キキ◯ラ蔵種W杯準々決勝、フランス戦。激戦を終えた俺─白石蔵ノ介は、他の日本代表の選手達と共に、選手タウンの宿泊棟に戻った。
ほんで宿泊棟に入ってすぐに、いつもとは違う光景に気付いた。ロビーの机の上に、一人では抱えきれんほどの、沢山のぬいぐるみが置いてある。
「え、何ですかこれ」
机に並んどるのは、白やピンク─かと思えば、青や黒もある、様々なふわふわの塊たち。見覚えがあるような無いような、名前まではパっと出てこん、絶妙なラインナップのぬいぐるみ達。
側に立っとった黒部コーチが、勿体ぶりながら俺達の顔を見回し、口を開く。
「白石くん、フィギュアスケートって見ます?」
「TVでなら、たまに」
「黄色いクマのぬいぐるみが、スケートリンクに投げ込まれるのを見たことは?」
「あぁ、ありますあります」
その選手が好きだというぬいぐるみが、えげつない量投げ込まれているのを、以前TVで見たことがあった。
「それに影響されたのでしょう。スポンサーの方から依頼がありましてね。選手とぬいぐるみで写真を撮って、SNSにアップしてほしいと」
「ぬいぐるみと写真?」
それは随分とむちゃくちゃな話や。そう思っていると、後ろから軽やかな笑い声がした。
「ははは、中学生は大変やなぁ」
「種ヶ島くん、君達もですよ」
「えっ、俺らも?」
振り返れば、きょとんとした顔の種ヶ島先輩がおった。先輩のくりくりとした瞳が、ぬいぐるみみたいに輝く。
「俺や奏多ならともかく、他の高校生の奴らはキツいやろ」
「……ですので、なるべく中高生でペアになって撮影をしてほしい、とのことです」
「ペアかぁ」
高校生の先輩達の顔を思い浮かべれば、ペアになったところで、どうにかなるとも思えへんかったけど。頼まれとるんやったら、特に断る理由もない。ほんで俺が高校生とペアになるんやったら、あの人としか考えられへん。
「せやったら、俺はキミ様と─」
「困りましたねぇ。私の方のスポンサーの意向も、確認しなければ」
キミ様は携帯電話を取り出して振り向くと、どこかへ電話をし始めた。それを横目に俺は、手持ち無沙汰にその場に佇んだ。
今日、俺はキミ様とダブルスを組ませてもろた。結構息の合ったプレイが出来たと思うし、以前よりキミ様と親密になれたと思う。
せやから、スポンサー的にオッケーなんやとしたら、キミ様と一緒に撮らせてほしいって思ったんやけど。ふと気が付けば、いつの間にか丸井クンがキミ様の横に立っとった。
「……っ」
電話するキミ様の横で、丸井クンが俺に向かって無言で手を合わせる。そういえば、丸井クンはキミ様のファンやった。ここは譲ったった方がよさそうや。
しかしそうなると、俺がペアを組む相手が居ない。合宿からW杯と、色んな先輩と交流させてもろたけど。特にこの先輩と言えるほど、特別に親しい先輩はおらんかった。
「何やノスケ余っとるん? ほな俺と組もか」
「えっ」
突然種ヶ島先輩に声を掛けられて、俺は戸惑った。確かに種ヶ島先輩には、このW杯で色々と─いや、かなりお世話になったし、尊敬もしとる。俺にとっては唯一無二の、かけがえのない先輩や。
せやけど周りの皆は、そんな事情は知らへんし。いつの間に親しくなったんやって聞かれたら、理由を説明するのが少し恥ずかしい。
「どのぬいぐるみにする? 好きなのある?」
しかし種ヶ島先輩は、俺の葛藤など知らずに(まだペアを組むって言うてへんのに)、勝手にぬいぐるみを選びはじめている。
「や、あの」
「どれもかわええなぁ」
せやけどこうなったのなら、強く断る理由もない。もし他の人に、何で種ヶ島先輩とペア組んだんやって言われても、強引に組まされたって言えばええんやし。実際にそれは、事実やし。
そう思っとると、種ヶ島先輩がぬいぐるみの山の中から、二つのぬいぐるみを持ち上げた。
