お題【熱気】今日はグルメフェスにやってきた2人。全国から旨いものが集結するというので下調べをして食べたいものを探してきたが今の乙骨はそれどころじゃない。
広場を埋め尽くすたくさんの人。どのブースも行列が長くてもはやどこに何があるのか探すだけでも一苦労しそうなくらいだ。
「すごい人だね…伏黒くん、本当に行く?」
「当たり前じゃないですか、鮎の塩焼き食べたいんでしょ」
伏黒はグルメフェスなどに興味はない。だが恋人の乙骨がどうしても鮎の塩焼きが食べてみたいと言うのでそれならと付き添うことにしたのだ。だが乙骨は人混みが苦手だ。伏黒が人混みを掻き分けながら進むのを盾にして後ろからぴったりくっついて付いてくる。
逸れないように伏黒の袖を掴み不安そうにキョロキョロとして落ち着きのない先輩を見て、もはやグルメどころじゃないなと思う。でも実はこの状況を楽しみにしていたのは伏黒だった。
人混みの中で人の目を気にしすぎる乙骨は普段なら有り得ないくらい体を密着させてくる。今なら乙骨の腰に手を回しても受け入れてくれそうだと思う。そっと手を握ると待ってましたとばかりに握り返してくる手。緊張からなのか少し汗ばんだ手のひらが密着して少し気持ち悪い。それでも普段滅多に頼ってくることのないはずの先輩の貴重なヘルプサインを逃すまいと乙骨の動向から目が離せない伏黒。
ようやくブースまでたどり着くもそこでも待ち時間が30分くらいある。最後尾に並ぶと不安そうな乙骨がこそこそと話かけてくる。
「皆よくこんなたくさんの人の中にいて疲れないよね…僕もう早く抜け出したいって思ってるよ」
「いや、疲れてると思いますよ。それでも食べたいから並ぶしかないんでしょうね」
本当なら俺だってこんな人混みからさっさと離れたい。だけど先輩の喜ぶ顔が見たい。もう少し待てばようやく目的の物にありつける。もはやこれだけ入手すれば後はどうでもいい。早く先輩と2人きりになりたい。
イライラする表情を隠しつつ乙骨を見てみると俯く顔はすこし顔色が悪い。
「先輩大丈夫ですか?どこか座れる場所で休んでいいですよ」
乙骨の顔を撫でると少し赤みのある頬は火照ったように熱い。
「大丈夫。せっかく並んだから一緒に待つよ」
ちょっと人に酔ったみたいと苦笑いする乙骨の表情は我慢しているのか苦しそうにも見える。
「買えるまでもう少しかかると思いますし具合悪いならちょっと離れたところで休んだほうがいいです」
先を見やると先頭はまだまだ先の方。地道に進んではいるもののあと10分はくらいは立ったまま待つことになるだろう。伏黒は乙骨に休んでもらうために手を離そうとすると嫌がるように強く握りしめられ腕にも手を絡められる。
「いやだ、離さないで。こんな場所でひとりにしないでよ」
うるうるとした瞳に見つめられドキッとしてしまう。体調が悪いのにそれでも自分のそばにいたがる乙骨のことが可愛くて仕方ない。そんな事されたら手放せるわけがない。
「わかりました。あと少しだし頑張りましょう。でもダメそうだったらすぐに言ってください。諦めましょう」
「えっ、それはもっといやだ…鮎食べたい……」
今にも泣きそうな顔で訴えてくる乙骨にノックアウトされそうで思わずそっぽを向いてしまう伏黒。
気弱な先輩が可愛すぎる…!この人混みには苛々させられるがこのおかげで最高に可愛い先輩が見れたんだ。今日は来た甲斐があった。
そうこうしているうちに自分たちの番がやってきた。串に刺されこんがりと焼かれた鮎を見てキラキラを目を輝かせる乙骨。先程の体調の悪さはどこへやら、ご満悦の表情で串を持って歩く乙骨に子供みたいだなと笑う伏黒。コロコロと変わる表情に毎度心を掴まされる。会場から少し離れたベンチに座りようやく食べられるとほっとした顔の乙骨は嬉しそうにいただきますと鮎の腹めがけてガブリと噛みつく。
「骨飲み込まないでくださいよ。痛い目に遭いますから」
「大丈夫だよ。そうそう、鮎って全部食べれるらしいよ。でも僕は頭は食べないかな。ちょっと可哀想で…」
そんなことをいいながら器用に身だけを剥がし食べていく乙骨。それを見ていた伏黒も齧りつくが小骨が邪魔して綺麗に食べられない。口に入らなかった身がボロボロと溢れていくのを見た乙骨は笑いながらテッシュを取り出し溢れたものを拭き取っていく。
「伏黒くんも器用じゃないことあるんだね。初発見」
嬉しそうにいう乙骨に少し悔しい伏黒は悪かったですねと不貞腐れてしまうから余計に面白くて笑う。
「伏黒くんって僕といる時いつも完璧であろうとすよね。僕は普段通りの伏黒くんも好きだけどな」
「そりゃあ好きな人の前ならカッコよくありたいと思うでしょ」
「そうなのかな。でも確かに僕も最初の頃は先輩なんだからリードしなきゃって必死になってたな。でもうまくいかなくて結局伏黒くんが先回りするようになっちゃったんだよね」
「当たり前でしょ。先輩のことは俺が守りたいですから」
「そういうことさらっと言えちゃうんだから伏黒くんはかっこいいんだよ」
先輩にかっこいいと言われた瞬間、点火したように顔が真っ赤になる伏黒。かっこよくありたいとは常に思っている。だが乙骨からそう言われると嬉しい反面気恥ずかしさに頭が爆発しそうだ。
乙骨は伏黒の食べ残した串を貰い受け、残りの身を綺麗に剥ぎ取って食べる。舌をぺろりと唇に這わせるとご馳走様でしたと言ってさっさと近くのゴミ箱に串を捨てにいく。そんな乙骨を目で追いながら、さりげなく間接キスして、自分より一歩上手なことをされて悔しくなる伏黒。
戻ってきた乙骨はじとーっとした目つきで見つめてくる伏黒を見て仕方ないなあと思う。
伏黒くんがこういう目で見てくる時は嫉妬してる時なんだよね。少し優しくしてあげなきゃ。
「伏黒くん、今日はつきあってくれてありがとう。あとは君の好きなようにしていいよ」
乙骨が手を差し伸べると伏黒はベンチから立ち上がりその手を握る。が、そのまま引っ張り抱き寄せる。
「わかりました。じゃあ今日はもう帰りましょう。部屋に着く頃にはいい時間になってますよね」
「そうだね。でも先にシャワー浴びたいな。汗かいちゃったし、あの場所調理の煙もすごかったしいろんな臭いついてそう」
「駄目です。今日はもうすべて俺のものなんで。我慢してください」
強く抱き締める腕が逃がさないとばかりに縛り付けてくる。この感触、自分が伏黒くんのものだって思える瞬間が嬉しくてたまらない。
「わかったよ。じゃあ早く帰ろう?」
2人の思いは熱気のある賑やかな会場に負けないくらい熱い絡みつき、繋がっていた。