不足浄花
なにものにもなれない←没
不足/インサフィシェント(insufficient)不十分
「あなたに任せたい人がいます」
大道寺一派のエージェントとして4年を経過した花輪(森永)。
住職に呼び出された寺の縁側で雑談という形で話される。
「私に…?住職直々にご指名ですか」
「ええ、今のところあなたほどの適任は思いつかなくて」
一枚の写真が差し出される
覗き込むと桐生一馬
「っ、彼は」
「あなたなら分かるでしょう、花輪さん」
たまらず住職を見るも、住職は相変わらず穏やかな表情。
「彼は、自分の死と取引をしたんです。ここに来る時はもうあなたの知っている彼ではない」
桐生一馬が死ぬわけがない。
「改めて彼の事を共有するわけにはいきません。ですから、彼の事を知っていて、新たに深入りしなくてすむあなたが適任だと思っています。どうですか?花輪さん」
微笑む住職、覚悟を決めた花輪の目
「荷物はそれだけかな?」
「ああ、…アンタらに持ってくるなと言われた」
「ほほ、そうか、それはそうですね」
淡々としたようで、どこか諦めを湛えた桐生がいる。
縁側で座して待つ花輪。声が近付くにつれあらぬ緊張が湧く。
もし、万が一自分の正体がバレたら。
「花輪さん」
板の軋む音と共に住職と彼が現れる
見慣れた赤いシャツにグレーのスーツ
「彼が君の担当になる…」
「花輪です、これからどうぞ、よろしくお願いします。」
何者にもなれない
「警護か」
スマホで要人の顔を見て、スマホを花輪に返す
「ええ、要人警護になります……が、形ばかりの物です。貴方には少しつまらないかもしれません。」
「そうか」
「邸宅から会場へ向かうのに、玄関から車に同乗して、会場の会議室まで送り届けます。帰りもまた然りです。」
「……」つまんなそう
「貴方と私での仕事です。会場には別のエージェントがいます。今回は大道寺一派同士の打ち合わせのような物なので、特別武装をしたりなどもありません。」
「そうか…」
「……本当につまらなそうな顔をしますね。何事も無いのが一番なんですからね」
つまんなそうな顔
「頼みますよ、浄龍」
どっか田舎
「……お前もくるのか?」
「ええ、私は貴方の管理者ですから」
アジトから出てくる浄龍の後を続く花輪
「チッ…東城会も近江も居ねぇんだ。今日くらい」
「確かに貴方の顔見知りはいないかも知れませんが、こんな山に囲まれた所で失踪でもされたらたまったもんじゃないですから。私一人の手に負えなくなる。」
夜、まばらなネオン
「それに、私も食事を摂りたいので。余所者が一人ずつまばらに行動するより、二人の方が""仕事感""が出るでしょう?」
小料理屋の前で二人で立ちどまる。
「ま…そんなもんか…」
「あと、貴方より多めに小遣いを持っているので。奢らせてもらいますよ」
「……あんたは俺の上司だもんな」
「ええ、これも上司と部下の円滑なコミュニケーションのためです」
「…はぁ、分かったよ」
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蕎麦屋かなんか
「……なんだ花輪」
「…いえ、失礼ですが白髪が増えたな、と」
「お前に言われたくねぇ」
「それはそうですね。今までは染めていたんですか?」
「いや、そういうわけじゃ無いが……自分でも最近目につくようになったな」
「これを機に髪型も変えてみては?そのうち生え際も後退しますよ、その髪型は」
「…………本当にお前は一言余計だ」
ズルズル
夜
「一度私はアジトに戻りますが、貴方は?」
「……」立ちすくむ桐生
「浄龍?」
「少し寄らせてくれ」
アジトに入るとすぐにソファに座り込む桐生
「飲み過ぎたんですか?…珍しいですね……誰か、浄龍に水を」
エージェントがペットボトルの水を渡す
「……すまねぇ」
「奥の仮眠室で横になっては?」
「いや…」
「ここにいられても邪魔です。失礼…」
触った腕が以前より細く、言葉に詰まる
払い除けられる
「大丈夫だ、すぐ出ていく」
不安そうな顔
8トレーラーにあった危険物廃棄?の後?
寺
「癌…?」
「ああ、この間のが決め手になったのかもしれないらしいが、それ以前から問題はあったそうだ」
「……」
「…別にお前のせいじゃねぇ、前から調子が悪いのは分かってたんだ、なんとなくな」
「じゃあ、共有していただきたかったですね」
「………俺は言われた事をする、それだけの約束だろ」
「手術や入院は?」
「いや、そこまでじゃねえ……ハワイの仕事も行くぜ」
「行かせたくありません。が、行くんでしょう? ですが、その希望は仕事の"ついで"だというのをお忘れなく」
「ふ、分かってる」
「花輪さん、申し訳ないが」
「どうしました……おっと……」
「いやあ、彼が持ってきてくれた酒が美味くてね、二人で飲んでいたんだが彼が起きなくなってしまって」
「……この人も貴方も全く俗世と離れられてませんね」
「相変わらず手厳しい。隣の部屋に布団を敷きましたから、桐生さんをそちらに寝かせてあげてください」
「ええ…」
「彼はなんだか、お疲れのようですから」
「桐生さん、少しおきてください」
腕を掴み引き上げる。軽い。
「ん、花輪……」
「住職が隣に布団を敷いてくれたそうです、そこまでは頑張ってくださいよ。」
「……ああ」
軽い体に肩を貸す。掴む腕も腰も、以前よりずっと細い。
布団に横たわらせる
「……すまねぇな、花輪」
微睡むようにまた眠りに落ちる浄龍
8体験版冒頭の電話