付き合ってない蔵種とモブ(上)「そしたらさ、『浮気もの』って、バチーンてビンタされてさ」
「はは、自業自得やろ」
本日のデートの顛末を話せば、目の前の銀髪の男がからからと笑った。夜の予定の無くなった俺は、手元のスマートフォンでマッチングアプリを起動する。それがゲイ向けのアプリだと気付いた男が、「相変わらずやなぁ」とこぼす。
俺のスマホには、複数のマッチングアプリが入っていた。男女の出会い向けのアプリもあれば、男同士のアプリもある。
この世の中には、男と女が居る。女としかセックスをしないなんて、世界の半分を捨てるようなものだ。俺はどちらかと言えば女が好きだが、清潔感さえあれば男ともヤるタイプだった。
「修二を見てたら、男とヤリたくなってきた」
「はぁ?」
目の前に座る男─種ヶ島修二が顔を上げた。
「修二が相手してくれたら、それが一番いいんだけど」
「無いわ。ないない」
ノンケの修二が、手を横に振る。
修二は、高校の時の同級生だ。読モ経験もあり、しかもテニスで日本代表になるくらいにスポーツマンの修二は、背も高く筋肉質でスタイルも良く、日に焼けた肌が妙に色っぽい男だ。高校の頃に何度かそれとなく誘ってきたが、全部つれなく断られてきた。女とはすぐにヤるくせに、男には冷たい奴だ。
今日は女に振られた後に、偶然修二に会った。直接会うのは久し振りだったし、お互いに時間もあったから、そのまま適当な喫茶店に入ってコーヒーをすすっている。小腹が空いたらしい修二は、サンドイッチでも追加しようかと、メニューを眺めている。
「修二クラスの男とヤりてぇ」
「残念やなぁ。俺クラスとか、そうそうおらんやろ」
腹の立つことに、事実そうだ。俺はアプリの新規アカウント一覧を眺めた。冴えない写真ばかりで嫌になる。その時、ふと指先が止まった。
「あー……」
表示されたのは、遠目の全身の写真。居るんだよな、顔のよく分からない写真にする奴。でもその写真には、なんだか華があった。
背は、かなり高そうだ。ポロシャツとハーフパンツから覗く手足は長く、白い。しかも筋肉質だ。髪はかなり明るく染めていて、清潔感もある。そして手には、テニスラケット。特技もテニスと記載されている。年齢は俺の三つ下の、大学生だった。
「雰囲気は、結構イケメンかも」
「何や、ええ奴おったか?」
「なぁ修二、テニス界のイケメンに詳しかったりする?」
「テニス界のイケメン? フランス人の奴なら知っとるけど」
「フランス人……? あー、フランス人かも」
俺はアプリの画像を修二に見せた。確かにちょっと、日本人離れした容姿かもしれない。
「こいつ、フランス人?」
「えっ?」
修二は絶句した。手に持っていたメニュー表が、ぱたりとテーブルの上に落ちる。
「どう?」
「や……」
修二はお冷を一口飲むと、コップの結露を指先で撫でた。結露と結露がくっついて、大きな一粒になってテーブルに垂れる。
「フランス人ちゃうけど、知っとる奴かも……」
「へぇ、世間は狭いねぇ」
「もっとはっきりと顔の分かる写真、無いん?」
「こういうアプリだし、警戒する奴は警戒するよ」
「……せやな」
「どうした? 気になっちゃった?」
「そいつと会うん?」
「会いたいけど、新規会員は人気だからなぁ」
「会ったら顔、教えてくれへん?」
「だから、会えるか分かんねえって」
修二は「うーん」って頭をかきながら、メニュー表を開いてはまた閉じた。変な奴だ。
「ほな、植物園でデートしよって誘ってみてや」
「植物園ね。はいはい」
俺は言われた通り、なるべく誠実そうな文章で植物園に誘うメッセージを送った。
「言っとくけど、他人の写真を勝手に使ってるパターンもあるからな」
「分かっとる分かっとる」
そのまま5分くらいスマホを見詰めたけれど、返事は来ない。当たり前だ。今頃向こうには、何通ものメッセージが届いていることだろう。
「あー、俺も入れ食い状態になりてぇ。アカウント作り直そうかな」
「相変わらずやなぁ」
少し落ち着いたらしい修二は、結局サンドイッチを注文した。俺は2杯目のコーヒーを、修二はサンドイッチを飲み食いしながら、だらだらと世間話をする。
結局、返信の無いまま俺達は席を立った。メッセージを送った礼として、レジで修二に奢らせる。店のドアを開けて、ドアベルがカラカラと鳴った。その時、俺のスマホもつられてブーブーと鳴った。
「おっ、返信だ」
「ホンマ? 何て?」
植物園デートの提案が功を奏したのか、俺のプロフィールが良かったのか。相手からは好意的な返事が届いていた。
すぐに返信すればそのままトントン拍子に話は進み、次の週末に会う約束まで取り付けることが出来た。
「やべー、楽しみ。来る奴がイケメンかどうか、賭けねぇ?」
「賭けんでええ賭けんでええ。えーっと、ほんでそいつ、何て名前やった?」
「名前? あー、ふふっ。『白星』だって」
ユーザー名を何にするかには、本人のセンスが出る。白星だなんて、本当にスポーツをする奴らっていうのは、勝つのが好きだ。そう思って修二の顔を見ると、何やら神妙な顔をしている。
「まさか白星って、本名?」
「ちゃう、けど」
「どうした? らしくねぇな」
仮に白星が顔見知りのテニスの後輩だったとしても、大学生がマチアプやろうが何やろうが、本人の自由ってものだろう。ゲイだったのがショックなのかもしれないが、性に奔放な俺達の周りには、色んな奴が居る。今更驚くようなことでもない。あの修二がここまで狼狽えるなんて、ちょっと信じられないことだ。
「まぁ、ほんとに知り合いかどうかも分かんねぇし。また会ってから考えればいいだろ」
「……せやな」
俺達はそう言い合って、その日は別れた。