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    nodoka_sky

    最終更新8/4 
    8*【2nd日常その他】8/4追加

    ●Skyの世界観の中で作った二次創作がメインの倉庫●
    ※口描きます。時々獣っぽい表現あり。
    苦手だなと思ったらそっ閉じしてください。

    ●読む順●
    「1st」(小説)が前提のお話なので、1st→2nd順で読む事を推奨します。
    (小説はwebブラウザを使用してください。)

    まとめ枠タイトルの頭に読む推奨順の通し番号がついています。

    1*【1st】創作sky 登場キャラクター紹介
    2*【1st】(小説)
    3*【1st】(絵)
    4*【2nd①】
    5*【2nd②】/更新中
    6*【2ndエイト仮倉】/更新中
    7*【2nd日常その他】
    8*【2nd日常その他】/更新中 8/4

    各まとめ枠に新着を追加しています。
    最終更新日はここの最上段と各まとめ枠に記載。


    English sentences are translated using a translator.
    英語訳は翻訳機を使用しています。

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    nodoka_sky

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    2*【1st】(小説)
    sky世界観の創作です。2nd(ゆるい漫画)に続きます。
    ゲームのネタバレ、個人設定を含みます。
    ※プロフをご確認の上お読みください。

    文章畑の人間では無いので、温かい目で見ていただけますと幸いです。

    #sky創作
    skyCreation
    ##1st
    ##初めに読んでね
    #sky創作小説
    skyCreativeFiction

    1st(初めに読む物語)***









    「またか」

    目覚めてまず初めにやることは、着替えだ。
    顔をしかめながらとぼけた様子のアヒル面をはずし、ヒラヒラした薄い水色のケープを半ば乱暴に脱ぐ。
    眠りから覚めると決まってこの格好をしている。
    気味の悪さを通り越して心底ウンザリする。

    長身の青年はブツブツと文句を呟きながら、真っ赤な狐の面と黒いシンプルなケープを身につける。
    袴のような服と黒いブーツはまあ、悪くはない。

    納得のいく格好に落ち着くと、振り返っていくつかある石のゲートを一つ一つ順番に見やる。


    そこは広い海にぽつんと浮かぶ、小さな島だった。
    数分もあれば外周を歩いて一周できてしまうほどの大きさで、島の外に見えるのは空と水平線と巨大な雲。
    平坦で短い草に覆われた島の縁に並び立つのは、四角く切り出した石を積み上げて作られた簡素なゲート。
    そのどれもが全く違った場所の風景を映し出し、まるで絵画と額縁のようだ。
    絵画と決定的に違うのは、ゲートを潜ればそこに映し出された世界へ飛び込めるという点だ。

    いつも視線が奪われるのは雨に煙る薄暗い青い森。
    ふうっとため息をつき、笠を被りランタンを取り出すと
    真っ直ぐに森のゲートをくぐった。
    「やっぱりここに…居る」

    「見つかるといいね」
    そんな声がどこかから小さく聞こえた気がした。




    朧げな記憶を頼りに暗い雨の森を、時に巨大な木の幹の間を縫って飛び、時に川沿いをひたすら歩き回った。
    ギュッと胸の潰れるような正体不明の焦りと不安を抱えて、木々の隙間に、遺跡の影に、流れる川に、ランタンの光を向けて目を凝らす。
    時折そばを走り抜ける子供を見かけてはその背を目で追う。

    違う。
    早く見つけなければ…僕はなぜ手を離してしまったんだ。

    …僕は…いったい誰を探しているんだ?


    どうにも頭がはっきりしない。
    体も、何か見えない膜に包まれているような動きにくさを感じる。
    僕はこんなだったか?
    僕は…誰だ?

    彼は立ち止まり、ランタンを持っていない左の手のひらをじっと眺めた。
    その手にポツポツと雨粒が落ちる。

    「…雨は嫌いだ。」

    彼は仮面の下で眉間に皺をよせ、手首を素早く返して雨を振り払った。



    雨は容赦なく星の子の体温を奪い弱らせる。
    全身が冷たく濡れて、ブーツが泥だらけになる頃
    彼は森の端の焚き火のそばに腰を下ろす。
    黒いケープも服も雨をたっぷり吸って重く、ぼたぼたと水を滴らせている。

