「自分でやる」と言おうとしたのか、薄く口を開いた稀咲だけど、なんも言わなかった。稀咲は若干不服そうな顔をしながらも脱がせやすいように素直に手をあげる。制服のワイシャツを脱がせて、下着一枚になった稀咲の身体を拭いていく。

    「稀咲、タオル熱かったら言えよー?」

    「ん……」

     事故に遭ってから、何回もしたこの行為だけど、いまだに拭いてる間は少しむくれたような顔をしてる。もっと頼って、もっと甘えてくれたっていいのに。とオレは思ってんだけどなぁ。上半身が終わって下半身に移る。腰のあたりに触れると、ビクッと身体が震えた。

    パンツも脱がせようとすると、小さく抵抗された。

    「なんだよ、今さら」

    「そ、そこは、自分で拭く……」

     ほんと、変なとこ恥ずかしがるよなと思いつつ、おとなしくもう一枚タオルを渡す。ごそごそと居心地悪そうに股間周辺を拭いてく稀咲を横目で見ながら、足先から順にふくらはぎまで丁寧にふいていった。

    「ほら、新しい下着。それから服、これな」

    「ん、あ……これ……」

     稀咲はオレが渡したヒョウ柄のスウェットをみてピタリと手を止めた。お揃いにしたのに、結局オレしか着てないスウェット。

    「やっぱこれいやだった?」

    「……ちがう……」

    「?」

    「着なかったの……嫌とかじゃねぇから……」

     なんか、タイミングなくして……着れなくなった。着ようとは、思ってたけど……。と続ける稀咲に、思わずふっと息がもれた。すっかり忘れてんのかもなって思ってたけど、そっか、全く着てないくせに手前側に入ってたのはそういうことかと納得する。変なとこ気にすんだよな。

    「なんで笑ってんだ……」

    「ん? なんでもねぇよ」

     ヒョウ柄スウェットは、思いの外稀咲に似合ってた。オレのはピンクだけど、稀咲のは薄いグレーの柔らかい生地。上は総柄で、ボトムは黒、サイドにヒョウ柄のラインが入っている。稀咲も肌触りは気に入ったのかまんざらでもなさそうだった。

    「腹は? へってねぇの?」

    「いらねぇ……。でも、喉は乾いてる……」

    「うん、わかった。水持ってくるから、ちょっと待ってな」

     稀咲を一人残して台所に向かう。冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出す。これは、稀咲しか飲まねぇやつ。オレは水道水でも全然気になんねぇんだけど、稀咲は不味いといって飲まなかった。

     コップについでると、寝室の方から咳き込む声が聞こえてきた。急いで戻ると、稀咲が苦しげに胸を押さえてる。慌てて駆け寄って顔を見ると真っ赤な顔で目を閉じてた。

    「おい!  どうした!?」

    「っ……だい、じょうぶ、だ」

     咳の合間に必死で声を絞り出す稀咲の、尋常じゃない汗の量に不安になる。テーブルにグラスを置いて背中をさすってやる。何か言いかけて、また咳き込んだ。なかなか止まらない咳が、やっと止まったかと思うとその後で口に手を当ててかたまっちまうもんだから、あせる。

    「吐きそうか?」

    「……っ」

     稀咲は返事ができないのか、口元に当てた手で顔を覆いながら、ゆっくりと頷いた。咳き込みによる嘔吐感だろうか、我慢してるのが伝わってくる。トイレまでいけそーか? って聞いたけど。涙目でふるふると首を振る稀咲はもう余裕なんてない様子で、オレはさっき持ってきた洗面器を稀咲の前に差し出した。

    「わかった。じゃあとりあえずここに出しちゃえ。大丈夫だからな」

     稀咲は、少し躊躇した後で洗面器を手に取った。片手じゃ危なっかしくて、一緒に支える。ぐっ、と苦しそうな声が喉から出てきたかと思うと、ビシャリと水が跳ねた音が響いた。そういや今日こいつ、朝飯もろくに食べてなかった。この様子じゃ昼も抜いたのかもしれない。ほとんど胃液みたいなそれを絞り出すように、洗面器を抱え込みながら何度も嘔吐く。肩が上下に大きく揺れていて、見てらんなくて思わず抱きしめるように背を撫でてやった。

