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    nok_0000xxxx

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    シノノメがまだクール系ライバルやってた頃の話

    彼らの出会い 振り上げたクナイの切っ先が、小刻みに震えて所在を失う。
     周囲を包む焦げ臭い匂いが鼻を付いて、手の震えに一層拍車をかけた。
     怖くはない。ただ、覚悟が足りない。勇気が足りない。
     馬乗りになり動きを封じた相手に、その刃を振り下ろしたなら終わるのだ。自分に課せられた任務は。
     それでも、どうしても誰かの命を奪うことができない。ためらうなと、迷うなと何度も何度も教えられてきたというのに。
     相手は全身いたるところに火傷を負い、もはやまともに動くことはできない。なれば、もうこれで十分ではないか。命を奪う必要などあるのだろうか。
     彼―――望月橙十郎という少年は、忍びの身でありながら人を殺せぬ性分の持ち主であった。
     橙十郎の惑いを感じたか。下で伸びていたはずの男が、わずか残った力でクナイを握る彼の細腕を掴む。

     「っ!」

     男は体格がよく、見てくれは筋肉ダルマ。対する橙十郎はまだ少年で、単純な筋力ならば男の方が格段に上だ。
     みしり、と掴まれた腕が悲鳴を上げた。油断しているうちにもう片手も掴まれる。最後の悪あがきなのか、援軍が来るまでの時間稼ぎか。

     「クック……いくらコーガの忍といえど、ガキはガキか……」

     焼けただれた顔で、男は彼を嘲笑った。手首を締め上げる力は強く、このまま折られてしまいそうだ。
     そういえば先刻の戦いでは、森に生えた巨木を素手で薙ぎ倒していた。とんでもない怪力の持ち主だ。それでも、ここまで力が弱まっているのは腕に負った無数の火傷のせいだろう。
     火傷を負わせたのは、他ならない橙十郎自身なのだが。

     「人殺しは怖いか? ン!? それで忍を名乗ろうなど、ちゃんちゃらおかしいな小童めが!」
     「ぐっ……!」
     「時期にワシが飛ばした式神に気が付いて、援軍が来る。それまでこうしてワシと力比べをするか! それともキサマの腕をワシが折るのが先か! 腕が塞がれていては印も結べまい!」

     万事休すとはこのことだ。
     腕は圧倒的な力の差を前にしてピクリとも動かない。得意の術―――この男を下した火遁の術も、男が言うように腕を塞がれていては印も組めず使うことはできない。
     しかし、その一方的な攻防戦はある投擲によって終止符が打たれる。

     「んがっ……!?」

     男のうめき声とともに、腕を拘束する力が弱まった。そこに滴る、血。男の腕に刺さった、二本のクナイ。

     「これはっ……?」
     「邪魔」
     「、っふぎゃ!」

     何者かの低い呟きとともに、当惑する橙十郎の頭を、何かが薙ぎ払った。
     まるで鞠のように吹っ飛ばされ、橙十郎の体は近くの木に打ち付けられる。
     じんじんと疼痛に悩まされる頭を抱えながら、橙十郎が顔を上げると今まで自分がいたところに、自分と同じくらいの年の頃の少年がおり―――彼が、男の首をクナイで一突きにしていたのだった。
     断末魔の、絞り出された悲鳴。獣も逃げ出しそうな、醜い音色だった。

     「あ、あなたは……?」
     「……援軍が来る。死にたくなければ構えておけば」
     「えっ、ハイ……!?」
     
     少年の言葉通り、風を切り葉を揺らす音とともに白服をまとった集団が姿を現した。
     その数はざっと数えて十人以上。
     白服に、顔を隠した術師の装束。今では焼け焦げて黒ずんでいるが、男が身にまとっていたのも元はといえば同じものであった。
     『黄泉衆(よもつしゅう)』―――それが、彼らを指す名である。
     黄泉の神イザナミを崇拝する、術師の集団。
     とある要人の命を狙う彼らの討伐が、橙十郎らコーガの忍にこの度与えられた任であった。

     「話を聞く限り、この男は今回の作戦のまとめ役……。彼らを片付ければ、おしまいだ」

     少年が、小さく呟く。口元が襟巻きに覆われているため、少年の呟く声は聞き取りづらい。
     言うなり、彼は白服の集団に突っ込んでいった。白服が術の構えを取る前に少年のクナイが三人の術師の胸を射抜き、投擲した手裏剣が一人の眉間に突き刺さった。
     鮮やかな忍具捌き。一瞬、橙十郎はそれに見とれた。ここが敵地であること、戦闘の真っ最中だということも失念して。
     しかし、残った白服が術を唱え終わった。
     虚空に描き出される無数の黒い槍。それが、雨のように少年に降りかかる。

