砂塵 無人の部屋に、冬を纏った冷たい風が吹き込む。部屋の主は頓着の無い人間なのか窓は開け放たれており、物の少ない部屋を青白い月明かりが照らした。レースカーテンの繊細な影が、窓際の机に落ちる。
色褪せたノートが机の上に鎮座していた。ほかの家具はすべて機能性に富んだシンプルな白一色の味気ないものだったが、このノートにだけはアンティークな装飾が凝らされている。おまけにしっかりと鍵もかけられているようだった。ノートの持ち主と部屋の主が別人であることは誰が見ても明らかだ。
表紙にはとある名前が典麗な筆記体で刻まれていた。流れるインクの線から持ち主の柔らかな掌、繊細な手つきが感じ取れるかのようだ。その表紙を開けばきっと同じ字体できっちりと紙が埋められているのであろう。ページから微かにカモミールの花が香る。
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