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    kk_69848

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    kk_69848

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    モブ女視点の蔵種です。

    合コン「白石くん、大丈夫?」
    「うーん……」
    「店員さーん。お水くださーい」
    小洒落た居酒屋のテーブルの端の席で、私はカクテルに刺さったマドラーをくるりと回した。
    ─今日の合コン、当たりだと思ったんだけどなぁ。
    向かいの席では、某大学の薬学生という白石くんが、潰れてテーブルに突っ伏している。かろうじて意識はあるが、今にも寝落ちしそうなくらいにはぼんやりとしている。
    「白石くーん」
    「……」
    「ダメかぁ」
    いつもだったら、合コンで飲み過ぎて潰れている男だなんて、絶対に放置する。医学生だったらまだしも、それ以外は絶対にない。
    でも、白石くんは違う。
    ─肌、キレイ。まつ毛、びっしり。
    捨て置くには、あまりにも美しい。
    「おーい。私、帰っちゃうよ?」
    白石くんの身体が呼吸と共に、無言で上下に揺れる。名前の通りに白い肌が、アルコールで紅く染まって何とも色っぽい。色素の薄い艷やかな髪が、きりりとした目元に深い影を落として。まるで外国の王子様みたいで、見ているだけで胸がときめいてしまう。
    「◯◯ちゃん、そんなヤツ放っといて話そうよ」
    急に場違いな声がテーブルに響いて、私と白石くんの世界はガラガラと崩れた。合コンの幹事の暑苦しい顔が、こっちを見ている。
    「うーん。でも、白石くんが心配だし」
    「◯◯ちゃん、優しいなぁ。それとも白石狙い?」
    「あはは、どうだろ」
    「マジ? 俺にしてよ」
    幹事が大きな声でからからと笑った。この幹事、顔は悪いがノリはいい。今日も、急遽参加したいと言った白石くんの為に、手早く色々と調整をしてくれたらしい。うんうん、出来るヤツだ。
    「お待たせしました」
    店員さんがテーブルに、全員分のお冷やを置いていった。氷がカランと鳴って、何とも清々しい。
    「白石くん、お水だよ」
    「うーん……」
    無視されるかとも思ったけれど、白石くんはのそりと起き上がると、ごくごくと水を飲み始めた。
    「ふー……」
    「すっきりした? 私の分も飲む?」
    「ん。おーきに」
    白石くんは私のグラスを受け取ると、もう半分くらい水を飲んでからテーブルに置いた。
    「大丈夫?」
    「んー……」
    白石くんはぼんやりとした顔で、周りを見回した。テーブルの反対側では、みんなが手相の話で盛り上がっている。合コンとしては、いささかレベルが低い。
    「つまらんわ……」
    白石くんがぼそりと呟いた。透明感と落ち着きを併せ持った、いい声だ。何だか背筋がぞくぞくしちゃう。
    「えー、じゃあ、白石くんの好きな話しよ」
    「んー……」
    「白石くんって、何が好き?」
    「あー……」
    「休みの日とか、何してる?」
    「……セックスしたい」
    「えっ」
    私は耳を疑った。今、セックスって言った? さすがに酔いすぎじゃないだろうか。しかし考えてみれば、これは逆にチャンスだ。
    「えーっと、今?」
    「んー……」
    「じゃあ、さ」
    二人で抜けちゃう? なんて。
    「俺なぁ……」
    「うん」
    白石くんの、語気が強まる。
    「もう三週間も、セックスしてへんのやって」
    「……え?」
    さっきまでとは違う意味で、目の前がチカチカと光る。
    三週間、ねぇ。はぁ、そうですか。
    私はスマートフォンで、ちらりと時刻を確認した。やっぱり今日の合コンは、ハズレかもしれない。
    「忙しい忙しい言うて、最近全然会われへんくて」
    「あ、へぇ。そうなんだ」
    「今日こそ、ゆっくり会えるはずやったのに」
    「うんうん」
    「やっぱり無理やって言われて」
    「あちゃー」
    「しかも会われへん理由、何やと思う?」
    「えー、何だろ?」
    「頼まれて、合コンの幹事やらなあかんのやって」
    「合コン?」
    「おかしいやろ? 俺がおるのに合コンとか」
    「あはは。だから白石くんも、仕返しに合コンに来たって訳だ」
    「せやで。合コンでめっちゃモテたるわって、啖呵切って来たったわ」
    「あはは。全然モテてない」
    「あ……、それは言いっこなしやで」
    勿論、普通に飲んで普通に喋っていたらモテるだろうけど、現状全然モテてはいない。まぁ、私が白石くんを狙っているから、他の女の子達が諦めちゃってるっていうのも、あるとは思うけど。
    しかしふーむ。つまりは本命の彼女が居るという訳か。よく見れば白石くんの筋張った大きな手の、左手の薬指の付け根に、ちょっと前までは指輪をしていたかのような跡がある。
    「でも分かる。会えないのって、辛いよね」
    ならばこのチャンス、利用させてもらおう。
    「……」