「あ、これええんちゃう?」
種ヶ島先輩の手の中にあるのは、水色の髪の男の子と、ピンク色の髪の女の子のぬいぐるみ─
「リトルツインスターズ、ですね」
電話を終えたらしいキミ様が口を挟む。
「えー、これキキララちゃうん?」
「そちらは愛称です」
「へぇ、そうなん。これにしよかな」
「いいんじゃないですか。今日の白石くんに、相応しいかと」
「あ……」
俺は反射的に下を向いた。
俺は今日、星の聖書を完成させた。それはキミ様と、種ヶ島先輩の力添えがあってこそや。
ギリシャ戦から今日まで、うじうじといじけとった俺は、みっともなくもあったけど。同時に今日という日が輝かしく、誇らしくもあった。
「星の子、や」
パステルカラーでふわふわのぬいぐるみ達は、名前の通りキラキラと輝いて見えた。
「ほな俺はこっちの男の子な。ノスケはこっち」
種ヶ島先輩は水色の髪の男の子のぬいぐるみを持つと、ピンク色の髪の女の子のぬいぐるみを俺に渡した。
「え、俺女の子の方ですか?」
「別にええやろ?」
「恥ずかしいから、男の子の方くださいよ」
「嫌や。俺水色好きやし」
「えぇ」
さすがにピンクのぬいぐるみを持って写真を撮るのは、少し恥ずかしい。しかし種ヶ島先輩はお構いなしに、ポケットから携帯電話を取り出すと、カメラをこちらに向けた。その携帯越しに、キミ様の隣ではしゃぐ丸井クンが見える。
どうやら交渉は成立したらしい。
「あ、そうだ白石」
丸井クンが、キミ様とぬいぐるみを選びながら振り返った。
「ちなみにララって、お姉さんらしいぜ」
「お姉さん?」
それは多分、こっちのピンク色の女の子。そうなると─
「こっち弟?」
水色の男の子─恐らくキキを持って、種ヶ島先輩が頓狂な声を上げた。俺は何やら可笑しくて、種ヶ島先輩とぬいぐるみをジロジロと眺めた。
「ふふ、弟。ふふふ」
「なに笑てんねん」
「やって」
俺がお姉さんのぬいぐるみで、種ヶ島先輩が弟のぬいぐるみ。それが妙にツボってしもて、俺の肩を何度も震わせた。
「ええですよ。俺、お姉さんですから。水色は譲ったりますわ」
「ほな俺は弟やから、姉ちゃんに甘えたろ☆」
そう言って種ヶ島先輩は、俺の肩に頭を乗せた。
「……っ」
「はい、チーズ」
ピンク色のぬいぐるみと、俺の顔と、種ヶ島先輩の顔と、水色のぬいぐるみ。それらがどう写真に収まったのかは、俺にはよう分からへんかった。ただきっと、俺の顔は赤くなっとったから。ピンク色のぬいぐるみで上手いこと誤魔化されてへんかなって、祈るしかなかった。
「SNSに載せとくな。アドレス、教えとくわ」
「あ、はい」
種ヶ島先輩と連絡先を交換して、俺のアドレス帳は1件増えた。その数字が何だか、特別な物に思える。
「それにしても、ラッキーやったなぁ」
「はい?」
「今度はサンサンに、取られずにすんだわ」
「え、どういう……?」
俺が質問する前に、種ヶ島先輩はさっさとぬいぐるみの山に向かって行ってしもた。そのまま半魚人のぬいぐるみを持って、大石クンと越知先輩に薦めとる。
「……ふぅ」
一仕事終えた俺は皆の邪魔にならんよう、壁の方へと少し下がった。
今日は色んなことがあった。俺は負けたけど、次に試合があれば絶対に勝つし。次の準決勝も、誰が出るのかは知らんけど、日本代表の皆も絶対に勝つ。
俺は満ち足りた気持ちで、皆の顔一人一人を眺めた。そしたら種ヶ島先輩と目が合うて、パチリとウィンクをされた。
「わ……」
あの人は、ほんまに。色んな人にああいうこと、しとるんやろうけど。俺は居ても立ってもいられんくなって、「写真撮りますよ」って言うて、色んな人達の写真を何枚も撮った。
その後、俺と種ヶ島先輩とキキララの写真は、SNSでちょっとバズったらしい。日本に帰ってから友香里から聞いて、俺はちょっと、もぞもぞした気持ちになった。