    体をあたためていると、疲れからか決まって強烈な眠気が襲ってくる。

    まだ見つけていない。まだ探さなければ。
    きっと僕の帰りを待っている…

    うう、と低い唸り声をあげて睡魔に抗う。
    頭を強く振ってみるが、思いとは裏腹に瞼は落ち、
    体の力は抜け、彼の意識は暗い底に沈み込む。

    焚き火の熱のせいだろうか、何かに抱き止められるような暖かい心地よさを感じる。

    座ったままがっくりと項垂れ、深い眠りに落ちた筈の彼が
    その数秒後、ゆっくりと目を開ける。

    「今日はもう、おやすみ」

    チリチリと痛みの残る胸に手をやり呟く優しい穏やかな声は、
    先ほどの彼とはまるで別人だった。




    彼の名前はヒューゴ。
    星の子の中では比較的長身で、いつもアヒルの面、薄く青白いやわらかな鳥の翼のようなケープを羽織り、星を天に返す使命をもう何度も繰り返している。

    お人好しで少しお節介な彼は、ある時星々の煌めく天空で彷徨う星の子の魂に出会った。
    ぐるぐると内側に渦を巻くその魂の主は、暴風と赤い石の降り注ぐ「原罪」を辛うじて越えたものの、その時受けた痛みや恐怖で心が転生を拒んでしまっていた。
    しかしそれと同時に、地上に残してきた何かへの強烈な後悔でそこから動くことができない。

    「おいで、大丈夫。一緒に行こう」

    彼はその魂が傷つかずに済むように、地上の心残りを探せるように、
    その魂に手を差し伸べ、自らの身に宿し、
    焼けつくような胸の痛みを共有しながら再び地上に降り立った。

    それ以来ヒューゴは、時折目を覚ます魂に体を貸して、その様子を静かに見守っていた。
    長く過ぎた時間のせいなのか、不完全な転生のせいなのか、魂の記憶は朧げで不安定で、
    探しものはなかなか見つからなかった。
    ヒューゴが天空で魂を受け入れた時、一瞬垣間見たのは雨の森と小さな星の子の影。
    そしてか細い小さな手を引く感覚。
    それ以上はわからない。あとは自分の中にいるその魂に任せるしか無かった。




    ヒューゴが地上に降りてからいくつかの季節が過ぎ去ったが、進展はなかった。
    その間ヒューゴは自分の中にいる彼の行動を見ていた。
    数日に一度目覚める彼は、必ず赤い狐の面を身につける。ヒューゴは彼の事を「狐」と呼ぶ事にした。
    ぶっきらぼうな言葉遣いではあるものの、
    雨に濡れて翼を失いかけている幼い星の子を、捨て置く事は決してしなかった。
    彼は優しい。
    そもそもこうして、来る日も来る日も脇目も振らず暗い雨の森で誰かを心配して探し回り続けている。
    ヒューゴは彼が早くその誰かを見つけられることを願った。

    「僕は君をこんな暗くて寂しいところじゃなくて、もっと綺麗で楽しいところに連れてってやりたいよ…」

    狐が眠りに落ちた後、彼はいつも口癖のように悲しげに呟いた。




    ある日、森には大粒の強い雨が降っていた。
    「狐」は、いつものように笠を被る。

    ヒューゴはこんな日に必ず思い出す事がある。
    それは彼が「狐」と出会う前に以前に経験した、あまりに印象的で強烈な出来事。


    今日のような強い雨の日、森を訪れたヒューゴはいくつかの遺跡の扉をくぐり、木々の合間を少し進んだ場所にある小川にたどり着いた。
    そこはそれまで続いていた平坦な道が突然消える場所だった。
    昔川の流れが地面を削り取ったのか、一度降りれば翼無しでは登れない程の段差があり、その小さな谷の底には道の続きの代わりに、普段は穏やかで小さな川が森の奥へ続いていた。


    道の終わりに立ったヒューゴは眼下の谷底に異様な光景を見た。
    いつもより水の増えた小川の流れの直中に立つ、真っ黒で大きな男。
    おそらく長身の自分よりも更に背が高く、黒く襟の高い厚手のケープとローブのような服の上からでも、がっしりとした体つきがうかがえる。
    顔には石の蜘蛛の面がはり付き6つの目を光らせ、頭には左から後方にかけて粗い3つの三つ編みを垂らし、右側は剃り上げてある。
    なるべくならば関わりたくない容姿の彼は、ただ静かに雨に打たれて立っていた。6つの目は中空を見上げ、体は微動だにしない。その姿は不気味そのものだった。