    「ゲホッ……! かはっ……は、……う……っ」

    「きさきぃ……辛いなぁ。ゆっくり息しろー」

     震えるその背中をさすってやる。稀咲の身体は熱くて、額には玉のような汗が浮いていた。タオルで拭いてやるけど、全然追いつかない。指先が震えてるのがわかる。唇の血色も悪くって、喉からひゅーひゅー音が鳴ってた。中のもん出しきっちまえば吐き気も治まるかと思ったけど、どうにも吐ききれないのか、だらだらと唾液ばかりでで気持ち悪い様子で、瞳からは生理的なものか涙がぽろぽろとこぼれだしていた。

     汚れた口元をティッシュで拭ってやる。しばらく洗面器に顔を向け、はぁはぁと浅い呼吸を繰り返していた稀咲は、顔を上げるとふとオレにもたれかかってきた。洗面器の中の液体がこぼれないようにそっと床に置いて、稀咲の顔を覗き込む。

    「きさき?」

    「……」

     稀咲は、黙ったまま、オレの服をギュッと掴むと胸に頭をすり寄せてきた。そのまま、小さな声で何か呟く。

    「ん? なに?」

    「……わりぃ」

    「……なんで謝んだよぉ」

     オレはその弱々しい姿に苦笑して、稀咲の髪をくしゃりと撫でた。仕方ないのに、眉尻を下げて涙目で謝る姿に胸が少し痛む。情けないとかカッコ悪いとか、そんなこと考えてんだろうなぁこいつは……。

    「きもちわりぃの収まったか?」

    「……うん」

     稀咲はオレの胸の中で小さくこくりとうなずいた。その体温はまだ熱いし、顔色もよくないけど、吐き気が収まったのならよかった。あんまり水、飲まない方がいいのかもしんねぇけど、喉乾いたっていってたし、口んなか気持ち悪いだろうしで、水飲ませてやんなきゃって思って。さっき取ってきた水を渡そうとして離れようとしたら、稀咲の腕に力がこもった。

    「どした?」

    「……離れるな」

    「へっ?」

     予想外の言葉にびっくりする。いつもなら絶対言わないようなセリフ。こんなに素直な稀咲は珍しい。こんなときにこんなこと思うの自分でも呆れるけど、可愛くて、今すぐ抱き締めてやりたい気持ちを我慢しながら、テーブルの上の水とるだけだからって言ってソファの背もたれに寄りかからせる。

     ごくごくと音をたてながら水を飲んだ稀咲は、ずいっとオレにグラスを渡してくる。水に濡れた唇は、ほんのりと赤らんで、先程の顔色と比べると幾分ましに思えた。

    「稀咲、大丈夫?」

    「……だいじょうぶだ。もう落ち着いたから……」

    「他、なんかしてほしいことあるか?」

    「……もう……寝たい」

     ぐったりとした身体をオレに預けてそう呟く。抱っこでつれてくぞ。と声をかけると、手を伸ばしてくる。同年代と比べると別に小さくなんかないのに、そうしてる稀咲の姿は、まるで小さい子供みたいだなと思った。

     部屋に戻ってベッドに座らせる。稀咲が寒がったから暖房をつけた。さむいっつーことはまだ熱があがんのかな。解熱剤を飲ませてから寝かせると、よほど疲れていたのか、稀咲はものの数分で寝息をたて始めた。



     稀咲が寝てる間に。と買い物に来た。家にあった食材はどうにも風邪のときには適さないようなもんばっかだったから。オレががっつりこってりしたもんばっか選んで買っちまうからそうなるんだけど。

     オレが風邪で寝込んだとき、あいつはゼリーとアイス買ってきてくれたっけ。焼きもちやいてて可愛かったな、とかぼんやりと思い返す。あんとき、稀咲に面倒かけたくねぇなって思ったけど、結局心配させちまったし怒らせちまったし……身体も結構辛かったから……おかゆつくってもってきてくれたん、すげぇ嬉しかったんだよな。

     スーパーに着いて、適当に材料を見繕っていく。米はあるし、うどんとかかな。アイス、チョコよりバニラの方がいいかな。あ、そういやティッシュなかったかもしんねぇ。歯磨き粉のストックも。家に豚肉と鮭の切り身あった気がするしその辺はいいか。とか、なんかすげぇ所帯染みてきたなオレ。とか思って。ちょっと自分で自分に笑う。明日なんて、その先なんてなんも考えてない生活送ってきたはずなのに。人生、まじで何がどうなるかわかんねーもんだな。

     レジに並んで、会計済ませて外に出ようとしたら雨が降ってた。それもどしゃ降り。勘弁してくれ。天気予報は晴れって言ってたはずなのに。ついてねーなぁ。傘なんて持ってないし、色々買ったからさすがにびしょ濡れになんのも嫌だし。

