付き合ってない蔵種とモブ(下)デートが終わって、俺達は白星の最寄り駅に到着した。それが本当の最寄り駅なのかは、俺には分からなかったが、随分な繁華街だ。
しかし俺としては、ここで終わるつもりなんてさらさら無い。こんなイケメンとマッチング出来るなんて、この先一生、二度と無いかも知れないんだから。
「白星くんさ、もう帰らなきゃダメ?」
「え?」
「もう少し、話したいなぁ、なんて」
「あー……」
「1時間、いや、30分くらいでいいからさ」
「あ、はい。それくらいやったら」
「じゃあ何処か、ゆっくり話せるとこ行こうか」
俺はなるべく警戒されないよう、にこやかに白星を誘導した。雨はもう止んでいて、アスファルトの上の水溜りには、ネオンサインが賑やかに反射している。濡れた傘を持った奴らが何人も通り過ぎて、その度に俺は、白星が濡れないように軽く手を引いた。
あわよくばまた、手を繋いでしまおうって。それなのに俺と白星との距離は、じりじりと広がり始めていた。
「あの」
そうしてラブホ街の入り口に着く頃には、完全に白星の足は止まってしまった。
「あの、俺やっぱり……」
「ひょっとして警戒してる? 大丈夫だって。変な事なんて、何にもしないから」
「や、でも」
「やっぱり白星くんにはさ、色んな人に会ってもらって、ちゃんとした彼氏を作ってほしいんだよね」
「はぁ」
「おすすめのゲイバーとか教えたくてさ。でも、人の居るところだと話しにくいだろ?」
「あー……、はい」
「大丈夫だって。話すだけ話すだけ、な?」
「や……」
白星の足は前には進まなかったが、後ろにも下がらなかった。焦るな焦るな。ここで逃げられたら大損だ。
「警戒しすぎだって。俺より白星くんの方が力あるでしょ。気に入らない事があったら、殴ってくれてもいいから」
「や、そんな訳には」
「この界隈さ、タチの悪い奴とかも居るしさぁ。そういうのの見分け方、教えておきたいし」
「質の悪いのはお前やろ」
突然真後ろから声がして、白星と手を繋ごうとしていた腕をがしっと掴まれた。痛ぇ。振り向けば、見覚えのある銀髪の男。
「っ、修二」
「手ぇ出さんといてって俺、頼んだよなぁ?」
夜の街に照らされた修二の顔は、今までに見たこともないくらいに険しく、苛立っていた。
「はぁ? お前ここで張ってたの? それとも尾けてたのかよ」
「どっちでもええやろ」
そう言いながら修二は、俺と白星の間に割って入った。白星は青ざめながら、「種ヶ島先輩」と小さく呟いた。やっぱり白星は、修二のテニスの後輩か何かだったようだ。そんな俺の冷静な分析をよそに、白星はまるで幽霊でも見るかのような顔で俺を見た。
「○○さん、グルやったんですか?」
「違う違う。そんなドッキリみたいな真似しねぇよ」
「ノスケ、こいつのことはええから、もう帰り」
「何で帰すんだよ。まだまだ夜はこれからだろ」
「ノスケにお前と同じ空気、吸わせたないわ」
「そこまで言うか? 俺だって今日は、白星と楽しくデートして来たんだよ。なぁ? 白星くん」
白星(ノスケ?)は俺と修二の顔を交互に見ると、震える声で答えた。
「○○さんの言う通りですわ。俺が誰と何をしようと、種ヶ島先輩には関係無いやないですか」
「そうそう、その通り」
喜ぶ俺の隣で、修二の盛大なため息が聴こえる。
「分かった。ほなこいつと付き合うてもええけど、とにかく今日はもう帰り。一晩ゆっくりと考えてからでも、遅ないやろ」
「それは、はい。もう帰ろかなとは、思っとったんで」
「え、帰るの?」
結局帰るのかよ。これまでの経験上、次にまた会える確率はかなり低い。逃したくはなかったが、修二に邪魔されちゃ無理そうだ。
「はぁ、しょうがねぇ。じゃあ修二ホテル行こうや。好きにさせてくれるんだよな」
「説得したらって言うたやん。お前、何もしてへんやろ」
「したって。白星、アプリ止めるって言ったし」
「ちょお待ってください」
今度は白星が、俺達の間に割って入る。
「やっぱりグルやったんやないですか。それに好きにさせるって、どういう事ですか?」
「あぁ……。ノスケはもう、帰ってええって」
「その前にさぁ、とりあえずもう3人で、ホテルに入っちまわねぇ? こんな所で男3人で、モメてる方が嫌なんだけど」
修二と白星がデカくて目立つってのもあるけれど。ラブホ街の入口で男が3人揉めてりゃ、道行く奴らがチラチラと様子をうかがってくる。おいおい、見せ物じゃねぇぞ。
しかしそんな俺の提案を打ち砕いたのは、修二ではなく白星の方だった。
「あの、申し訳ないんですけど○○さん、一旦帰ってもらえます?」
「何で俺が帰るんだよ。一番帰りたくないのが俺だよ」
「あんまりしつこいと警察呼びますよ。俺、未成年なんで」
「はぁ? 未成年?」
げ、白星こいつ、年齢詐称してたのかよ。めちゃくちゃ悔しいが、さすがに警察は分が悪い。
「くそっ。次会ったら覚えてろよ」
「まぁ、ここは引いとき。普通の合コンやったら、次セッティングしたるわ」
「絶対だからな」
「平等院とデュークっていう、めっちゃかわええ子紹介したるわ」
「絶対嘘だろそれ」
いかにも小物な捨て台詞を吐いて、俺は駅とは反対方面に向かって歩き始めた。あーっ、クソ、腹が立つ。このままガールズバーにでも行くか、それとも誰か呼び出すか。
そこまで考えて、はたと気が付いた。まさかあいつら、俺を追い出してよろしくやってねぇだろうな。俺は慌てて振り返ったが、人混みのネオン街の中。俺はもうあいつらの姿を、見付けることは出来なかった。
それから、1年ぐらい経っただろうか。
風の噂で、修二と白星(本名は白石というらしい)が、付き合っているという話を聞いた。
修二の奴、未成年に手を出してるのかよって思ったけど、本当は1年前の時点で未成年じゃなかったらしい。クソっ。清純そうな顔をして、白石の奴にまんまと一杯食わされた。
しかし、それにしたって意味が分からねぇ。結局こうなるんだったら俺を介さずに、最初から修二が白石と会ってればよかったじゃねぇか。合コンの約束だって守ってもらってねぇし、本当に大損だ。俺に残ったのはあの日の白石の、ゴツゴツとした手の感触くらいだ。
「……」
俺は想像の中でもう一度、白石の手を握った。しかし白石の表情までは、想像することが出来なかった。
「あーあ。あいつらさっさと別れて、またマチアプやってくれねーかな」
そう思ったら、どうやら口に出して喋っていたらしく。隣りに居た彼女に、バチーンと強烈にビンタをされた。