お題【喧嘩】任務で怪我をした伏黒。応急処置だけ施すとさっさと部屋に戻ってしまったらしい。その報告を受けた乙骨が部屋に駆け込む。反転術式で傷を癒そうとするも軽傷だからと拒否されてしまう。
「伏黒くん、いつも無茶するよね。どうして?」
伏黒の手を握る乙骨が問う。顔には大きな傷パッドが貼られていて痛々しい。視線を落とすと部屋着のTシャツから覗く腕には手当ての包帯が複数。
「君には式神がいる。君自身が無理に前線に出る必要はないじゃないか。君はいつも何かを背負って頑張りすぎる。そんなんじゃいつか倒れちゃうよ」
傷だらけの手を摩りながら俯き、心配そうな表情。だが今の伏黒はそれどころではない。任務後でまだ血の気の多い伏黒は苛々していた。無茶をして怪我したのは事実。だが今は責められるようなことを言われたくない。ましてや1番言われたくない人からそういう言葉が出てきて伏黒の怒りは頂点まで昇り着いてしまった。
伏黒は乙骨の手を払うと頬を鷲掴みし強引にこちらを向かせる。乙骨の目に伏黒の黒々と燃えたぎる瞳が映る。
「アンタ、人のこと言えるんですか?特級だからって誰よりも先に突っ込んで。素手で攻撃受け流して。反転が使える?だからなんだってんだ。怪我してる事実は変わらんでしょう。他人の傷は癒して自分の痛みは知らんぷりですか?先に倒れるのはそっちだろ」
ギラリと乙骨を睨みつながら吐き出すだけ吐き出した伏黒がハッとする。頬を鷲掴みにされたまま見つめる乙骨はひどく怯えた顔をしている。瞳孔が開き瞳が揺らいでいる。パッと手を引き解放すると乙骨はすぐに視線を逸らしそっぽを向いた。俯いて腕を組み、呆然と立ち尽くす乙骨。袖を掴む手が震えている。
やってしまった。ちょっと苛立っていたとは言え先輩を当たり散らしてしまった。無言で立ち尽くす姿に相当ショックだったかもしれないと思うと後悔ばかりが頭を支配する。気まずい時間が流れる。ちゃんと謝らねば。伏黒が口を開いたその時乙骨が喋り出す。
「ごめんね…!伏黒くん。確かに僕は反転術式が使えるから自分が傷つくことはなんとも思わない。でもそれじゃ皆に示しがつかないよね…僕は君の先輩なのに君の気持ちも理解できてなかったなんて、先輩失格だね。ごめんなさい…」
どこを見ているのかわからないがただ一点を瞬きもせず見つめて謝る乙骨。かなり動揺しているのだろう。先輩は何も悪くないのに何故謝るのか。より自責の念にかられる伏黒。無言の伏黒を見てまだ怒っていると思っているのか、乙骨の声が震えて小さくなる。
「伏黒くん…もう怒らないで」
「もう怒ってませんよ」
先輩こそ、泣きそうにならないでくださいよ。
「僕のこと、嫌いにならないで」
「嫌いになんかなるわけないでしょう」
たった一度すら嫌いになったことはないのに。
思いが交錯しすれ違っている。ちゃんと伝えないと…。ため息をつくと伏黒は乙骨の背後に移動し、乙骨の腹に腕を回し抱きつくとそのまま乙骨ごと後ろのベッドに倒れ込む。何が起こったか理解できないままの乙骨は受け身もとれずベッドに埋まってしまう。後ろから伏黒に抱きつかれ、表情の見えない乙骨はどうしていいかわからず固まったままだ。伏黒は乙骨の丸まった背中に額をくっつけると真意を明かす。
「俺をむしゃくしゃさせた罰として今日は一緒に寝てください。それから…いきなりキレ散らかしたことは申し訳ありません。任務が俺の思うようにいかなくて苛立ってたんです。でも関係ない先輩に怒りをぶつけてしまったのは俺の不徳の致すところです。本当にすみません」
伏黒の本音を知り乙骨は安堵する。ぎゅっと腹に抱きつく手の感触にひどく安心する。
「そっか、わかった。……伏黒くんの方見てもいいかな?」
了承の合図に腹に回された腕が解かれると乙骨は伏黒と見合う体勢になる。少し恥ずかしいそうにしている伏黒に微笑むと優しく額を撫でる。少し掻き分けて見えた肌に唇で触れる。
