「よお、城之内くん」
城之内が病室の扉を開くと、遊戯が既に身を起こして病室の奥の方から彼を見ていた。大きく鋭く凛とした眼差しで見つめられて、城之内は思わず固まってしまった。
「もう一人の遊戯か?」
彼が病室の中に足を踏み入れながら問うと遊戯は小さく頷いた。今目の前にいる遊戯は、昨日のいつもの遊戯と変わらず顔中にガーゼを貼られ、手にも包帯を巻いたままなのに、全く弱っているように見えない。顔は同じなのにやっぱりわかりやすいなと、城之内は考えながら遊戯のベッドのそばにあったパイプ椅子にドカっと座る。
「どうしたんだよ、珍しいな」
昨日は遊戯の病室に口煩い爺さんもいたが、今日はいなかった。静かな広い病室で城之内ともう一人の遊戯の二人きりだ。
「キミが来ると聞いて相棒に代わってもらったんだ」
「相棒ってのはいつもの遊戯のことか?」
城之内が問うと遊戯は頷いた。
「そっか。アイツ、元気?つーか今もこの会話聞いてんのか?」
腕を組んで首を傾げる城之内に、遊戯は今度は首を横に振った。
「今は心の奥に引っ込んでもらってるぜ」
「フーン」
遊戯の言葉の意味がよくわからなかったが、そういうものなのだろうと、城之内は深く考えずに頷いた。きっとどれだけ考えようと、わからないだろう。それよりも、さっそく会話が途絶えてしまったことに気づいた城之内は頭をかいて俯いた。こちらの遊戯とも散々話しているはずなのだが、世間話のようなものはあまりしたことがないのだ。
「城之内くん。相棒を助けてくれてありがとう」
「え…」
だが城之内が話題を思いつく前に遊戯が口火を切った。突然の礼の言葉に城之内が顔を上げると遊戯は変わらず凛とした表情で彼を見つめていた。
「はは。んなことわざわざ言わなくていいっつーの」
「いや、オレのせいで相棒は死にかけた」
城之内の明るい笑い声が響いていた病室が遊戯の言葉で再び静まり返る。彼の言葉に、燃え盛る炎の中で遊戯が気を失っていた光景が城之内の脳裏に浮かんだ。遊戯がパズルを離してくれなかったとき、遊戯が死んでしまうと、心のそこから恐れたのを思い出したのだ。遊戯を連れ出したあと、救急隊が慌てて彼を救急車に乗せて病院に向かったときも、遊戯はちゃんと目を覚ましてくれるのだろうかと不安になった。人工呼吸器を付けられた遊戯。火傷を負った顔。火傷を負った手。
「テメエのせいじゃねーだろ」
だがそれは目の前の遊戯のせいではない。たとえ遊戯があの場に残ったのが彼のためだとしても、それはいつもの遊戯の意志だった。それに元を辿れば御伽の父親がパズルを崩して、くさびでパズルをテーブルに固定したらしいではないか。なら、元凶はアイツじゃないか。城之内はハッキリと遊戯の言葉を否定すると「それに!」と声を上げた。
「オレは仲間として当たり前のことをしただけだぜ!」
「当たり前か」
「おう!」
城之内は鼻の下に指を当てて照れ臭そうに笑った。
「城之内くん」
「ん?」
城之内がこの病室に入ってきてから初めて遊戯が彼から視線を外して俯いた。首からぶら下げたパズルを見下ろし、両手で包んでいる。
「あのとき、パズルが砕かれたせいでオレの声は相棒に届かなくなってしまっていた。パズルが完成したあとも相棒は気を失ってしまい、オレの声が聞こえる状態ではなかった」
そこまで話して遊戯は黙り込んでしまった。しかし城之内が静かに続きを待っていると、遊戯は顔を上げずにゆっくりと口を開いた。
「だが…… あのとき、たとえ相棒に自分の声が届いたとしても、『オレをおいていけ』とアイツに言えたか… オレにはわからない…」
「……………」
なんと言えばいいのかわからなかった。城之内は、またもや遊戯の言葉の意味がよくわからなかったのだ。
「だからありがとう、城之内くん。もう相棒に会いたいだろう。代わるぜ」
「待てよ」
わからなかったが、遊戯の肩を城之内は慌てて掴んだ。
「お前も、遊戯に逃げろって言ってたろうぜ。絶対。そんなにアイツが好きならよ」
二人の遊戯の気持ちや在り方というものを、城之内はきっとどれだけ考えようと、わからないだろう。遊戯がたとえ死ぬことになるとしてももう一人の遊戯と最期に会いたいと言ったように、もう一人の遊戯も、遊戯と共にいたかったのかもしれない。だが、そんなにも誰かと一緒にいたいという気持ちはーーそんなにも遊戯が好きだという気持ちは、城之内にもわかるものだった。
「………ああ」
遊戯はそう言うと、目を閉じた。