    ヒューゴは暫く目を離すことが出来なかった。
    実体がある様子から見ると彼は精霊ではなく星の子なのだろう。彼はいったい何をしているんだ?
    色々理由を思い巡らせてみたものの、確実に言えるのは雨が彼の力を奪い続けている事だった。
    ジリジリと光を失っていくケープを、ヒューゴはどうしても放っておけなかった。
    意を決して男の近くに降り立つ。
    隣に立ってみて改めてその大きさに怯むが、
    雨にかき消されぬよう大きな声で話しかけた。

    「こんなところで何を?助けは要るかい?」

    男は応えるどころか
    こちらに向き直ることもしなかった。

    「このままじゃ羽根を失ってしまうよ!雨の当たらない場所に移ろう!」

    ヒューゴは更に大声を上げるがやはり男は動かない。
    聞こえないのか、無視をしているのか…
    その間にも2人の翼の力は雨に奪われる。
    男の翼の星はもうそれほど残っていない。

    まずい。
    ヒューゴは男の腕を掴んで近くの灯りのある木の根の下へ引っ張ろうと試みた。
    動かない。
    どれだけ引いても男はそこから一歩も動かない。微動だにしない。
    今度は渾身の力を込めて男の体を押してみたが、やはり動かなかった。

    全身が大粒の雨と川の水でぐっしょりと重い。
    顔を伝う雨が呼吸の邪魔をして苦しい。
    このまま2人とも雨の中で倒れるわけにはいかない。

    「僕はそこの灯籠に行くよ!君も早く来るんだ!」

    もう一度大声で男に声をかけ、ヒューゴは大股にザブザブと音をたてて川を渡る。
    もう飛び上がる力が残っていなかった。
    どうにか灯籠にたどり着き振り返ると、やはり男はそのまま立っている。
    背中のケープの星は最後の一つ。

    さっきの様子を考えると自分の力ではどうにもならない。
    どうしたら彼を引っ張り上げられる?
    必死に思案するヒューゴの視界で変化は起こった。

    不意に男がこちらに向き直るとゆっくりと歩きはじめたのだ。
    無言でのし、のしと水をものともせず川から上がって来た男はそのままヒューゴのいる灯籠の近くへ歩み寄る。
    最後の星が消えるギリギリのタイミングだった。

    ヒューゴは男から視線を外さないまま、場所を譲るため数歩後ずさる。
    突然動き出し、こちらに向かってきた大男に気圧された…と言う方が正しいかもしれない。
    自分でこちらに来いと言ったものの…
    もし。もしこの男が急に襲いかかってきたら。
    先ほど自分の力ではびくともしなかった事を思い起こすと身が竦む。
    何か声をかけようか?しかし言葉が見つからない。

    その時、ヒューゴが踏んだ足元の草が、ぬかるんだ土と一緒にずるりと滑った。

    「うっ、わ!」

    ヒューゴがバランスを崩して倒れそうになった瞬間、
    大きな手が素早く彼の腕を掴んだ。
    蜘蛛面の男は片手で軽々とヒューゴの体を引き戻し
    彼が体勢を立て直すのを見届けて、静かにその手を自分のケープの中へ戻した。

    予想外の事が立て続けに起こり、ヒューゴの頭は混乱したが
    一呼吸おいてどうにか「ありがとう」という言葉を絞り出した。
    蜘蛛面の男は何も言わなかったが、先ほどの無視が嘘のようにそのままじっとヒューゴを見つめる。
    巨大な獣に凝視されているような錯覚を覚える。

    ややあって、蜘蛛面の男は一歩こちらに踏み出すともう一度、今度はゆっくりと太い腕を伸ばしてくる。
    ヒューゴは緊張で体をこわばらせたが、動かなかった。
    男はその手をヒューゴの背中へ回し、灯籠の近くへ引き寄せた。
    体を温めるには少し遠い位置に居たのだ。
    蜘蛛面の男はまたゆっくりと元の位置へ戻ると、
    呆気に取られるヒューゴから視線を外し、じっと灯籠のゆらめく火を見つめた。

    …どうやら彼は見た目ほど恐ろしい相手では無いらしい。
    まだ動揺はおさまらないが、男の印象は最初とはかなり違ったものになっていた。


    しばらくするとヒューゴの翼の力は全て回復したが
    蜘蛛面の男が回復し終えたのもほとんど同じタイミングだった。
    ケープにずらりと並ぶ星は二重の星が4つと更に飾られた二重の星が1つ。
    ヒューゴと同じ11の星を持っていた。
    蜘蛛面の男は翼の力が戻ると同時に、また小川に入っていく。
    これだけ星を持っているならば、この行動には何か考えや目的があるのだろう。
    ヒューゴはあえて止める事はせず、男の行動を見守った。

