お題【特技】伏黒は頭を唸らせる。
今日は乙骨の部屋で2人きりの時間を満喫していた夕暮れ時の出来事。乙骨と一緒にいるときは料理担当になることが多い伏黒。なぜなら乙骨は食に関してあまり興味がないらしく食べたいと思う料理が浮かばないらしい。伏黒くんが作るものならなんでも食べるよ。毎度同じような台詞しか言わない先輩をジト目で見つつ仕方なく勝手に作りますとだけ言ってキッチンに立つ。
先輩が喜ぶ料理を振る舞いたい。何がなんでも先輩の喜ぶ顔が見たい。
それだけの理由で料理をする伏黒だがメニューがなかなか決まらない。とりあえず作りながら考えるかと冷蔵庫を開けると存在感のあるキャベツ一玉。キャベツだけはいっつも入ってるんだよな…と思いつつそのキャベツを取り出して切り始める。新鮮なキャベツがキュッと音を立てて切れていく音とトントンと包丁の音が部屋に響くとその音に釣られたのか乙骨がそばにやってくる。
「伏黒くん何作るか決めたの?」
「…まだ決めてません。キャベツ消費してるだけです。」
アンタのせいで目的なくキャベツが切られていってるんだが。少しの苛立ちを抑えつつキャベツを千切りにしていく。苛立ちのせいかまばらな幅で見た目も悪い。だがどうせ口に入れば見た目なんて関係ない。そんな伏黒の手先を黙って見ていた乙骨が口を開く。
「伏黒くん、僕も切りたい。代わってよ」
何を言い出すのかと思えば料理に参加したいと言う。そそくさと手を洗って準備を始める。
「いや、先輩調理とかめんどくさいんでしょ」
「でもできないわけじゃない。僕、切るのは上手い方だよ」
そう言うと腕を大きく振りかぶって斜めに切る動作。いや、それ【切る】じゃなくて【斬る】方でしょ。呆れながら見守る伏黒だがやる気満々の乙骨に押されるようにキッチンを譲る。部屋のキッチンは、元々1人用サイズのコンパクトなものなので2人並んで調理は出来ない。後ろで見守る伏黒を他所にキャベツを手に持った乙骨は外側と内側を半分に剥がすと片方を手前に置きキャベツに刃を向ける。
流れるような包丁捌きに驚く伏黒。包丁の落ちる音が伏黒の時よりも軽くテンポよく響く。あっという間に千切りされるキャベツは細く均一でプロの仕上がりのようだ。ボウルに千切りにしたキャベツを移すと残ったキャベツも次々と千切りにされていく。両手に余るくらい大きなキャベツ一玉をすべて千切りにしてしまった乙骨は満足したように包丁を置く。
「どう伏黒くん?僕、うまいでしょ!?」
ボウルに高く積まれた千切りキャベツを指差しながら興奮した様子で話す乙骨。
「いや…うまい、ですけど…」
千切りキャベツの山を見ながら呆然とする伏黒。
「これ、どうするんですか?サラダ2人分だけでよかったんですけど…全部食べますか?」
「う、うーん…全部は多いかな…」
キャベツ好きらしい乙骨も流石にボウル山盛りのキャベツは全部食べ切れないようで。2人で立ち尽くしてキャベツの大量消費レシピを考える。冷蔵庫に保管して翌日でもいいのだろうが明日は2人とも任務があり戻って来れるかわからない。葉物は傷みやすいし調理したものは出来ればその日のうちに食べてしまいたい。
「あ、そうだ!しゃぶしゃぶにしようよ。それなら生で食べるよりたくさん食べれる!」
パァっとひらめいた表情の乙骨が伏黒を見つめる。珍しくいいレシピを思いついたのが嬉しいのかいつも以上に瞳が輝いている。鍋はあるよ!とシンク下から4人前くらいの大きな土鍋が出てくる。普段料理したがらないくせに調理道具はいっぱいあるんだよなと変に関心する伏黒を他所に調味料を鍋に入れる火をかける。急にやる気になった乙骨にあとは僕がやるからと言われキッチンを離れる伏黒。
少し離れたテーブルから見つめる伏黒はテキパキと調理する珍しい先輩の後ろ姿に新たな魅力を発見し嬉しくなる。
あっという間に出来上がりテーブルの真ん中に乗せられた鍋はもくもくと湯気があがり出汁の香りが漂い食欲をそそる。具は千切りキャベツと豚肉だけが乗った極々シンプルなものだが久々に乙骨が作った料理に胸が弾む伏黒。乙骨が2人分の皿と箸、つけだれ用ポン酢を持ってきて席につくと待ちに待った食事の時間。乙骨が伏黒の分をよそって渡すと興奮したかのように嬉しそうな表情でありがとうございますと器を手に取る。
伏黒くんってたまにワンちゃんみたいに嬉しそうにしてくれるんだよな。尻尾が生えてたらブンブン振ってくれてるのかな。
その姿が微笑ましくて笑ってしまう。どういたしましてと答えると自分の分も用意し、2人でいただきますと一緒に食べる。シンプルであっさりとした味つけに食が進む。あんなに山盛りだった千切りキャベツもあっという間に腹の中だ。特に腹が減っていたわけでもないのに無心で食べ続け、途中パックご飯も追加し、いつの間に鍋は空になってしまった。満腹になり満足した伏黒がやっと声をあげる。
「先輩って料理上手い方だったんですね。あまりにも食に興味がないからできない方だと思ってました」
「最近は任務のことばかりであんまり食べることにに意識がないだけだよ。でも半年前くらいは真希さん、狗巻くん、パンダくんでグルメブーム来てたんだ。その時は材料から拘るくらい盛り上がっててね。今ある調理器具はその時買ったやつだよ。給料のほとんどそういうのに費やしてたな」
懐かしいなあと苦笑いしている乙骨。そういえば一時期、五条先生がしょっちゅう生徒が作ってくれたらしいおこぼれのご馳走を見せびらかしては嬉しそうに食べてたことがあったなと思い出す伏黒。乙骨先輩が作ってた物だったなら一口くらい貰って食っとけばよかったと悔しくなる。
「また作ってくださいよ、俺のために。先輩の料理もっと食べたいです。俺に作り方も教えてください。そして先輩の好きなものもっと増やしましょう。それを俺が作りますから」
「僕は伏黒くんの作ってくれるもの何でも好きなんだけどなあ。でもそれだと伏黒くんメニュー考えるの大変なんだよね。ごめんね、いつも気にかけてくれてありがとう。僕もいろんなものにもっと興味持てるように努力するね」
普段乙骨のことを常に考えリードしようと必死になってる伏黒。その必死さは乙骨にも伝わっている。そこまで必死にならなくても気にしないのに。だけど自分のために頑張ってくれる彼の姿を見ると見守っていたくなる。目が離せない。飽きることのない存在。
今度2人で買い物行こう。そして一緒に献立考えよう。一緒に作ろう。この先の明るい食卓を思い浮かべながら語り合う2人だった。