付き合ってない蔵種とモブ(中1)次の週末は雨だった。
俺はそもそも、植物園になんて行きたくなかったから、いい口実が出来てかえってラッキーだった。白星は、雨の植物園もいい雰囲気だとか、食い下がっていたけど。さすがに面倒だから諦めてもらった。
待ち合わせ場所は駅の構内の、適当なオブジェの前にした。約束の時間の15分前に、もう到着したと、白星から連絡が来た。俺は5分前に到着するつもりだったから、少し待たせることになる。
駅に着いたらオブジェから少し離れた場所で、白星の姿を探した。会う前にどんな相手かを観察するのは、マチアプの鉄則だ。
「……っ」
居た。色素の薄い髪に、あの高身長。そわそわしながら、オブジェの前に立っている。こっちからは後ろ姿しか見えないが、目印にと、デカい耳を持っている(何でデカい耳を目印にしているのかは、全く分からない)。間違いない、白星だ。
俺はスマホのカメラを向けながら、さっと白星の横を通り過ぎた。修二に写真を送る為だ。通り過ぎたら白星の死角に入って、写真を確認する。カメラがいいのか、適当に撮った割にはしっかりと、白星の顔が写っていた。それにしても─
「めちゃくちゃイケメンじゃん……」
普通はアプリには、特に写りのいい写真を載せるものだ。でも白星の場合は、写りの悪い写真を選んで載せたとしか思えない。
全体的に薄い色素に、あの体格にこの顔。ヤバい。絶対にヤりたい。
俺は「めちゃくちゃイケメンじゃね?」のコメントと共に、白星の写真を送った。すると即座に、修二から電話が掛かってきた。
「よぉ、修二」
「……」
「見た? 芸能人かと思った。あんなにイケメンでも、マチアプとかやったりするんだな」
「あのな、一生のお願いなんやけど」
「はぁ?」
俺は思わず吹き出した。一生のお願いとか、小学生か。
「ほんまにお願いなんやって」
「何だよ?」
「そいつには手ぇ、出さんといてほしい」
「おいおい。あんなイケメン、目の前にして?」
「ほんでな、アプリ使うのも止めろって、説得してほしい」
そんなことは他人に干渉されるようなことじゃないし、どうしても説得したいのならば、自分ですればいい。
まぁそれが出来ないから、一生のお願いなんだろうけど。
「それってさ、俺にメリットある?」
「ある」
「ねぇじゃん」
「上手く説得してくれたら、何でも言う事聞くわ」
「え、何でも?」
「何でも。合コンでも乱交パーティーでも、何でもセッティングしたるし。俺の身体も、好きにしてくれてええ」
「……へぇ、何でもかぁ」
俺は「努力する」と言って電話を切った。ヤバい、運が向いてきた。ヘマさえしなけりゃ、修二のツテも身体も、全部使い放題だ。上手くやれば、白星とだってヤれるはず。俺の今までの人生って、今日の為にあったのかも。
俺は有頂天になりながら、白星に声を掛けた。
待ち合わせ場所のすぐ近くに、馴染みの喫茶店があった。奥の座席は、背丈の高い観葉植物の陰になっていて、周りからは見えにくい。俺はこの席が好きだ。
タイミングよく空いていたそのテーブルの、奥のソファ席に白星を座らせる。メニューを渡して、「好きなの選んで」と言う。今日は全部、俺の奢りだ。
白星は遠慮してか、ただのアメリカンを選んだ。お冷を運んで来た店員に、アメリカンを2杯注文する。店員が去れば、楽しい時間の始まりだ。
「コーヒーだけでいいの? 他に食べたいものあったら、何でも注文して」
「あー……、はい」
「何? 緊張してる?」
「はい……」
ほんとにフランス人みたいに白い肌が(とは言え、実際にフランス人を見たことはない)、ほんのりと赤らんでいて、まるで金持ちの持ってる人形みたいだ(金持ちの持ってる人形も、実物を見たことはない)。
「こういうの、初めてだもんね」
「えっ、分かります?」
「慣れてる奴は、わざわざ目印になるような目立つ物とか、持ったりしないから」
「あー……、なるほど」
白星は手のひらをくるくると回すと、鞄の中からデカい耳をパッと取り出した。こんな所で出さなくていい。
「あの場所でさ、俺達の他に5組くらい、アプリで待ち合わせしてたの分かった? 誰もそんなん持ってなかったでしょ」
「えー、5組も? 全然気付きませんでしたわ」
5組ってのはブラフだけれど、まぁ実際、それくらいは居るだろう。
「オブジェの前って、大抵そんな感じだから」
「それって、どうやって見分けるんですか?」
「みんな緊張してるから、バレバレよ」
「でも慣れてる人やったら、緊張なんてしとらんでしょう?」
「慣れてる奴は、待ち合わせ場所で待ったりしねぇから。少し離れた場所から観察して、気に入らなかったらドタキャンよ」
「えー、ひどっ」
白星がおしぼりのビニール袋に指を立てた。袋からぷすっと、穴の空く音がする。
「ほな○○さんも俺のこと、観察しとったんですか?」
白星のイタズラっぽい目が、俺を射抜く。たまんねぇな、こいつ。腰の辺りが、ゾクゾクと痺れた。
「ははっ、バレたか」
「ほな俺は、合格ってことですね」
「お前を不合格にする奴なんて、いねぇよ」
「失礼します。こちらアメリカンになります」
横から急に、店員がコーヒーカップを差し出してきた。折角口説きモードに入ってたってのに、無粋な店員だ。まぁいい、時間はたっぷりとある。
俺達はコーヒーをすすりながら、軽く自己紹介をし合った。まぁ俺のプロフィールなんて、半分以上が嘘なんだけれど。
そうしてある程度打ち解け合ってから、俺達は店を出た。普段だったらホテルに直行したい所だが、今日は特別待遇だ。
「疲れてない? これで解散してもいいんだけどさ。嫌じゃなかったら、この後も付き合ってほしい」
「えーっと。どこか行きたい所とか、あるんですか?」
「水族館に行かねぇ?」
俺は、水族館なら結構好きだ。冷暖房完備だし、薄暗いし。値段が高いのだけが、玉にキズだが。
「ええですね。デートみたいや」
「えーっ、デートじゃねぇの?」
「えっあ、はい」
白星が困ったように笑うから、俺は必死に理性で己を抑え付けた。