唇が触れたところから心地良い呪力が流れてくる。同時に傷口の痛みが引いていく。身体が軽くなる気がする。これが反転術式か。しばらくして唇を額から離すと傷パッドの貼られた頬を撫で始める。
「伏黒くん僕ね、どんな顔の伏黒くんも好き。怒った顔は怖いけど…でもね、綺麗な顔の伏黒くんが1番好きだよ」
そういうと頬の傷パッドを剥がしていく。そこにあったはずの傷は跡形もなく消えていた。
「でも良かった…伏黒くんが怒った時僕もうこの世の終わりかなってくらい怖かったんだよ」
「そこまで考えます?これくらいで嫌ったりしないですよ」
乙骨の過剰な怯え具合に心配しすぎだと伏黒は笑う。
「僕ね、高専に来る前の人間関係すごく悪くて他人の顔色ばかり気にしてたんだ。だから怒られたり怒鳴られたりするのに過敏なくらい怯えちゃうんだ。特に身近な人から言われるのものすごく辛い」
伏黒は高専に来る前の乙骨のことは特級過呪怨霊、祈本里香に呪われていた被呪者であったことしか聞かされていない。あまり過去を話したがらない乙骨の過去がどれくらい凄惨な日々だったかは想像でしかわからないが、一際悲しそうな顔をして枕に顔を埋める乙骨を見て本当に申し訳ないことをしたなと後悔する。
「先輩、さっきのことは本当にすみません。忘れてください。これはもう何度も話したことですが、俺は先輩のことを離すつもりはありませんから」
伏黒は綺麗になった頬を撫でる乙骨の手の甲に触れると指を絡め、握る。
「俺達は性格は真逆かもしれないけど結局は似た者同士。切り離されても決して崩れることのない引力ですぐに戻される。例えるなら…そう、磁石のみたいな感じですね。」
「磁石?くっついて離れないってこと?」
「それもありますが、磁石にはNとSという表示があるのは知ってますよね。それを磁極と言います。繋がった2つを切り離しても必ず磁極はペアで現れるんです。何度切り離しても切り離した分だけ磁極は現れる。つまり違う方向を向いてようが俺達は線で結ばれてる。断ち切ることは誰にもできない。それはきっと俺達であっても。俺と先輩はそれくらい強い絆で結ばれてるんです。だから俺は先輩から離れることはありません」
口をポカンと開けて不思議そうに聞いている乙骨に難しかったかと苦笑いする。
「ご、ごめん!伏黒くんって頭いいんだなぁって思って…」
先輩だって座学悪くないでしょと言うと、そんな例え僕にはできないよ。と乙骨。
「でも言いたいことは伝わった。磁力のように強い愛情が僕らを縛りつけてひとつにしてくれてるんだね」
手の甲から繋がれた伏黒を手をそのまま引き寄せるとその指にキスをする乙骨。もう片方の手で足元に寄せてあった掛布団を伏黒と自分に掛けると眠る体勢に入る。
「今日は僕が伏黒くんと過ごした日々の中で1番幸せかもしれない。一緒にいれる時はできるだけそばにいてね」
「俺も先輩と繋がってる時が1番幸せです。心も体も。先輩の心も体も中も全て、俺のもので満たしたい」
「それってセックスのこと?伏黒くんこんな時でも元気だね。僕だっていつでも君で満たされたい…でも僕眠くなってきちゃった。伏黒くんと一緒に寝るとあったかくて安心するんだ…」
少し頬を染めた乙骨が伏黒を見つめるがその眼はとろんと蕩けていてすぐにでも寝そうなくらいだ。目の前でそんな煽るような顔されたらバクバクと滾る体。だが任務の疲れもあってか眠気が勝り始める。
「少し休んで目が覚めたら相手してあげるね。…今はおやすみ。伏黒くん」
乙骨が頭を撫でるとその心地良い感触に身を任せ眠りにつく伏黒。その眠りを見届けて乙骨もを眼を閉じる。
見つめ合って眠る2人。繋いだままの手が2人を同じ夢へと誘う。夢の中でも仲睦まじく過ごせますように。