    やはり翼の最後の星が消えるギリギリで灯籠へ戻り、回復してからまた雨の中へ出ていく。
    どうやら要らぬお世話だったようだと、ヒューゴはその場を後にした。


     


    ヒューゴはその後も強い雨の日に何度か蜘蛛面の男を見かけていた。
    どの日もいつもわらず小川の中で石の柱のように立っていた。

    今日は雨が強い。


    狐は森を進む。
    森の中の石の門をくぐり、立木の間の道を真っ直ぐ歩く。
    そして道が終わるあの場所にたどり着いた時、狐の目が捉えたのは小川に佇む黒い影。
    ヒューゴが「いた」と思ったのと同時に、狐の心がすこし揺れた気がした。

    何だあいつは?

    この異様な光景を見て狐がたじろいだのは一瞬で、彼はすぐさま谷へ飛び降りた。

    「おい!何やってるんだ?こっちへ来い!」

    狐は躊躇無く男の側へ歩み寄ると、腕を掴んで引っ張った。
    ヒューゴは彼の勇気に感心したが、男は動かないだろう、そう思った。

    ところが、狐の手は1度は石のような抵抗を感じて体ごと引き戻されたものの、
    間髪入れずにもう一度強く引くと、男は少しよろめきながら大人しく後について来たのだ。
    6つの目は狐を見ている。
    以前とは明らかに違う反応にヒューゴは驚いた。
    狐はすぐ近くの木の根の下へ男を強引に引っ張って行くと、その広い背中をぐっと押して灯籠のすぐ近くに立たせた。
    ローブの裾から滝のように水が流れ落ちる。

    「雨は危険だ。あんなところにいちゃダメだ。」

    狐は強い口調で男へ言葉を投げかけながら、同時に以前全く同じ言葉を口にしたような奇妙な感覚を覚えた。

    男は何も応えず、ただじっと狐を見る。
    狐も真っ直ぐに男の顔を見据えた。
    灯籠の火のおかげで、2人の翼の力がじわじわと戻ってくる。

    「…お前。僕の言葉はわかるか?」

    狐が聞く。数秒のち、男はゆっくりと頷く。

    「そうか。僕は行かなきゃいけない。ここで体を温めろ。もうあんな事はするな。」

    狐はケープの雨粒を払うと男の返事を待たずに木の根の隙間から土砂降りの森へ飛び立った。
    おかしなやつだと思いつつ、心がざわつくのを感じた。



    雨は一層激しく、川も広さと深さを増し続ける。
    力の消耗は激しいが、水を歩くよりはマシだと、
    狐は遺跡の屋根や、倒木、高い木の上を飛んで渡り歩いた。
    森は終わりに近い。
    そこは開けた場所で、古代の文明の跡が点在していた。
    普段ならば歩ける地面も多少はあるのだが、今日はそのほとんどが水没している。


    ヒューゴは今しがた起きたやりとりと、狐の心の揺れを思い起こしていた。

    もしかして、狐が探しているのはあの男なのではないか?

    しかし、天空で見た星の子のか細い小さな影はあまりに似ても似つかない。
    …もし。「それだけの時間」が経っていたのだとしたら?
    狐はまだ一度目の転生を終えていない。
    その彼が手を引いていたのがあの男だったら…?
    あの男もずっと狐を探しているのだとしたら…?

    自らと同じ11の星。
    ヒューゴは長い時間をかけて数え切れない程の転生を繰り返してきた。
    その日々を思い起こしてぐっと胸が詰まる。にわかに心がざわつく。

    「戻ろう!狐!!」

    ヒューゴの言葉に狐が返事をした事は無かったが、それでもヒューゴは狐に叫んだ。
    その瞬間、狐の目が捉えたのは、遥か下方の川の中をこちらにまっすぐ向かってくる黒い影だった。

    「追ってきたのか!?」

    驚いて狐が声をあげた。
    こちらを真っ直ぐ見上げる6つの目。
    距離はあったが、間違いなくあの男だ。
    狐はその姿を、高い木の上から身を乗り出して見つめる。

    川は絶え間ない雨を飲み込んで更に深さ増していた。
    流れる水が男の膝上でいくつも渦を巻く。


    飛べ…
    いや、あいつは… 飛ばない!!


