スタンプカード蔵種「幸村クン、ちょっとええか?」
客室の扉を開けると、室内には幸村ともう一人、小柄な少年の姿があった、
「あ、越前クンもおったんか」
「……っス」
「どうしたんだい白石、何か用かい?」
「あー、せやなぁ……」
微笑む幸村を前に、白石は言い淀んだ。選手タウンで幸村は、同じ中学生3年生である跡部と同室だったはずだ。跡部になら聞かれてもいいと思っていた話も、中学1年生の越前の前では違ってくる。
「俺、邪魔っスか?」
しかし聡い越前は、すぐに白石の思惑に気付いたようだった。
「や、邪魔ちゃうんやけど。越前クンにはまだ早いかなぁて」
「子供扱い、止めてほしいんスけど」
「ふふ。ボウヤはこう言ってるけど、どうする? 白石」
「うーん、まぁええか」
越前は生意気なルーキーではあるが、平時はクールな少年だ。そう、どこかのゴンタクレと比べれば、随分と大人びている。
「実はな、幸村クンに相談したいことがあるんやけど」
「いいよ。テニスのこと?」
「や……、恋愛相談なんやけど」
「えっ」
幸村が驚きの声を上げた。無理もない。W杯前の合宿で同室だった白石と幸村は、他校生にしては随分と親しくなった。だが、このような個人的なことを相談するのは初めてだった。しかし他の誰でもない幸村に相談する理由が、白石にはあった。
「ほら、俺な、付き合うてる人が、あれやから」
「あぁ」
白石は、同じU17-W杯で日本代表選手である、同性の種ヶ島と付き合っていた。そして幸村もまた、代表選手であり同性の毛利と付き合っているのである。
「でもそういう話だったら、ボウヤの前では……」
幸村が、チラリと越前の顔を窺った。
「別にいいスよ。俺も、男の先輩と付き合ってるんで」
「えっ、そうなん?」
「相手は? 誰なんだい?」
種ヶ島と毛利はオープンな性格である。この二組が付き合っているのは周りに薄々勘付かれてはいるが、他にもカップルが居るとは初耳だ。
「徳川さんスけど」
「うわっ、そうなん? 知らんかったわ」
「毎日練習してたのに……。徳川さん、水臭いな」
これまたクールな高校2年生の徳川と、越前がどのようにして付き合うに至ったのか。興味はあるが、本題はそれではない。
「はー、ほな気ぃ遣わんでもええか。や、付き合うてるとな、その、一線を越えることとかあるやろ?」
「ちょっと白石、ボウヤの前でそれはまずいよ」
「別に。俺も経験あるんで」
「えっ、そうなん?」
この生意気なルーキーは、そちらの方面も早熟らしい。
「うわ……、聞きたくなかったな」
「まぁそれもそうか。アメリカ帰りやもんなぁ」
「アメリカは関係ないし」
「ほんで幸村クンの方はどうなん?」
「まぁ相手は高校生だし、それなりにね」
「せやんな。ほんでな、悩んどるのはその、回数が多すぎるんちゃうかなって。あんまりそればっかりになってもあかんやろ?」
「うーん、そうだね。負担にもなるし」
「せやけど、向こうがしたがっとるのに無下にも出来へんし。帰国したら今みたいには会えへんって思うと、俺も止まらん時あるし」
「へぇ。白石さんもそういう感じなんだ」
「こーら、茶化さんといてや。ほんで幸村クン達はどうなんやろって、聞きに来たんやけど」
「どうって言われても」
「頻度とか、どれくらいなん?」
「それは……、白石はどうなんだい?」
幸村は言い淀んで、質問をし返した。幸村一人の話ではない。軽薄に話すことでもないだろう。
「ウチはなぁ、まだ付き合うて日も浅いのに、もう5回もしてしもた」
「ふーん。こっちは6回。俺の勝ち」
「さすがやな、越前クン」
「で、アンタは何回?」
「……ボウヤより、少し多いくらいかな。でも、これは勝ち負けの話じゃないよ」
「ま、そっスね。回数より中身だし」
「中身て……やらしいなぁ」
「白石さんが言い始めたんじゃないんスか」
「や、せやけど、越前クン達がそない早いとは思わへんかったわ。体格差とかも、かなりあるやろ?」
「ちょっと、白石」
「幸村クンかてどうなん? ひょっとしてもう─」
「変な詮索はよしてよ」
「やって気になるやんか。何回目くらいから、舌とか入れてもええんやろ、とか」
「え、舌?」
「舌。興味ないん?」
「舌を、何処に入れるんスか?」
「ん? 口やけど?」
「口?」
「……」
三人は黙ると、それぞれの顔を見て様子を窺った。
「えーっと、ディープキスってことやけど」
「あー……、っス」
「うん、そろそろ解散しようか。明日も早いし」
「ちょお待ってや、何の話しとったん?」
「何って、キスの話だろ?」
「ほんまに? ほんまにホンマ?」
「ほんとほんと」
白石は越前と共に、幸村に諭されるように、部屋から追い出された。訳も分からず、隣に立つ越前の顔を見れば、生意気そうではあるがやはり幼い。ファーストキスすらまだだと言われても、誰もが皆、信じるだろう。
「キスの話、やんなぁ?」
白石は、独り言のように呟いた。
「白石さん─」
越前は不敵に、いつもの馴染みの口癖を言った。
「まだまだだね」