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    kk_69848

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    蔵→種前提の蔵←モブ(女)
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    蔵→種前提の蔵←モブ(女)ミーティングの後に、部長に言われた。
    「部費のこと、男テニにも言っておいて」
    「あ、はーい」
    何でもないような返事しながら、私は内心ガッツポーズをした。だって男テニということは、あの人に連絡をする口実が出来たっていうことだ。男子テニス部の部長、白石蔵ノ介さんに。
    正直、大学に入ってからもテニスを続けるかどうかは悩んでいた。でも見学に行った時に白石さんを見て、絶対に入部するって強く思った。
    勿論、私なんかが白石さんと付き合えるだなんて、そんなの本気で思ってる訳じゃない。4回生の白石さんと1回生の私とでは距離があるし、たったの1年しか一緒に過ごせない。
    それでも白石さんは、信じられないことにずっと彼女が居ないらしいし。勝手に憧れることくらいは、許されるってものだろう。
    私はわくわくしながらスマホの通話ボタンを押した。でも、白石さんは出ない。こんな時、普通だったら副部長とか、他の人にかけるべきなんだろうけど。残念ながら、今の私は普通じゃない。その後も何回もかけなおして、ようやくつながったのは。とっぷりと日も暮れた、もう夜の11時過ぎだった。

    「……はい」
    「あっ、出た」
    「んー?」
    「あっ、夜分遅くにすみません。女テニ1年の○○です」
    「あー……、○○ちゃんかぁ」
    「何回もかけちゃって、ほんとすみません」
    「んー。ええよぉ」
    「あの……、寝てました?」
    「ちゃうよ、飲んでてん」
    スマホの向こうの白石さんの声は、いつもの低くてかっこいい声とは全然違っていた。何だかふにゃふにゃとしていて覚束ない。
    起こしちゃったかなって、一瞬焦ったんだけれど。飲んでるだけならよかったし、いつもと違う声が聞けるだなんて、ほんとにラッキー。出来ることなら声だけじゃなくて、ふにゃふにゃしている白石さんの姿も、その場で見たかったくらいだ。
    「あ、そうなんですね。いつものお店ですか?」
    「ふふ、ちゃうよ。宅飲み」
    白石さんの柔らかい笑い声が聞こえて、私はなんだか気恥ずかしくなって、身体がかーっと熱くなってしまった。白石さんのこんな様子は、ほんとに珍しい。
    男テニとは何回か一緒に飲み会をしたことがあったけど、白石さんはいつもテキパキと場を取り仕切っていた。酔った人を介抱したりとか、終電の時間を気にしてくれたりとか、サラダを取り分けてくれたりとか。
    私達1、2回生のテーブルに来ては、「自分らお酒飲めへんのやから、せめて食べとき。デザート頼むか?」って勧めてくれたりとか。
    白石さんもちゃんと飲みながら、そうやって気を配ってくれるから。お酒に強い人なんだなって、勝手に思っていたんだけど。
    こんなにふにゃふにゃしいてるだなんて、今日はよっぽど飲んだんだろうか。
    「宅飲み、いいですね。白石さんの家ですか?」
    「ちゃうよぉ。好きな人の家」
    私はガツンと、頭を殴られた気がした。
    「あ、そう……。そうなんですね」
    あー、そうか。そりゃ、居るよ。好きな人くらい。当たり前だ。
    白石さんだって、好きな人と二人で飲んで、いつもは見せないような、ふにゃふにゃの姿を見せて。そんな世界が私の知らないところで存在するって、そんなの、当たり前のことじゃないか。そう思うのに、私の目の前は真っ暗になってしまう。
    「あの、すみません。それであの、部費のことなんですけど」
    私は内心涙を流しながら(現実でもちょっと出てたかも)、伝えるべき要件を切り出した。
    「んー、部費?」
    「女テニの方が、コートを使う日数が少ないじゃないですか。それで、女テニの部費を少し下げたいって話になって」
    「あー……、せやなぁ」
    「男テニの方が成績いいのに、申し訳ないんですけど」
    「んー……」
    「金額の方はまた詰めるとして、とりあえず下げることだけ、ご理解いただけたらなぁって」
    「……」
    「……えっと、駄目でした?」
    「…………」
    「え? 寝てます?」
    スマホからは、すーすーという白石さんの寝息が聞こえてきた。普段だったら、レアなものが聞けたって喜ぶところだけれど。今隣に居る女の人は、音だけじゃなく白石さんの寝顔も眺めてるんだろうな、とか。想像するだけで、どうにもこうにも気が滅入ってしまう。
