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    プロ選手の蔵種とモブ(女)

    ※盗撮は犯罪です※

    プロ選手の蔵種とモブ(女)私は、プロテニス選手の白石蔵ノ介くんのファンだ。
    初めて蔵ノ介くんを知ったのは、ニュース番組のスポーツコーナーで。今をときめく、イケメン選手として紹介されていた。事実蔵ノ介くんは、とっても整った綺麗な顔立ちで。髪もさらさらで色素も薄くて、まるで本物の王子様みたいに輝いて見えたけれど。それだけじゃない、ストイックにテニスに打ち込む姿に、心を鷲掴みにされてしまった。
    あんなにかっこよかったら、黙っていても周りが勝手に、世界の全てを与えてくれそうなものなのに。蔵ノ介くんはそれに甘んじることなく、さらなる高みを目指して頑張っているんだから。私ももっと頑張らなきゃ、もっと頑張ろうってそう思える。今となっては私の心の支えだ。
    そうして今日も私は、ネットで蔵ノ介くんの情報を漁っているのだ。
    「うーん……」
    いつものようにログインした、裏掲示板。ここでは色んな芸能人の情報がやり取りされている。あの芸能人がどこそこの飲食店に出現したとか、何日の飛行機に乗るらしいとか。場合によっては、住んでいるマンションの住所とか部屋番号とか。そういった真偽不明の情報が、まことしやかに書き込まれている場所だ。
    スポーツ選手だけれどアイドル並みに人気のある蔵ノ介くんも、ここに何度も情報を書き込まれている。
    念の為に言っておくと、蔵ノ介くんの悪口だとか、女連れだったとかいう情報が書き込まれたことは一度もない。あるのは店員さんに優しかったとか、ギャグがスベっていたとか、そういう微笑ましい話だ。
    そんなささやかな情報でも私にとっては貴重だし、良い情報なら信じた方が得というものだ。(蔵ノ介くんの行きつけの飲食店とかも知りたいし。もしかして、偶然ばったり蔵ノ介くんに会っちゃったりして─だなんて、妄想したりすることもある)
    「うん?」
    多数の文字列の中から、私は『sris 生配信』という書き込みを見付けた。ご丁寧にリンクも貼られている。
    srisというのはshiraishiの略で、蔵ノ介くんのことだ(別の白石さんの可能性もあるけれど)。そして生配信というのはそのまま、ライブ配信ということだろう。蔵ノ介くんは普段は配信をやらないけれど、ひょっとしたら、誰か別の人の配信にお邪魔しているのかもしれない。
    貼られたURLはちょっと見覚えのない文字列で、少し怪しかったけれど。アーカイブが残らないかもという焦りが、私の躊躇を消し去った。
    えーい、毒を喰らわば皿までだ。私はリンクをタップした。
    「……?」
    表示された映像は、少し画質が粗かった。やや薄暗い室内で、椅子に座っている人物が一人。蔵ノ介くんだ。どんなに画質が粗くたって、見間違えるはずがない。こんなにかっこいい人は、世界に一人しか居ないのだから。
    「よかったー」
    私は変なサイトに誘導されなかったことと、配信を見逃さなかったこと、二重の意味で安堵した。そしてじっくりと映像を眺めた。
    蔵ノ介くんはテーブルの上の書類を見ながら、コーヒーのような物を飲んでいる。誰かと一緒って訳ではない。
    後ろには白い壁。左奥に少し、廊下みたいに部屋が伸びてて、一番奥に扉が見える。手前にはベッドが見えるし、ホテルの一室っぽい。
    蔵ノ介くんは明日、有明で開催される大会に出場する。ということはここは有明のホテルで、これから意気込みとかを語ってくれるんだろうか。
    私はわくわくとした気持ちで、動画の中の蔵ノ介くんを見守った。
    「……」
    しかし私はだんだんと、不安な気持ちになってきた。蔵ノ介くんが全く喋らないのだ。