     どうしようか迷ってちょっとだけ様子を見てみることにした。10分くらい、店内のベンチに座ってアイス食いながら待ってみたけど、止む様子はなかった。どうすっかなぁと悩んだところで入り口の方に、店員がガラガラとワゴンでなにかを運んでくる。あ、傘じゃん。

     入り口前に並び始める色とりどりの傘。いちばんでっかいサイズの黒い傘を選んでレジに持ってった。あるなら最初から並べとけよな、とか心んなかで悪態をつきつつ、家路を急いだ。

     ドサッと玄関に荷物をおいて、濡れた靴をシューズ用の乾燥機にセットする。稀咲と一緒に暮らし初めてから、いままで通り濡れた靴放置してたらくせぇってめちゃくちゃ怒られたから、ちゃんとやるようになった。成長してんのよオレ。

     冷蔵庫に食材を片付けてく。稀咲の分のアイス、ちょっと溶けかけてるかも。と思いながら冷凍庫に入れる。一回溶けかけたバニラアイスいやがりそうだな。稀咲の様子みて、腹空かしてたらうどんでもつくってやるか。寒がってたけど、暖房つけていってたし、汗かいてるかもなってタオル用意して稀咲の部屋に向かう。

     扉を開けると、ベッドで寝てるはずの稀咲は床に呆然と座り込んでた。オレに気づいてるのかいないのか、こっちも見ずに下向いて座ってるその姿は、明らかになんかあったってわかって、心臓がどくんと跳ねた。

    「……稀咲?」

    「……こっち、くるな……!」

     来るな、といわれても、様子がおかしいんだからその命令は聞けない。慌てて駆け寄ると、稀咲の座ってるフローリングの床は水溜まりができてた。コップの水をこぼした。とかそういうレベルじゃなくて、スウェットの色が水に濡れて濃いグレーにかわってるとこからも、何があったのかってのはすぐわかってしまった。

    「稀咲、大丈夫だからな」

    「……っ」

    「気にすんなって、ほら。気持ちわりいだろ?」

     なるべく優しく声をかけてやる。背中をさすりながら、服脱ごうな? って言うと、震える手でなんとか履いてたスウェットに手をかけ始めた。

    「……ごめん、半間……」

    「ん?」

    「おれ、だめだ……。こんな、迷惑……、服、も……汚した……っ」

    「そんなんいいんだって、稀咲……」

    「トイレ……、いこうとしたけど、ベッドから落ちて……」

    「うん、義手も義足もオレ、リビングにおきっぱだったもんな、気づかんくてごめんな」

     正直、オレは自分が漏らしてもなんとも思わないけど、稀咲はそうじゃないんだろう。オレが気にしないっつったって、そういう問題じゃなくって……自尊心めちゃめちゃになって、悔しくてしかたねぇんだろうなって。

     濡れたスウェットのズボンをぎゅっとつかむ左手が痛々しく見えてしょうがない。瞳からぽろっと、耐えきれなくなった涙が落ちて頬を伝う。

    「稀咲……」

     汗を拭くために持ってきたタオルで、床を拭こうとしゃがみこんだ。自分で、という稀咲の言葉を封じ込めるようにそっと稀咲の口元に手を当てる。

    「あのさ、高熱でてる時くらい、甘えてほしんだけど。そしたらもっと、オレは嬉しいわけ。わかる?」

    「…………」

     稀咲からの返事はなかったけど、床を拭いてから、着替えと身体を拭くタオルを持ってきた。されるがままに身体を拭かれる稀咲は、もう泣いてなかった。泣きそうな顔はしてたけど。

     新しい部屋着に着替えさせてやって、熱をはかる。少し下がってたけど、依然として頭痛はひどいらしい。布団をかけると、「あつい」といって捲ってた。

    「あのさ、稀咲のかっこいいとこも、かわいいとこも、みっともないとこも全部見たいんだよ、オレは」

     ベッドの縁に腰かけて、そう呟いてから、稀咲の左手をとって自分の頬にあてた。

     冷たい指先が心地よくて、愛しく感じて、そのまま唇を押し当てた。ひんやりした感触が唇に伝わる。ほんとは口にしたいけど、今は我慢。

    「すきだぜ、稀咲」

     ちゅっと音を立てて手の甲にキスを数回。照れてるのか呆れてるのか、困惑したような顔でこっち見て来る稀咲に、にっと笑いかける。

    「なんでお前はいつもそういうこと……恥ずかしげもなく……やったり言ったりするんだ」

    「したくなるし言いたくなるじゃん。おもったらやっちゃう」

     オレがそういうと、稀咲は腕で目元を覆いながらため息をついた。それから聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声で「お前がちょっとだけ羨ましい」とつぶやいた。