    その瞬間、男の体がぐらりと傾き川底に膝をついた。
    川面に浮かんだケープに星が見当たらない。

    「狐!!」

    ヒューゴの叫びに呼応するように、狐は渾身の力を込めて羽ばたいた。




    狐は肩で息をしながら、川から引き上げた男を灯籠の側に座らせた。
    男に肩を貸しながら歩き、近くにあった古い石造り建造物の下にどうにか辿り着いたのだ。
    建物は半壊していたが、雨を凌ぐことはできた。

    2人の全身の雨水が体を伝い足元に流れ落ちる。
    荒い息を吐きながら狐も灯りの側に腰を下ろす。
    時間をかけて呼吸を整える間も、蜘蛛面の男は狐を見ていた。


    雨は変わらず騒がしい音をたてて水面を数限りなく射抜く。
    瓦礫の隙間から見えるそれほど離れていないはずの神殿も
    薄闇の中で朧気な影のようだ。

    「お前…迷子か?」

    狐は息が整うと、男に問いかけた。
    自らが問いかけた言葉に、また奇妙な感覚を覚える。
    この言葉も、以前誰かに向かって言ったことがある気がする。

    男は応えない。
    灯籠の揺らめく火が濡れた石の床に細かなオレンジの光の粒を絶えず散らしている。


    「僕は…前にもお前みたいなやつに、会った事がある気がする。」


    足元で音もなく踊る光を眺めながら、狐は俯いてぽつりと呟いた。

    強い雨の中、茶色のケープを纏ったずぶ濡れの小さな背中が脳裏に浮かんでいた。
    忘れていた記憶や感情が虫食いの葉を通して見たように見え隠れする。

    「手を…離してしまったんだ。ずっと一緒にいたのに。
     すぐに帰れると思ってた。あいつには…まだ無理だと思って置いていったんだ…」

    狐は左手で自分の右手首を強く握り締めた。

    「小さくて頼りなくて…でも、僕はあいつの手を引いていたから強くなれたんだ。」

    切れ切れに独り言のように呟く狐を、男はただ黙って見つめ続ける。

    「なのに、あいつの顔も名前も思い出せない。
     早く…早く迎えに行ってやりたいのに…」

    狐は背中を丸め、消え入りそうな声でそこまで言うと黙り込んだ。






    しばらくの沈黙の後、不意に狐が顔を上げて口を開いた。

    「お前、名前は?」

    男は相変わらず無言だったが、やや間を置いて質問に答える代わりにゆっくりと狐を指差した。
    その指先は、狐の胸の光を指す。
    まだ多量に水を含んだ袖口からはぽたりぽたりとしずくが落ちた。


    「…僕…僕の名前か? 僕の名前は……」


    名前。僕の名前…?
    そうか、僕は自分の名前すら忘れているのか。
    あいつの名前も、自分の名前もわからない。


    僕はこんな状態であいつを見つけ出せるのか?


    狐の心がまた鉛のようにじわりと重苦しくなったその時、不意に思いがけない事が起きた。



    「…アオヤ」



    言葉に詰まる狐より先に口を開いたのは
    目の前の蜘蛛面の男だった。
    低くくぐもってかすれたその声に、言葉に、狐は目を丸くし
    全身の毛が逆立つような感覚を覚える。



    アオヤ…?


    …ああ、そうだ。
    それは思い出すことが出来なかった自らの名前だ。

    青い夜。自分で自分につけた。



    「僕は…アオヤ…。」


    自らの名前を口にした瞬間、
    狐は鈍っていた五感が研ぎ澄まされていくのを感じた。
    同時にまるで霧が晴れるように朧気だった記憶が鮮やかに蘇っていく。



    「僕はアオヤ。…お前の兄貴だ。」


    狐は目を見開き蜘蛛面の男の方へ体を向け直して続ける。
    いつの間にか雨はまばらになり、薄明るい雨雲の隙間から光が差仕込んでいる。




    「お前は…お前は僕の弟のジグだ…僕が名付けた。僕はお前を探していた!」



    その時、アオヤの胸の苦しみはどこかに消え失せていた。



    雨が、上がった。






    あれからまた月日は巡った。
    アオヤはあの後すぐに眠りに落ちたきり目を覚さない。
    ジグと呼ばれた蜘蛛面の男は度々ヒューゴの元を訪れたが、
    首を横に振るヒューゴの様子を見てすぐに立ち去った。