    音声に不具合があるのかと思ったけれど、コーヒーカップを置く音や、書類をめくる音はちゃんと聴こえる。蔵ノ介くんはただ、時折手元でペンを回したりしながら、書類を読んでいるだけだった。例え何も喋らなくても、蔵ノ介くんの姿が見られるだけで嬉しいけれど。こんなの配信としては、ちょっとおかしくないだろうか。
    カメラも見ず、喋りもしない蔵ノ介くん。そしてやや粗い画質。私の頭の中に、盗撮─という言葉が思い浮かぶ。私はごくりと、生唾を飲み込んだ。手のひらがじわりと汗ばむ。
    すると動画の中で、コンコンッと、ノックのような音が響いた。続けて蔵ノ介くんが立ち上がり、奥に映っていた部屋の扉を開ける。ドアの向こうから現れたのは、銀髪で長身、色黒の男の人だった。
    ─ちゃ〜い☆
    「あっ、修二くん」
    私はほっと胸を撫で下ろした。
    修二くんこと種ヶ島修二くんは、蔵ノ介くんと同じく関西出身の、元プロテニス選手だ。もっともプロとして活躍したのはほんの一時期だけで、飛行機が苦手だという理由ですぐに引退してしまったらしい。
    今は持ち前の器用さを発揮して、テニスの試合の解説をしたりだとか、スポーツ番組に出演したりだとか、色々と幅広く活動している。
    そんな修二くんはいつもSNSに、色んなテニス選手や芸能人とのツーショットを載せている。SNSが苦手な蔵ノ介くんの写真も多く、私達ファンはいつも助かっているのだ。
    (正確に言うと蔵ノ介くんも、昔はSNSにちょっとよく分からない一発ギャグのショート動画とかを載せてくれていたのだが、今はスポンサーに止められて控えているらしい)
    だからきっとこの動画も、修二くんが仕掛けたドッキリ動画とかなのだろう。私は安心して、動画の中の二人を眺めた。二人は連れ立って、先程まで蔵ノ介くんが座っていた椅子に向かって行く。修二くんは2本持っていたペットボトルのうち1本を机の上に置くと、もう1本を小さい冷蔵庫の中に仕舞った。
    ─ノスケ、何しとった?
    ─アンケート
    ─アンケート?
    ─明日までに書け言われて、試合前やのにホンマに困るわ
    ノスケと呼ばれた蔵ノ介くんは、椅子に座りながら、机の上の書類をトントンと指で叩いた。その仕草も言葉遣いも、普段と比べるとちょっとラフだ。
    普段の映像での蔵ノ介くんは、礼儀正しくて、年上の人には敬語で、不平不満なんて言わなくて。それが全てでは無いと分かっていたはずだけど、こうして目の当たりにすると、ちょっとドキドキしてしまう。これ、本当に配信しても大丈夫なやつなんだろうか。
    ─どんなアンケートなん?
    修二くんが身体を大きく傾けて、興味津々に机の上の書類を覗き込んだ。修二くんの顔が蔵ノ介くんと重なって、こちらからは完全に見えなくなる。
    ─選手情報一覧、とかのやつや。使てるラケットとかシューズとか
    ─『尊敬する選手』とかあるやん。誰書くん?
    ─あー……、どないしよ
    ─俺は?
    ─アホ
    関西弁で返すと、蔵ノ介くんはケラケラと笑った。屈託のないその笑顔は、いつもより少し幼く見える。
    修二くんはそのまま、「俺にしてや」って言いながら、蔵ノ介くんにもたれ掛かった。
    蔵ノ介くんは「重い重い」って言いながら、押し潰されるように机に突っ伏した。蔵ノ介くんの下敷きになったアンケート用紙が、くしゃりと音を立てる。
    ─俺にしてやって
    ─もう引退しとるやろ
    ─引退しとってもええやん
    くすくすと笑い合う二人の声が、私の耳をくすぐる。芸能人や有名人が、カメラの前で必要以上に仲良くして見せるってことは、往々にしてあることだとは思うけれど。今日の二人はあまりにも自然で、見てはいけないものを見てしまったような、何だか不思議な気持ちになった。
    花がほころぶような蔵ノ介くんの笑顔に、逆に戸惑ってしまう。
    ─ほな、次の質問はどないするん?
    ─えー、次?
    ─今までで一番、印象に残っている試合は?
