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    kk_69848

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    kk_69848

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    付き合ってる蔵種(W杯後の2〜3月くらい)
    口紅の広告ネタ

    口紅「口紅ぃ?」
    梅田のデパートの化粧品売り場の前で、種ヶ島が頓狂な声を上げた。隣の白石が、思わず俯く。
    「俺も嫌やって言うたんですけど、どうしてもって」
    「それって例のやつやろ? 跡部財閥の」
    「はい。商品までは、聞いとらんかったんで」
    W杯で一躍有名人となった白石に、跡部財閥から広告モデルのオファーがあったという話は聞いていた。跡部財閥が扱う商品は幅広い。さてはスポーツ用品の広告か、それともスポーツ飲料かと沸き立っていたが、まさか化粧品だったとは。
    「他に誰が出るんやったっけ?」
    「跡部クンもですし。他に越前クンに不二クン、幸村クンと、キミ様ですわ」
    「はは。ノスケ浮いとるなぁ」
    「分かってますて。俺は中性的でも、セレブでもないし。何で選ばれたんか分からへん」
    「サンサンのバーターちゃう?」
    「あぁ」
    白石はフランス戦にて、君島とダブルスを組んだ。人気芸能人である君島との映像は、TVで幾度となく取り扱われた。
    「引き立て役─ってことですか?」
    「ふふ。普通の男でも、気軽に化粧してやってことやない?」
    「男が化粧やなんて、変やないですか」
    「でもなぁ。今、口紅売れてへんのやって」
    「はい?」
    「コロナでみんなマスクするやん。付けても意味ないわって、売られへんのやって」
    「えっ。女の子って、楽しいから化粧するんやと思ってました」
    「子供はな。校則破ってするんは楽しいやろうけど、大人はちゃうんやろな」
    「ははぁ、なるほど」
    「せやから、男に化粧品売りたいんやろ」
    「えー、売れます?」
    「売れる売れる。今におっさんでも化粧する時代来るで」
    「ほんまですかぁ?」
    「どないする? 三船監督がマスクの下で口紅しとったら」
    「ちょお、あの人そもそもマスクせんでしょ」
    二人はくすくすと笑い合った。白石の方は、初めこそ口紅の調査をしたそうにしていたが。気が削がれたのだろう、そのまま種ヶ島と共に雑踏に消えた。

    二週間後。東京での撮影を終えた白石は、種ヶ島の部屋に遊びに来ていた。手土産にと、いくつかの紙袋を携えている。
    「これがお菓子で、こっちは口紅です。お母さん達にどうぞ」
    3本ある口紅は、ご丁寧にそれぞれ別の紙袋に入れられていた。
    「おおきに。3本も?」
    「パーソナルカラーって、あるやないですか。撮影後に好きなのくれる言うんで、お母さん達に似合う色、探してきました」
    種ヶ島と交際している白石は、種ヶ島の家族全員と会ったことがある。この3本の口紅は、種ヶ島の祖母、母、妹へのプレゼントだろう。
    「撮影、どうやった?」
    「楽しかったですよ。みんなと久し振りに会えたし、キミ様はほんまにかっこよかったです」
    「写真とかないん?」
    「撮影しとるとこならありますよ」
    白石がスマートフォンで、いくつかの写真を表示していく。
    「跡部クンもですけど、キミ様の色気がほんまにすごくて」
    「ノスケこれ何しとるん? 口紅食べようとしとる?」
    「食べませんて」
    液晶画面の中の白石は、やけに無邪気に笑っていた。中1の越前ですら妖艶に微笑んでいるというのに、中3の白石がこれでは形無しだ。
    「えらいわんぱくな顔しとるなぁ」
    「ええでしょ? わんぱくな人も買うてくださいってことですよ」
    「ふふ。売れるとええなぁ」
    種ヶ島は口紅の箱を1本袋から取り出すと、箱を開けた。
    「あ、それプレゼント」
    「使わせて」
    蓋を開けて容器を捻り、白石の唇に当てる。
    「んっ」
    口紅が、ゆっくりと唇をなぞった。感触を確かめるかのように丁寧に、ゆっくりと。
    「んぅ」
    塗り終えた口紅が、名残惜しそうに唇を離れる。
    「……」
    種ヶ島は、黙って白石を見ている。それが白石にとっては、どうにも居心地が悪かった。こんなことをして、一体何を考えているのか。じわじわと頬が熱くなっていくのを、白石は感じた。
    「綺麗や」
    沈黙を破るように、種ヶ島が口を開いた。
    「綺麗やで、誰よりも」
    随分と、優しい声だった。
    「お世辞なんて、ええですよ」
    「何で? 世界一キレイやで」
    「……浮いとるって、言うとったやないですか」
    「そんなん、余所で色気出さへんように言うただけやん」
    「え?」
    白石の切れ長の目が、一瞬丸くなる。
    「わざと意地悪言うたってことですか?」
    「はて。何のことやら」
    「ちょお。バーターとか何とか、言うとったやないですか」
    詰め寄る白石に、種ヶ島がもう1本の口紅を手渡した。
    「俺にも塗って」
    こちらも、種ヶ島の家族の為に選んだ色だ。種ヶ島には似合わないだろう。しかし白石は促されるまま、種ヶ島にその色を塗った。
    「ん」
    唇というものは、案外柔らかく、立体的で塗りにくい。白石ははみ出ないようにそっと、角度を変えながら少しずつ塗り進めた。口角の方へいけば塗りやすいよう、種ヶ島が薄く口を開けた。中にしっとりと塗れた舌が見える。
    「……」
    近い、近い。息遣いを感じる。鼓動を感じる。種ヶ島の唇をこれ程までに凝視したのは、白石にとって初めてのことだった。
    「……えっと、塗れたと思います」
    「どう?」
    「綺麗です。世界一」
    それは白石にとって、真実の言葉だった。先日聞いたパーソナルカラーの話も、今となっては馬鹿馬鹿しい。現に目の前の種ヶ島は、世界一美しいのだから。
    「なぁ。この色とそっちの色、混ぜたらどうなると思う?」
    「え、やらし……」
    「そんなん言うて、ノスケも興味津々やろ」
    「せっかく綺麗に塗れたんやから、今日はキスしません」
    「ほんまに? 我慢出来る?」
    「出来ますって」
    紅い唇の種ヶ島は、やはり吸い寄せられるように綺麗で。宣言通り白石は、唇を重ねることを……ほんの数秒、我慢した。
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