    ヒューゴはアオヤの記憶が戻った時、その記憶の一部を共有していた。
    1人だったアオヤが雨の森でずぶ濡れの小さなジグを見つけた事。
    ジグはどうやら言葉を理解するのに時間がかかり、またあまり自分の意思を表に出さない事。
    高いところが苦手な事。
    アオヤがずっと彼の手を引いていた事。
    アオヤが小さかったジグを置いて、1人暴風域に向かった事…


    ヒューゴはジグが理解できるよう少しずつ、繰り返しアオヤの身に起こった事、
    何故自分の中にアオヤが居たのかを伝えていた。

    これは憶測だが、恐らくジグもアオヤが消えてから1人で探し回っていた筈だ。
    それまでアオヤと2人で通ってきた道筋を繰り返し辿っただろう。
    ジグがこれだけ翼の星を持っているということは、時間をかけて星の子の使命を理解し、
    アオヤが向かった筈の天空で何度も彼を探したのだろう。

    大雨の日に森で雨に打たれていたのは、アオヤに出会った時と同じ事を繰り返し
    また兄が迎えに来てくれるのを待っていたのだろう。


    「お前は小さすぎるよ。もっと僕みたいに強く大きくなれ」


    アオヤの記憶の中で彼がジグに向けた言葉が胸に思い起こされる。

    「頑張ったんだね、ジグ。」

    ヒューゴは彼ら兄弟のこれまでに思いを馳せ、スン、と短く鼻をすすり1人呟いた。





    その日ヒューゴは、石のゲートが並ぶ小島でジグが来るのを待っていた。
    今日は彼に伝えなければならない事を話すつもりだった。
    彼が来るのはいつも島が赤く染まる夕暮れ時。
    島にある小さな池の前に腰を下ろすと、まもなく背後に大きな気配を感じた。

    「待ってたよ、ジグ。少し話をしようか」

    ヒューゴは立ち上がりジグの方へ向き直ると、穏やかに話しかけた。



    ヒューゴは、あれから自分の中のアオヤの気配が次第に薄れ、消えてしまった事。
    アオヤの魂は天に還ったのかもしれないという事をゆっくりとジグに説明した。

    「アオヤが天に還ったのだとして、アオヤがまた地上に戻ってくるかどうかは僕にはわからない。
     それはアオヤ自身が選ぶ事だから。」


    西日を背に受けるジグは、その黒い服装も相まってほとんどシルエットのようだった。
    ただ6つの目は無機質に光り真っ直ぐにこちらを見下ろしている。
    元々感情表現も無く表情もわからない彼の心を読み取ることは困難だ。
    彼は今何を思うのだろう。

    アオヤに戻ってほしいとは、素直には願えない。
    地上に降りるとはつまり、またいつか天への道のりを歩むということだ。
    その苦しさをヒューゴは身をもって知っているし、使命を果たした後地上へ降りることのなかった星の子も沢山いる。
    現にアオヤの魂は長い間、最後の過酷な旅で経験した恐怖に苛まれ天に留まっていたのだ。

    アオヤを留まらせたのは、幼いジグの存在だ。
    アオヤが、成長したジグを見て安心したのだとしたら…そのまま天に還る選択をするかもしれない。
    可能性としては十分あり得る。
    しかしそれはジグにとってあまりに残酷で、
    ヒューゴはその事についてとても口に出すことはできなかった。


    夕日は赤みを増し、海へ溶けていく。
    ジグは動かなかった。
    ヒューゴは彼の思考時間に合わせ、静かに待った。
    アオヤが自分の中にいたせいなのか、彼の、彼らの事を深く知ったせいなのか、
    ヒューゴはこの顔も知らない自分よりも大きな男が、いつの間にか弟のように思えてきていた。
    アオヤが帰るまでは、必要ならば僕が彼を支えよう。


    夕日が海に姿を消したその時、
    不意にジグが空を見上げた。
    ヒューゴは突然動いたジグを見て、何事かと視線の先を追う。

    天は既に深く暗い青に染まり、星々が輝いている。


    次の瞬間、煌めく1つの流星が弧を描き、島に落ちた。
    一瞬、辺りが昼のように明るく照らし出される。

    ヒューゴは眩しさに目を細めはしたが、視線を外すことはできなかった。
    心臓が早鐘のように打つ。


    まさか。


    消えゆく光の中、流星が落ちた場所からゆっくりと影が立ち上がり、こちらを見た。
    そして、よろけながら草を蹴った影は、はっきりとこう叫んだ。


    「今戻ったぞ!ジグ!!」




    ****
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