秘密昔から、歌を歌えば軽やかな足音や羽の音が近づいてきて、目を合わせれば動物はみんな懐いた。
「お前の目はきれいな碧色ね」母さんの言葉で覚えているのはこれだけだ。
この目には不思議な力があった。視線を合わせればどんな動物も大人しくなって懐いてしまうのだ。一人が好きだったのもあったけど、その理由があって俺は小さい頃、いつも森へ遊びに行っては歌ったり遊んだりした。動物が大好きだった。ある日のことだった。いつものように動物と戯れていたら、草かげから小さな音がした。興味があった俺は近づいてみた。いつもどおりすぐに仲良くなれることを確信して。生い茂った草を掻き分けると、すみっこでうずくまっている黒い何かをみつけた。こんな動物は見たことがない。体が大きく、やや速く上下していた。怖がっているのか、それとも怪我をしているのか。「どうしたの。こっちへおいで」そう呼びかけると、徐々にソレは姿を現していった。一斉にザザッと草の上を疾走する音と、羽の擦れる音がし、あたりは一瞬で無音の世界となった。2mはゆうに超えていただろうか、自分が小さかったせいかもしれないが、目の前にいたのは巨大な体を持つ、恐ろしい形相をした怪物だった。あんなに好きだった歌の歌い方が、声の出し方が、全くわからなかった。辛うじて出たのは声にもならないただの乾いた音でしかなかった。ソイツからは黄色い血のような液体が暗い草地を照らしてぽたぽたと垂れており、真っ黒な体から見える目は黄色く発光していて、とても不気味だった。怪物はゆっくりと近づき、その不気味な目をにやりと細めた。俺は自分を落ち着かせるように目を閉じ、いつもの歌を歌った。動物に毎日歌ってやっていたあの歌を。しかしソイツは遮るように大きな声で唸った。そこで俺は覚悟を決めて目を見開き、不気味に光るソレに視線を合わせた。

目が合った──────



次の瞬間。



右目に激痛が走った。「っっっ！！！！」霞む狭い視界から怪物の大きな爪のついた手から赤い血が滴るのが見えた。怪物は笑うように大きく吠え、ぐあっと大きな口をあけた。数え切れないほどたくさんの大小ふぞろいな、牙がついていた。何本かは赤褐色に染まっていた。後ずさりした先は倒木で、逃げようにも足が震えて言うことをきかなかった。



もう終わりだ。死を覚悟した

そのときだった。



ドォン！！！と大きな音がした。目の前の大きな影は狭い視界から消えていった。かわりにライフルを構える赤髪の少年の後ろ姿があった。あたりは煙臭くなり、思わず俺は咳き込んだ。次の瞬間、怪物の耳をつんざくような叫び声が聞こえた。立ち上がった怪物はとても大きかったが、それでもまだ幼いように見えた。
「おい、お前！何ボケっとしてんだ！」赤髪の少年は顔だけ振り向いて言った。右頬には深い引っかき傷が一つあった。彼の言葉で俺は目が覚めたように、すぅっと深呼吸して歌う準備をした。「何してんだよ、早く行けって言ってんだ！このままいれば目だけじゃすまねぇぞ！？」少年はライフルの銃弾を確認しながら叫んだ。「僕の歌には不思議な力があるんだ！！」そう訴えたが、少年は睨むような鋭い目つきのままだった。少年の後ろから、俺よりも大きかった彼を、すっぽりと覆えてしまうほどの大きな手が伸びる。俺は恐怖で言葉とも言えない声をだしながらなんとか震える指で少年の背後を指差した。少年は顔色を変えずに、「いいから早く逃げろ！！」と叫ぶと、背を向けてライフルで怪物の手を殴った。しかしあまり効果はなく、逆鱗に触れられて凶暴化した怪物は血のついたその長い長い爪で少年を殺そうと躍起になっていた。少年はライフルの先端を掴んで怪物を殴り、対抗していた。
「二度と戻ってくるんじゃねぇぞ！！！」金属音とおぞましい叫び声と、木の割れるような音が大きく響く中で声がした。俺は夢中で走った。彼の言葉に背を突き飛ばされたこともあるし、残ってもなんの助けにもならずに迷惑をかけると思ったのだ。どのみち、恐怖でその場にはいられなかったはずだ。走って、走って、走って...とにかく走った。家には戻らなかった。戻れなかった。もう今は両親の顔も思い出せない。
アイツに引っかかれてから右目には深い傷がいくつも走り、瞳の色は黄色く変色した...あの怪物のように。色のみならず、アイツの力も宿ってしまった。右目を見れば俺がアイツを見てなったのと同じように動物は怯え、逃げ去ってしまうようになった。だから俺は髪を伸ばして、バンダナでおさえ、右目を、このおぞましい瞳を、隠した。あれから右目を見せたことは一度もない。知らないふりをしているんだ。知らないふりをして、同じ瞳を持つ怪物を今日も狩る。GFとPicoと、同じ完全な人間の化けの皮をかぶって。みんなに、GFやPicoに、隠し通さなくてはいけない。誰にも見せられない。見せてはいけないんだ。絶対に。