レディーホークパロイレヴンは盗賊。
ある日街を歩いている黒衣の男に目をつけた。仲間内のちょっとした賭けであった。あの男から財布を取れるか。イレヴンは手慣れた様子で男に近付き懐へと手を伸ばす。
しかしその手は男に辿り着くこと無く、捉えられる。凍り付くような一瞥を残すと男は去っていった。
賭けに負けたイレヴンは仲間に奢り、夜更けまで飲んでいた。
その帰り道、一人の貴人が街を歩いているのを見つける。
実に無防備で狙いやすそうな風情に高揚する。しかし、踏み出しかけた足は産毛の逆立つような殺気にピタリと止まった。
貴人の横に闇に紛れるような黒い狼がいたのだ。
近づけばその牙は戸惑いなく自分の喉へと突き刺さるだろう。
逃げようにも狼の視線に縫い留められ動けない。背に冷たい汗が流れる。
ふと貴人が狼を呼ぶ声がして視線が外れた。
同時に緊張が溶けてはっと息をつく。
呼吸を整え視線を上げれば貴人と狼は、視界から消えていた。
そんな事も忘れた頃、別の街へとやってきたイレヴンはフラリと立ち寄った道具屋でぴょこぴょこ店内を走る兎を見つける。客か誰かのペットだろう。
随分毛並みがいい。良いものを食べているのだろう。耳に付いているのはピアスか。
じっと観察すれば随分と上物のようだ。
そうだこの兎を盗ってしまおう。
ピアスは売って兎は鍋にでもしてしまえば良い。皮算用に舌舐めずりして兎へと手を伸ばせばザンと寸でを剣が薙ぎ払った。
飛び退った場所に何処から現れたか黒衣の男がいた。その視線に射止められた瞬間、いつだったか男を思い出す。
殺される。
しかし逃げようにも体が動かない。この視線、まるでかつての晩の狼のよう。ゆらりと男が動いた瞬間――
ダンと地面を踏む音が響いた。
何かと音の発生源を見れば先程の兎がまた後ろ脚で地面を鳴らす。
男がふうと吐息を吐くと兎を抱き上げその懐へと仕舞うとこちらを一瞥もせず去っていった。
その晩の事。
すっかり興の冷めたイレヴンがこの街での行きつけの酒場で飲んでいると入り口付近がザワツイた。
ついと視線を投げて総毛立つ。
あの晩の狼がそこにいた。
酒場の客達も一瞬にして静まり返り凍りつく。なんでこんな所に狼が…その疑問はしかし横に立つ貴人によって掻き消える。
狼よりよほどこの場に似つかわしくないその男。それを護るように寄り添う狼はまさしくこの貴人の護衛なのだろう。
キョロキョロと周囲を伺う貴人が、はたと自分に目を留めて、その上品な口元ににっこりと微笑みを浮かべて言った。
「君を探していたんです」
優雅に歩み寄ってくる男に、今日は何杯飲んだんだったかと、頭の中で空いたグラスの数を数えていた。
「君を探していたんです」
言った男が隣に腰掛け、その足元に黒い狼が寝そべりこちらを見る。
「俺を?人違いだろ」
「いいえ、君であっていますよ。イレヴン」
名を呼ばれた瞬間腰に佩いていた短剣に手が伸びる。
しかし握り慣れた柄を握り込んだ瞬間に狼の鳴き声に動きを止める。
歯をむき出して威嚇する。その身体がゆらりと立ち上がれば通常の狼よりもよほど大きい事がわかる。緊張に血流が上がって行くのがわかる。ピクリとでも動けば躊躇わず向かってくるだろう。
「ジル」
場にそぐわない涼やかな声が割って入った。
「ジル、大丈夫ですから」
声の主がそのアメジストの瞳を柔らかく笑ませる。
「アンタ誰」
「俺はリゼルと言います」
「俺、そんな名前のお偉いさんに知り合いいねぇんだけど?」
「俺も君とは面識はありませんね」
でも知っていますよ
「フォーキ団」
ざわり
獣に怯えた客を装っていた連中がその単語に殺気立つ。