    「私だったら白石くんに、そんな思いさせないのになぁ」
    まるでドラマみたいな、歯の浮くような台詞だけれど。結局はこういう単純な言葉が、何よりも男には効くのだ。
    「なんてね。彼女さんもきっと、反省してると思うよ。後で絶対に仲直り出来るよ」
    ふふふ、見よ。これが男にとっての、都合のいい言葉だ。これで彼女の機嫌が悪いままだったら、私の価値がぐっと上がる。
    「うーん……。彼女、ちゃうけど」
    白石くんは歯切れの悪いまま、残った水を一口飲んだ。
    「え?」
    彼女ではない、ということは……。つまり、セフレってこと?
    ふむふむ。通常であれば、セフレと指輪の交換などはしないものだが。どうやらこの男、大学生になってから遊び始めて、まだ遊び慣れていない、そんなところか。詰めが甘い甘い。この私が本気を出せば、簡単に落とせそうだ。
    そう思っていると、テーブルの上のスマートフォンが軽快なメロディで鳴り始めた。液晶画面に表示されているのは、バイト先の店の名前だ。きっとシフトを代われだとか、そういう電話だ。
    「ん……。電話?」
    残った水をちびちびと飲みながら、白石くんが尋ねる。さっきよりも幾分か、正気に戻っているようだ。電話を切ろうと伸ばした手が止まる。
    ここはシフトを代わって、いい子ちゃんアピールをした方がいいのかもしれない。
    「バイト先みたい。ちょっと電話してくるね」
    私はちょっと困った感じに笑って、スマホを片手に店の前まで出た。電話は案の定シフトの件で、私はそれを二つ返事で引き受けた。さて、では店内に戻るか。そう思ったその時、急にちょっと高い位置から声がした。
    「お姉さん、ちょっとええ?」
    ナンパ? 今はそれどころじゃない。
    「すみません。彼氏を待たせてるんで」
    正確にはまだ彼氏ではないが、近いうちにそれは真実となるだろう。
    「ちょお待って待って。ナンパちゃうて」
    少し高めの、余裕ぶった男の声。このまま無視してもよかったが、今の私はいい子ちゃんなのだ。誰に目撃されても落ち度の無いよう、一応は振り返った。
    「はい?」
    後ろに立っていたのは、褐色の肌の男だった。185センチくらいはあるだろうか。高めの身長に、ふわふわの銀髪。着ている服も、なかなかにセンスがいい。
    ふむ。今日はいい男とよく会う。
    「あらら。お姉さん、えらいべっぴんさんやなぁ」
    「あの、何か?」
    「デート中やった? 邪魔して堪忍な」
    「あの……」
    何だ? やっぱりナンパじゃないか。さっさと店内に戻ろう。私は足を進めた。
    「待って待って。今、人を探しとるんやけど。この辺にめっちゃイケメンおらんかった?」
    「イケメン……?」
    めっちゃイケメンと言われたら、一人しか思い当たらない。しかしそんな偶然、ある訳ないだろう。
    「おらへんかった? 合コンするんやったら、この辺の店やと思うんやけどなぁ」
    そう言いながら男は、ポケットから何かを取り出すと、上空めがけてぽんっと投げた。キラキラと輝く金の輪っかがくるくると落下して、そのまままた男の手のひらの中に、パシッと収まった。
    「あっ」
    見れば男の左手の薬指にも、同じく金の輪っかがはまっている。
    「白石くんの、セフレ」
    全てのピースがピタリとはまって、私は思わず男を指差した。男はくるんとした目を見開くと、私を凝視した。
    「えっ?」
    「あ……」
    「ノスケの、知り合い?」
    「……」
    ノスケ、とは? そう言えば、白石くんの下の名前は、蔵ノ介とかいう古風な名だったか。
    「ノスケって俺のこと、そんな風に言うとるん?」
    男は指輪をポケットに仕舞い込むと、ぽりぽりと頭をかいた。
    正確に言うと、白石くんはそんなことは一言も言っていないのだが。何だか面白くないので、私は否定も肯定もしなかった。
    「白石くんを、迎えに来たんですか?」
    「せやで。悪い虫が付かへんようにな」
    「白石くん今、潰れてますよ。合コンが楽しすぎて、飲み過ぎちゃったみたいです」
    「……へぇ。お姉さんは、彼氏とデート中ちゃうん?」
    私のちくりとした悪意に、男の悪意が重なる。
    「あはは。さっきまでは、彼氏だったんで」
    「お持ち帰り、出来ひんかったん?」
    「まさか。居るんで、彼氏」
    今頃残業中の本命の彼氏の話は、今は関係ない。
    「あー、でも、彼氏に会いたくなってきちゃったかも。あの、私もう帰るんで、会費払っといてもらえません?」
    「えぇっ」
    男はまた別の意味で目を見開くと、くつくつと笑って、そして私に手を振った。
    「ええで。教えてもらったお駄賃☆」
    「そんなそんな。手切れ金ですよ」
    本当は奢ってもらうはずだった会費、是非この男に払ってもらおう。
    「俺も、彼氏に会いたなってしもたわ」
    男はそのまま、店の中に入っていった。あーあ。あの店、二度と行きたくない。
    そして私は私で、合い鍵片手に彼氏の部屋に向かったから。その後どうなったのかは知らないし、興味もない。だからもうこの話は、ここでおしまい。
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