【初運転】「じゃーん!!運転免許取りました!」
乙骨が開口一番に見せてきたのは取り立て新品の免許証。18歳になったばかりの乙骨は誕生日を迎えて以降、授業や任務の後用事があるからと恋人である伏黒とも会う頻度が減った。そんなに大事なことでもあるのかと伏黒が少し拗ねつつ寂しい思いをしていた矢先の出来事である。どうしても伏黒くんを驚かせたくて。と黙っていた理由をあかし、手を合わせごめんねと謝る可愛らしい姿に自分が嫌われたからとかいう理由じゃなかったことに安堵する伏黒。
「これで休みの日は伏黒くんともっと遠くに行けるね!」
ソワソワしながらどこに行こうかと悩む乙骨。
「それで?今からどこに連れてってくれるんですか?」
「いいい今から?!!?今からはちょっと…ほら!車もないし」
「車は五条先生に借してもらうんでしょ」
「えっ!!?なんでそれ知ってるの?!」
そう、伏黒はすでに知っていた。というのもちょっと前に五条先生から聞いてしまったいた。
『憂太の初運転に付き合ってドキドキしてる様を顔近づけてジーーっと眺めていたいよね〜』
なんてワクワクしながら楽しそうに話す緊張してる人のことなんて気にも止めない五条先生の言葉に若干イライラしつつ、不可抗力で乙骨が免許を取ろうとしていることを知ったのだった。
「先生…せっかく黙ってたのに…で、でも車の鍵まだ受け取って───」
「鍵ならその時に五条先生から受けとりました」
『すっごい残念なんだけど、僕は今日も仕事で付き合えないから代わりに恵、鍵渡してきて。ついでに憂太とドライブ行って乗った感想聞かせてよ!』
と言う五条先生の言葉を真似する気もない低いトーンで再現した伏黒がポケットから車の鍵を取り出し乙骨の前でジャラジャラと振る。
「ということです。これで言い逃れはできませんね」
「う…でもでも僕知り合いを乗せるの初めてだから緊張でうまく運転できないかもよ?酔っちゃうかもよ?」
「ここでうだうだ言っても仕方ないです。車の中で聞きます」
どうしても自分を乗せたがらない乙骨の言い訳を聞き流しながら車へと向かう伏黒。渋々後ろをついてくる先輩は何故かがっかりした表情をしていて本当に運転出来るのか不安になりそうだ。駐車場に行き五条先生の指定した駐車スペースまでたどり着くとそこにはセダンタイプの黒い車が。どう見ても普段任務の移動手段に使う高専所有物の車にしか見えない。車に傷でもつけてしまったらと乗るのを渋る乙骨をぶつけたら五条先生が弁償するだろうと言い聞かせてようやく運転席まで座らせた。諦めたようにため息をつくと頬を叩き、気合を入れる乙骨。
「よし、行くよ!伏黒くん!!」
「はい。よろしくお願いします」
これから敵地にでも向かうのかというくらい殺気立つ乙骨に少し呆れながらも不安しかない伏黒。
「まずはアクセルとブレーキの位置を確認でしょ…次はパーキングブレーキがかかっていることを確認する…。次は…」
まるで自動車の説明書を丸暗記したような言葉で運転前の確認をしている乙骨を助手席に座りシートベルトを締めた伏黒はたいくつそうに見つめる。5分くらいかかってようやくゆっくりと動き出した。
「動いた…」
「当たり前じゃん!僕、運転できるんだから!」
まだ数メートルしか動いていないのに嬉しそうな乙骨。今までにないくらいテンションの高い様子にこちらも気分が高鳴る。見慣れた景色がゆっくりと動いている様子に何故か感動を覚える2人。高専を抜け出して公道を走り出す頃には少し余裕も出たのかスピードも出て進む景色にワクワクする。
「やっと外に出ましたね。本当に先輩が運転してるなんて信じられないです」
「そうでしょ。僕もとうとう大人の一歩踏み出せたんだよ!」
前を見つめる乙骨の瞳はキラキラと輝いていてこれから始まる冒険に希望を見出してるところだろうか。伏黒も乙骨との初めてのドライブに期待が膨らむ。
「本当にすごいです。それで、今からどこに向かうんですか?」
「うーん、わかんない。決めてない。悪いけどこれから運転に集中したいから話しかけないで」
前に釘付けになったままこちらも一瞬たりとも気にかける余裕のない乙骨は真剣な眼差しに変わり、運転だけに集中している。せめて行き先くらいは決めたほうがいいと思うんだが。話しかけたい伏黒だが、さすがに運転の邪魔はできないので話すことはできず車内は走行音以外の音がないシンとした空間と化してしまった。
高専からの山道を抜ける頃には乙骨も運転に慣れたのか大分安定した走行にかわってきた。だが乙骨に話しかけられない伏黒はまたも退屈そうに流れる景色を見つめている。せっかく先輩とドライブデートだと思ったのに話すこともできないようじゃデートの意味もない。一本道をひたすら走り続け、危なげなく海沿いまでたどり着いた。いつまで黙って運転するつもりなのだろうかとぼーっと乙骨を見つめる。
