引っ越してきて数度目の夏休み。住み慣れてきた町の、いつも行かない場所に行ってみようと思い立った。
確か山の方に、入れそうな林があったはずだ。
少し散策してみようと足を踏み入れた。
林は頻繁に人が立ち入るようで、踏み固められた道を歩いて行く。しばらくすると、小さな池に出た。
「わぁ…良いところだ~!」
自然の中にいると、何かパワーが湧いてくる気がする。
透き通った水面に見とれていると、ふいに後ろから話しかけられた。
「おい、そこでなにやってんの」
まだ声変わりの終わっていない少年の声。振り向くと、子供が木の陰に立っていた。線の細さと整った顔立ち、そして肩まで伸びた淡いミルクティー色の髪のせいか、中性的な印象を受ける。
少年はその綺麗な顔をゆがめて、怪訝そうな表情をゆでに向けていた。
「てかお前、誰だよ」
「えっと、初めまして。わたしはゆでたまご。林を探検してたの」
「探検? あっそ」
自分から聞いておいて、少年は興味なさそうにそっぽを向いた。しかしどこかに行ってしまうわけでもなく、こちらの出方を窺っているようだ。
「……キミは? 名前、なんて言うの?」
「かしろ、だけど」
「かしろくんは、ここによく来るの?」
「おれは、とも…、幼馴染とよく来る」
「そうなんだぁ、仲良いんだね!」
「別に!あいつがおれに着いてくるだけ」
ツンツンとした態度のわりに、素直に答えが返ってきて面白い。
「かしろー?」
と、黒髪の少年が、かしろの後ろから顔を出した。さっぱりとした短髪で、ゆでよりいくらか背が高い。驚いたようにゆでの顔を覗き込むと、今度はかしろと目配せする。
「知り合い?」「いや、さっき会った」──とでも話していそうな間。気まずくなる前にゆでから話しかけた。
「かしろくんのお友だち? わたしゆでたまごって言います、よろしく」
「ぼくはこづきだよ。よろしく」
こづきという少年は、愛想良くにっこりと笑った。
「この林、関係者以外立ち入り禁止なんだよ。ぼくたちはおじさんに許可もらってるから遊び場にしてるけど」
「そっか、勝手に入ってごめんなさい…」
気の毒に思われたのか、優しい声音で諭される。
「1人くらい増えても、おじさんは怒らないから大丈夫だよ、きっと」
「おじさん昔から知り合いだし、友だちって言えば良いんじゃね。おれらの権限で、特別にお前は来ても良いことにしてやるよ」
「いいの? わたしたち今日から友だち?」
「うん」「ん」
少年2人はこくりと頷いた。かしろも口調は偉そうだが、表情は心なしか楽しそうに見える。
「ありがとう! わたし、また来るね」
辺りは、湿った土と生い茂る草木の匂いで満ちている。好きな香りだ。こんなに良いところがあるなんて知らなかった。
「友だちも増えちゃったし!」
大収穫だ、と満足げに笑って、帰路についた。
***
迷った。
あの日から何度か新しい友だちに会いに林を訪れているゆでだが、ここの景色はどこもあまり変わり映えしなくて、方向音痴なゆでは道を覚えるのもひと苦労だ。
今日もいつもの場所に行こうとしたはずなのに、どこで道を間違えたのか、歩けども歩けども覚えのある木は見当たらない。
「もしかして、奥の方に来ちゃってる……?」
スマホの地図もふらふらと私有地を指すだけ。
しかもなんだか雲行きまで怪しくなってきた。すぐ帰るつもりで雨具も持っていないし、びしょ濡れで帰ったら流石に親も心配するだろう。
半泣きで彷徨っていると、救世主が現れた。
「ゆでじゃん、やっぱり来てたか。てかなんでこんなとこまで?」
「かしろくん!!!! 実は、迷っちゃって……」
「大丈夫かよ……なぁ、もうすぐ雨降るぞ。一応聞くけど傘は?」
「持ってないです」
しょも…と肩を落とすゆでに、かしろは少し躊躇うように視線を揺らし、そして思い切ったように声をかけた。
「雨宿り出来るとこ、知ってる。教えてやるから着いて来いよ」
***
ポツポツと雨が降り始める中、かしろに手を引かれ、更に奥へと進んでいく。ところどころ木の根を乗り越えながら着いていくと、一軒の小屋が姿を現した。
「ここは…?」
「いいから早く入れ」
急かされて中に入ると、柔らかい光に迎えられた。
ぐしょぐしょになりかけの靴を差し出されたサンダルに履き替えているうちに、雨脚はあっという間に強くなり、ザァァと滝のような音を立てはじめた。
びしょ濡れ風邪ひきコースはぎりぎりで回避できたようだ。
ほっと胸をなで下ろしていると、奥からこづきがやってきた。
「ゆでちゃん!」
「あ、お邪魔してます」
「えっと、いらっしゃい?」
なんか変な感じ、と笑いながらかしろの隣に座る。
「かしろ、連れてきたんだね」
「仕方なくな」
「ふーん? いつここに招待しようか悩んでたくせに?」
図星を突かれて照れたのか、にこにこと笑みを浮かべるこづきに肘鉄を食らわそうとしている。甘んじて受けている辺り、やっぱり仲が良いらしい。
ゆではキョロキョロと部屋を見渡す。
座らせてもらった椅子と色の合ったこじんまりとした木のテーブルの他に、数人がけのソファや、ギターのケースに暖炉らしきものもある。なかなかに備品が整えられていて、手入れもされているようだ。
「ここ、隠れ家って感じでかっこいいね」
「…だろ」
かしろは紹介するように腕を広げて、得意げに微笑んだ。
「ようこそ、おれとこづの秘密基地へ」
「秘密基地……!!」
魅力的な響きに、ゆでの瞳がキラキラ光る。
「ぼくたちしか知らない……と言いたいところだけど、地主のおじさんの休憩場所なんだよね。手入れを手伝う代わりに使わせてもらってるんだ」
「言うなよ、かっこ悪いだろ」
「まぁ実際、ほとんどぼくたちしか使ってないもんね」
こづきはニヤリと笑って、どこからか持ってきたトランプを机に置く。
「こんなのも置いてあるんだよね。せっかく3人だし、雨が止むまで遊ぼうよ」
それからしばらく時間を潰すと、いつの間にか雨は上がっていた。
西日が窓から入り込んでくる。
ゆでは帰ろうと腰を上げた。
なんだか名残惜しいと思っていると、こづきと目が合う。
「ねえゆでちゃん」
「なに?」
「ゆでちゃんさえよければ、またおいでよ。ここで一緒に遊ぼう。ね、かしろ?」
「ん」
「ほんと?! ありがとう!! これからよろしくね」
見た目も中身も正反対の少年2人に、ゆでは受け入れてもらえたらしい。願ってもない提案に、今日一番の笑みが溢れた。
楽しい夏が始まりそうだ。
***
じゃあね、とゆでを見送った数分後、ギィィ…と遠慮がちな音を立てて、先ほど閉まったはずの扉が開く。
「ねぇ、わたし帰り道わかんないや。教えてください…」
かしろとこづきは顔を見合わせて、笑い出した。
ようかんが登場する話はまたいつか…?