    結局了解の返事をもらえてないから、また明日連絡しなきゃいけないんだけど。何時くらいにかけたらお邪魔にならないんだろうか、とか。変な想像をしてしまいそうになるのを必死に打ち消して、私は通話を終了しようとした。
    するとその時スマホから、ちょっと高い声の、全く知らない男の人の声が聞こえてきた。
    「もしもし?」
    「えっ、あ、はい」
    「すまんなぁ、ノスケ寝てしもてん。また明日かけてくれる?」
    「あっ、あー、はい」
    ノスケという言葉に混乱したけれど、多分、白石さんの下の名前のことだろう。どうやら好きな人と二人っきりで宅飲み、というのは私の勝手な思い込みで、他にも人が居たらしい。
    「ほなな」
    「あーっ、ちょっと待ってください。そこに男テニ─男子テニス部の人居ます?」
    しかし、白石さんに好きな人が居るというだけで、今日はもうオーバーキルだ。男テニの人が居るんだったら、その人に部費のことを伝えておいてもらおう。
    「や、俺しかおらんけど」
    「あれ? 買い出しに行ってるとか?」
    「ううん。最初から俺だけ」
    「え。白石さん、好きな人と飲んでるって言ってましたけど」
    「ん? あー……」
    「あっ、好きな人の家だったかも……って、すみません。今言ったこと、忘れてください」
    「ふふ。ええよ、知っとるから」
    よかった。どうやらこの声の主は、白石さんがその家の人を好きだということを、初めから知っていたらしい。
    しかし家の人を抜きで飲み会をするだなんて、ちょっと珍しい。よっぽど親しい間柄なんだろうか。
    「あのー」
    「ん? 何やった?」
    「その家の人って、同じ大学の人ですか? いや、名前とかはいいんですけど。同じ大学かどうかだけ、気になっちゃって」
    やっぱり、白石さんの好きな人が誰だか気になる。今後白石さんが女子と話す度に、その人が白石さんの好きな人なんじゃないかって、勘繰ってしまうと思う。せめて、せめて私の周りには居ませんように。私は祈るような気持ちで答えを待った。
    「同じ大学といえばそうやな。もう卒業しとるけど」
    「卒業生?」
    「ノスケが1回生の時の4回生やから、知らんやろなぁ」
    「年上……」
    「1年間だけやけど、一緒に大会も出たんやで?」
    「あっ、テニス部で」
    その先輩と白石さんは、3つ違いで、同じテニス部で。それって今の私と白石さんと、全く一緒じゃないか。
    「あ、じゃあその先輩も、部長だったり」
    「せやで」
    「じゃあ強いんだ」
    「めっちゃ強いで」
    「かっこいいー」
    「かっこええで。読モやっとったこともあるし」
    「わー、すごい」
    「あとこう見えて、おっぱいもデカい」
    「それは聞きたくなかったー」
    あの完璧な白石さんが、他の男達と同じように巨乳が好きだなんて、それは知りたくなかったけれど。
    白石さんも私と同様、3つも年上の先輩に恋をして。それでも私と違って、1年間だけだなんて諦めることなく、今もその人と繋がっている。その事実は私を打ちのめしたけれど、同時に私に勇気をくれた。
    「じゃあ白石さんは、今その先輩と付き合ってるんですね」
    「や、付き合うてはおらんけど」
    「え、何でですか?」
    「やー……。年も離れとるし」
    「たったの3才差じゃないですか。そんなの誤差ですよ」
    「せやけど。ノスケも大学で、ええ感じの子とかおるんちゃう?」
    「そんなの居ませんよ。白石さん、めちゃくちゃガードが固いのに」
    「あー、そうなん」
    「大体その先輩何なんですか? その気も無いのに家に呼んでるんですか? ちょっと思わせ振りすぎません?」
    「……はい、すみません」
    「その人に言っておいてくださいよ。私達の大事な部長なんだから、ちゃんと大事にしてくださいって」
    「うぅ、はい」
    「それじゃあ部費のこと、伝えておいてくださいね」
    そう言って通話を切って、私は頭を抱えた。完全に言い過ぎた。そもそも部費の話はあの人にはしていないし、なんのことだかさっぱりだろう。
    私は自分の失恋とか、あの白石さんを悲しませてる人が居るのかもとか、色んな感情がごっちゃになってしまって。全然関係ない人に八つ当たりをしてしまった。本当に申し訳ない。
    私は白石さんに、「電話の人に言い過ぎました。ごめんなさいって伝えておいてください」ってメッセージを送ると、お風呂に入る準備をした。
    正直、白石さんに好きな人が居たのは辛い。だけどそれ以上に、白石さんには幸せになってほしい。
    さぁこれからゆっくりとお風呂に入って、スキンケアもして、ハーブティーでも飲んで。それから存分に、枕を濡らそう。
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