いつにもなくキリッとした表情で前を見つめる先輩。いつものふにゃっとした笑顔に見慣れてるから、真面目な横顔を間近で見るのは初めて見るかもしれない。珍しい先輩の姿に目が離せない。戦闘時以外にこんなかっこいい姿を見れて胸がときめく。
すると突然道を逸れ側の駐車場に入って行く。そこは比較的広い道の駅。空いてる駐車スペースを見つけるとスムーズにバック操作でスペースに入れていく乙骨。バックミラーとサイドミラーを交互に見つつ、少しドアを開けて目視でも確認しながら片手でハンドル操作をする姿に伏黒はドキリとしてしまう。こんなかっこいい姿を独り占めしている自分が嬉しくてたまらない。
ようやく駐車を終えるとエンジンを切りエンジン音が止まるのと同時にスイッチが切れたようにハンドルに頭をぶつける乙骨。安堵のため息が車内に響く。
「やっと着いた〜。僕もうヘトヘトだよ…」
「お疲れ様です。ずっと集中してましたしね」
ついさっきまであんなに真剣で決まってる表情をしていたのに今では萎びたように疲れた顔をしている先輩が面白くて笑みがこぼれる。
「休憩しましょう。何か食べませんか?ご馳走します。」
「本当?僕喉渇いちゃった。何があるのかな」
ウキウキしながら車から降りる乙骨にようやくデートらしくなってきたなと思う伏黒。その後2人でご当地グルメを食べ、物産を見つつ最後にアイスを買って車まで戻ってきた。
「たくさん食べたね。どれも美味しかったよ!ご馳走さま、伏黒くん。ありがとね」
運転席で食後のアイスを頬張る乙骨が幸せそうな顔をしている。あっという間にたいらげ唇を舌で舐める姿が艶かしくて最後まで目が離せない。
「先輩が頑張ったご褒美ですよ。よかったです、復活して」
「心配かけてごめんね。本当はもっと運転に慣れてから伏黒くんを乗せたかったんだけど…」
「その間、誰かを乗せる予定だったんですか?」
「うん、五条先生に付き合ってもらおうかなって思ってたんだ。先生は運転できるみたいだし」
「…それは絶対駄目です」
「えっ?」
伏黒の表情が段々と曇ってきてムッとした表情に焦る乙骨。
「五条先生でいいなら俺でもいいじゃないですか。先輩の運転が下手だろうが先輩の隣に俺以外の誰かが座るなんて俺は嫌ですね」
「…でも僕はかっこ悪い姿を君に見られたくないよ」
「先輩にかっこ悪いとこなんてなかったですよ。完璧じゃないですか。むしろ先輩の運転する姿なんてかっこいい以外のなにものでもなかったです。先輩にときめいてしまいました。隣でずっと見てた俺が言ってるんだから間違いないです」
うう…と小さくうめきながら頭をぼりぼりかく乙骨。顔が真っ赤に染まり耳も赤い。
「それなんだけどさ…伏黒くんずっと僕のこと見てたでしょ。見返す余裕はなかったけどずっと視線感じてたもん。恥ずかしくて心臓飛び出そうだったよ。さすがにそれは心臓に悪いからやめて?」
ぼそぼそと聞き取りづらい声で話す乙骨。恥ずかしいことがあるともじもじして落ち着きがなくなる。普通なら可愛いらしいですむことだろうがやきもち焼きの伏黒は納得いかないようで。
「じゃあどうすればよかったんですか?せっかく2人きりのドライブデートなのに会話もなしなんてデートの意味ないでしょ」
「………ごめんなさい」
想像以上にシュンと落ち込み俯く先輩に本当に表情の多い人だなと思う。見ていて飽きることのない愛しい人。後頭部を優しく撫でてやると一瞬ピクっと揺れる体。
「そんな調子でどうするんですか?まだ帰りがあります。帰りは喋りながら運転してみましょう」
「そうだ…また運転しなきゃいけないんだ…う〜緊張してきた」
再び頭を抱え不安そうに髪を握りしめる。コロコロ変わる表情が面白くてつい笑ってしまう。不満げな顔で振り向く乙骨。
「大丈夫ですって、ここまで安全運転で来れたんだから帰りも同じことするだけです。ただし少し喋ってみましょうってだけですから」
髪を握る手をほどき、自らの手を絡める伏黒。手汗なのかじっとりと湿っている先輩の手。
「ほら、いつもと同じですよ。この前もこうやって手を繋いだでしょう。それと同じです。変に緊張する必要なんてないんです」
「うん…そうだね。いつもと一緒だ。ありがとう伏黒くん。僕、頑張るね」
ぎゅっと握り返される手。だがすぐ愛おしい手は離れその手はレバーに移る。
「シートベルトはしたね?じゃあ、帰ろっか」
行きと同じ操作でエンジンをかけ来た道を進行する車。名残惜しい手の感触。ずっと触れていたいが今だけは我慢だ。
少しだけ窓を開け勢いよく入ってくる風を感じながら今日の思い出話に胸を弾ませ帰路につく。行きの重々しい空気とは違い、帰りは爽快な気持ちで初めてのドライブデートを満喫する2人だった。