それらを目で制し、イレヴンはこの得体の知れない男に僅かな興味を覚えて口を開いた。
「アンタ、何」
「そうですね。依頼主…といったところでしょうか?」
「依頼?」
ええ、護衛を頼みたくて
言った男の手元には柔らかくその毛並みを撫でられている狼がいる。
「そいつで足りてんじゃねぇの」
たった1頭の狼だが、不思議とここにいる全員でかかっても勝てる気はしない。
「彼にも休息が必要ですから」
その言葉に反発するように狼が吠える。どうやら狼とは意見が食い違っているようだ。
「報酬は満足いくものをお支払いしますよ」
そうして提示された金額は指定された期間と距離で考えれば破格
「それと」
君にはとっておきのモノを差し上げましょう。
「あ?」
「君が欲するものを」
「ナニソレ」
「今は内緒です」
ついと整えられた指先が内緒話をするようにその上品な口元に当てられる。
ゾクリとした。
この男が自分に差しだすとっておきとは何か、それが妙に知りたいと思った。
「満足出来なかったら?」
ふむ、と考え込む仕草を見せた男は、しかしそんな事は起りはしないと信じた目でたおやかに微笑んで「俺を殺しても良いですよ」と嘯いた。
この男を殺す。なんだかそれもまた実に魅力的な話に感じる。
「いいぜ。その話乗ってやる」
イレヴンはにやりと笑ってそう答えた。
諸設定。
兎と狼のお話は昼と夜とで決して出会えない2人の話。
朝夕で数分出会いはするけど覚えてはいない。ちなみに獣化してる間も記憶はない。
ジルリゼは付き合ってない(ここ大事)
🐍とともに国境を目指します。隣国は数年前に王様が禁術に手を出し魔に落ちた事で魔獣の跋扈する地へと変化しています。国境の街も魔獣の猛威に晒され人は住んでいないことでしょう。
それでも向かう2人に訳アリかと深く関わる事を警戒する🐍ですが目的地に到着する頃にはしっかりほだされています。これから何処に向かうのかその質問に🐰が隣国だと答え隣国の真実が明かされます。
隣国は堅実な王の納める豊かな土地でした。リゼルはその国の宰相であったのです。しかし悪しき魔法使いに目を付けられ地方視察中で警備が手薄になった時に陛下はその強大な魔力を吸い上げられ眠らされてしまいます。そして魔法使いはその魔力で王国を満たし、国民を魔獣へと転じさせたのでした。隣国は堅実な王の納める豊かな土地でした。
リゼルとジルは視察について行っていました。魔法使いの悪しき魔法に気付いた陛下は眠らされる寸前にリゼルとジルを遠く魔法使いの手の届かない場所へと転移させたのです。
しかし魔法使いも逃れる2人に気付きました。
魔法使いは2人に獣になる呪いをかけたのですが、リゼルの持つ陛下の魔力ピアスにより反発し、呪いはこのような形になって発現したのです。
陛下が眠る地はこの場所から更に2週間ほどで着く場所にある。そこに行って陛下を起こすのだとリゼルは言います。この先は危険だから自分達だけでいいと。イレヴンは俺を捨てるのかと恐怖しました。
そしてイレヴンは2人の目的に付き合う事にするのです。
隣国は魔獣だらけですし、魔法使いの攻撃も加わり過酷な旅程となりました。
あわやの危機を何度も乗り越え、辿り着いた建物。ここに陛下が眠っています。その時精鋭がイレヴンに囁きました。陛下を救えば2人が元に戻ることは無いと。魔法使いの呪いと陛下の魔力は別の呪いに変化していたのです。
陛下の目覚めにはリゼルのピアスを捧げる必要がありますが、不安定な状態で呪いを維持しているのもまたピアスなのです。
イレヴンはそれでいいのかと問いかけます。リゼルはかまわないと即答するのでした。