    ─うーん。プロになって最初の試合かなぁ
    ─ちゃうやろ
    修二くんは蔵ノ介くんにのし掛かりながら言った。
    ─竜次と金太郎とやった試合やろ
    金太郎というのは、多分同じ中学出身のプロ選手の、遠山金太郎くんのことだろう。リュウジというのは、ちょっと誰だか分からない。
    しかしリュウジという人と、金太郎くんとの試合が印象に残っているとは、一体どういうことなんだろう。他にもう一人誰か居て、ダブルスで試合をしたということだろうか。
    私の知る限り、蔵ノ介くんはダブルスで試合をしたことはない。ということは恐らくプライベートで、誰かとペアを組んで試合をしたんだろう。その相手が誰かは、分からないけれど。
    ─それも大事な試合やけど
    蔵ノ介くんは修二くんをかわすと、ベッドの縁に座り直した。
    ─昔の試合やん
    修二くんは何も言わずに、机の上の書類をペラペラとめくった。蔵ノ介くんも黙ったままだ。
    ─……
    気まずい時間が流れる。ドッキリにしては妙だ。早くネタバラシして、この沈黙から開放してほしい。そう思っていると、修二くんが書類のシワを伸ばしてから、トントンとテーブルに当てて整えた。それからゆっくりと歩いて、蔵ノ介くんの隣に座った。
    二人の重みに耐えかねて、ベッドが軋んで音を立てる。肩も腕も指先も、ふれてしまいそうなくらいに近い。二人の表情は、こっちからはよく見えない。
    ─明日……
    先に口を開いたのは、修二くんだ。明日、明日の大会で、何かあるんだろうか。そう思った瞬間、部屋の中に電子音が鳴り響いた。
    びっくりした、電話だろうか。でも、二人は動かない。
    ─……
    ─ノスケの携帯やろ? 出ぇへんの?
    ─……
    蔵ノ介くんは、黙ったままだった。
    私は何だか胸がぎゅうっとして、この邪魔な電話が早く鳴り止めばいいのにって願ったけれど。その願いも虚しく、今度は別の電子音が鳴り始めた。
    ─俺もやわ
    修二くんは迷わずポケットから携帯電話を取り出すと、「もしもし」と電話に出た。それを見た蔵ノ介くんも観念したのか、机の上にあった携帯電話に手を伸ばす。
    ─えっ
    修二くんは突然大声を出すと、蔵ノ介くんの方を見た。
    ─ちょお待って。ノスケ、そっち何の電話やった?
    携帯を耳に当てながら、蔵ノ介くんが振り返る。
    ─多分、そっちと一緒ですわ
    心なしか、少し声が震えている気がする。修二くんが蔵ノ介くんの肩に手を置いて、ぐるりと部屋を見回した。一瞬カメラ越しに目が合ったけれど、その表情は、これまでに見たことがないくらいに険しい。
    ─……出よか
    二人は頷き合うと、荷物を持って部屋から出て行った。そこで私も、明日は私も蔵ノ介くんの試合を見に行くんだって思い出して、慌てて準備を始めた。
    準備をしながらもチラチラと、誰も映っていない配信の続きを見ていたけれど。気が付いたらいつの間にか、配信は終わっていた。
    その映像が結局何だったのかは、怖くて確認していない。

    翌日、蔵ノ介くんの試合を見に行った私は、大会に修二くんもエントリーしていることに気が付いた。アマチュアの選手でも、ワイルドカードっていう枠で出場出来るらしい。
    修二くんのSNSでは、出場するだなんて一言も書いてなかったからびっくりしたけど。このまま勝ち上がったら、蔵ノ介くんと対戦することになるのかなってわくわくした。結局その二人の対戦が、実現することはなかったんだけれど。
    それから数ヶ月。蔵ノ介くんのインタビューの記事や動画が上がる度に、欠かさず内容をチェックしているけれど。印象的な試合について話しているところは、まだ見付けられていない。
    その度に私はあの配信を思い出して、そして思うのだ。
    蔵ノ介くんがこれ以上、何を求めているのかは分からないけれど。蔵ノ介くんにとっての印象的な試合が、きっと手に入りますようにって。
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