     両手で稀咲の手を握り込んでさすると、じんわりとあったかくなってく。つめがきちんと切りそろえられた稀咲の左手。オレと比べたらちっせーけど、案外骨が太くって、ごつごつしてる。薬指の動きがぎこちない稀咲の左手は、拳を作っても薬指だけ曲がりきらないまんまだった。

    「……半間、腹減った」

     オレに手を握られて、されるがままだった稀咲がぽそりと呟く。

    「お、食欲でてきた? うどんつくってやるから待ってろ」

     名残惜しみつつ、手をはなして腰を上げると、冷たいのがいい。とリクエストがはいった。

    「ハラ冷えねぇか?」

    「あったけぇやつは匂いが気持ち悪い」

    「そか、わかった」

     ちょっと待っててなと言い残してキッチンに向かう。オレも腹減ったし二人分つくるか。

     冷蔵庫からうどんの麺と、ネギとかまぼこを取り出して切る。うどんはニ玉茹でればいいかな。

     鍋に水を入れて火にかける。沸騰するまで時間があるからその間にスーパーで買ってきた惣菜のかき揚げを出してレンジでチンする。稀咲は揚げ物無理そうだから、自分の分だけ。

     封切ってかけるだけのめんつゆを器に入れて、茹で上がった麺をザルに入れて冷ましてから器に盛り付けて、ねぎを散らす。

     薬味の小皿も用意して、盆に乗せてから稀咲の部屋に向かった。

     ひとり暮らしのときなんかカップ麺しか作ったことなかったのに、慣れたもんだなーと、自分の手際の良さに自画自賛したりして。

    「できたぞ〜」

    「はやいな……」

     稀咲は布団から出て起き上がっていた。携帯を見てた様子で、オレに気づいて枕元に置いた。

    「携帯画面みてて頭いたくねぇ?」

    「ちょっとましになった、と思う」

    「鎮痛剤で楽になってるだけかもしんねーから、無理すんなよ」

     部屋のテーブルの上にどんぶりを置いてから、ベッドの前に座る。食わせてやろうか? って聞いたけど「一人で食うから大丈夫」って。義手を取ってくれと言われたのでリビングに取りに行って装着させた。ほんと、甘えてくれていいのに。

     律儀に「いただきます」と手を合わせてから食べ始める稀咲に合わせて、オレもうどんをすする。さすが市販のダシ。うまい。スーパーで30%引きだったかき揚げはしなしなで、油が回ってる感じがするけどこれはこれでうまい。

    「うめぇか?」

    「うん……うまい」

    「そりゃ良かった」

     つるつるとうどんを啜る稀咲を見ながら、ふにゃふにゃのかき揚げにかぶりつく。食べる。と意気込んでいた割に、数口食べて箸が止まった稀咲にどうしたかと聞けば「腹が気持ち悪い……。寒い……」と言った。

    「ほらー、言ったじゃん」

     きまり悪そうに箸を置いた稀咲の膝の上に置かれてるトレーを回収してから、ベッドに乗ってぎゅっと抱きしめた。そっと回された手が、オレの服を控えめに掴む。

    「あったかくしてもっかい寝てようなぁ」

    「……半間」

    「どったの?」

    「ごめん……」

    「ごめんはもーいーって」

    「……半間………っ……、ありがとう……」

    「ばはっ♡ どういたしまして」

     謝られるより、そう言われたほうが嬉しい。オレがそう言って笑うと、稀咲は照れくさかったのかオレの肩に顔を埋めた。腕につけた義手を外してやって、ベッド横の棚の上に置いてから寝そべる。

     丼洗うのも歯磨くのもほったらかして、そのまま抱きしめあって布団に包まってたらいつの間にか夢ん中だった。

    ─────────────

     稀咲の熱は3日ほどで治って、それからオレたちはまたいつも通りの生活に戻った。

     変わったことと言えば、たまにあのヒョウ柄のスウェットを着てくれるようになったこと位で、やっぱ稀咲はあんまり甘えてくんないままだった。

     お揃いの服を着て、狭いシングルの布団に潜り込む。買おっかって言ってたでかいベッドはまだ見に行けてねーんだけど、お互い話題に出さないのは、シングルでぎゅっと抱き合って眠ってるこの距離感が好きだからなんかもなって思ったりしてんだけど、どーなん? 稀咲ィ。

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