次を望む「プレゼント?」
私の横に、顔右半分を包帯で覆われた青年が座っている。
驚いた顔で私を見る彼は、今日が誕生日らしい。
当日に、しかも酒場で飲み終わった頃合いに初めてそれを耳にした私は、手元に何も準備がなかった。
「うふふ、あはは なんだいその顔。プレゼントが無くても私は駄々を捏ねたりしないよ。突然言ったんだもの。」
焦る私を見て太宰は笑った。
どこか幼げな笑顔と釣り合わない大人びた口調で返される。
酒の入ったグラスを見つめながら太宰は言う。
「なんだか君に言ってみたかっただけなんだ。気にしなくていい。」
誕生日はこの世に生まれたことを祝う日だ。一年間生きた証にプレゼントを贈り、家族で華やかな食事を囲み、一日を飾り付ける。これが一般的なのだろう。
しかし、私は誕生日を特別な日として過ごした事が無い。なぜなら
「誕生日だろうが普段過ごす一日と何も変わらない」
太宰の声は無機質に感じられた。そしてどこか子どものようだ。
生きる意味を見出せない者にとって、誕生日は普遍的な一日と同じだ。特別な意味は無い。
グラスの中の氷はとっくに溶けきっていた。
太宰はそれを見なかったことにするように目を閉じてから、私の方を見た。
「君がプレゼントをくれようとするなんて思わなかったな。お祝いしてくれるんだね。」
太宰は迷子のような視線で私を見つめた。一人ぼっちの子どもの目だ。
「俺も自分の誕生日を特別に過ごしたことは無い。だが、」
彼の退屈な一日に、一年を生き抜いた証に、私は意味を見出してもいいだろうか。
「お前の誕生日を祝いたいと思った。」
目の前の彼は戸惑ったような表情を一瞬だけ見せ、視線を膝へ落とした。
前髪で表情は上手く見えなかった。しかし、先程までいた孤独な迷子はいなくなったように感じられた。
「……そんな風に祝ってくれる人は初めてだよ。」
いつもより声が小さい。私は聞き逃さぬよう、彼の口から零れる言葉を大事に拾った。
「君と居るとうっかり退屈を忘れてしまうな。」
太宰が話終わると店内に流れる音楽がやけに大きく聞こえ、客の話し声や酒を入れる音、グラスがぶつかる音、雑音の全てをかき消した。
まるでこの世界には私達二人しか居ないようだった。
すると空気を打ち消すようにいきなり太宰が顔を上げた。
「やっぱりプレゼントを頂戴よ!」
先程までの彼はどこへ行ったのか、太宰はまるで子どもみたいに嬉しそうな顔をする。
「気にしなくてもいいと言ったのはお前だが」
「気が変わったのだよ!」
やっぱり駄々を捏ねるじゃないか。という言葉が出掛かったのを飲み込んで、私は考えた。目の前の子どもは期待を込めた視線で私を見てくる。
「では、プレゼントを来年渡すというのはどうだろう。」
目をぱちぱちさせながら、太宰は「来年?」と聞き返す。
「お前へのプレゼントを厳選する時間が欲しい。だから、」
こんな理由出まかせだ。なんだか本心を言うのが照れくさかったのだ。
「一年後、お前の誕生日を祝いたい。」
私は太宰の方を見た。
次を願うことが許されるのなら、私は太宰が生きた証を祝いたい。死にたがりの彼が、明日に「生きたい」と思えることを願いたい。
太宰は表情を一瞬止めて、瞼を伏せた。
「……死にたがりには難題な大層先の約束だ。」
店内の上品な照明が太宰に当たる。
「でも、君となら次を望んでも良い気がする。」
太宰は私の方を見て微笑んだ。
「楽しみにしてるね。」
心から嬉しそうな笑顔だった。
おめでとうなんて言っても、お前はきっと喜ばない。
誕生日だって退屈な一生の一日かもしれない。でも、
私にとってお前の誕生日は、太宰が生きたことを表す特別な一日だ。
だからどうか願わせて欲しい。
あなたの誕生日が特別な日になりますように。