     「……!」

     飛び退って、少年はそれをかわすが、別の術者が放つ槍が彼をさらに追い詰める。
     惚けていた橙十郎は、ハッと我に返ってとばっちりを避けるどころか逆に突っ込んでいった。

     「きみ、死にたいわけ……?」
     「いえ! 法術は法術で相殺が出来ますから……!」

     素早く印を結び、少年の前に躍り出た橙十郎は懐から巻物を瞬時に取り出し広げ、叫んだ。

     「『火遁・紅蓮天龍』!」

     二人の周囲を囲むように、炎が竜巻状に巻き上がる。
     降り注ぐ黒い槍を、さながら竜が如く喰らい尽くす。
     表情の伺えない白服の集団も、これにはたじろいだ。橙十郎といえば、細身でまだ十代の半ばにも至らない少年であり、白服たちは忍とわかっていても油断していたのだろう。
     橙十郎に庇われた少年も、男と対峙していた時の橙十郎を見てタカをくくっていたらしく予想以上の実力に眠たげな垂れ目を瞬時刮目した。
     槍を相殺仕切ると、炎の竜巻は霧散した。その瞬間を見計らって、橙十郎の背後に控えていた少年が跳躍する。

     「武装招来……『首切り風車』」

     少年の言葉と、組んだ印に呼応して、煙とともに大ぶりの刃のついた手裏剣が現れる。その大きさは、少年の身の丈の半分近くはある。
     それを、彼は白服に向かって投擲した。
     橙十郎の術に呆気を取られて油断していた白服の集団は、わずかながら反応が遅れた。ビュン、という風切り音の後には、四つの首が苔むした地面に落ちていた。首切り風車―――その名を体現するように。
     だが、残った白服の集団は覆面の合間から目配せをし、次の手に出た。
     残るは七人。うち、四人が短刀を携え橙十郎と少年に肉薄する。その背後で、残った三人の術師が印を切り、何事か詠唱している。
     前衛に出た四人は、二手に分かれ橙十郎と少年に刃を向けた。
     少年はそれを危なげなくかわし、一人目の一閃を受け流して足を払う。続いて二人目の剣をクナイで受け止め弾き返し、生じた隙にすかさずガラ空きとなった腹部に鋭い蹴りを入れた。
     一方橙十郎といえば、二人同時の相手に戸惑いつつも一撃目を跳躍しかわす。跳躍する瞬間に、その手が慣れた様子で印を組む。

     「御免っ……『火遁・火雨』!」

     そして、跳躍をしたまま白服二人組に向けて己の得意とする火の術を浴びせた。
     二人が降り注いだ火の粉に怯んだ隙に、着地地点からすぐさま二人へ肉薄し、一方へ飛び蹴り、その勢いのまま、もう一方の白服へ踵落としを鮮やかに決める。

     「失敬!」
     「律儀に頭下げてる場合じゃないけど?」

     少年は自分で下した相手にお辞儀をする橙十郎を一瞥し、顎でしゃくって後衛に回った術師らを指す。
     白服の周囲には黒雲が立ち込め、複雑怪奇な黒い文様が空中に描き出される。
     大掛かりな術を発動するつもりなのだろう。阻止すべく、少年が三本のクナイを投擲するが、バチンと黒い電流に阻まれ、それは虚空で弾かれて地に落ちた。

     「チッ……」
     「結界……!」

     無闇に突っ込んだところで、返り討ちにあいかねない。顔を緊張でこわばらせ、橙十郎と少年は身構える。

     「黒秘術……『死天曼荼羅』!」

     白服のうち、一人がその術の名を高らかに叫んだ。それが始動のきっかけとなり、宙に描き出された文様が回転しながら黒い雷を放つ。
     それらは木々を焦がし、倒し、地を抉りながら橙十郎と少年へも降り注ぐ。
     軌道は読めるが、何分その数が多い。二人はすんでのところでそれを回避するものの、反撃には出られない。

     「飛び道具で殺るにしたって、結界が邪魔だな……。そもそも、狙いが定まらない」
     「あ、あのっ……! 結界でしたら自分が! なんとかっ! します!」

     危うい足取りで、橙十郎が申し出る。少年は、無表情はそのままに、しかし多少呆れた様子で聞き返した。

     「……できるわけ?」
     「やります! ですがっ、なんとか出来ても一瞬……どうかあなたのお力をお貸しください!」
     「貸すも何もじゃなきゃ無駄死にでしょ」
     「よろしくお願いしまっ……ふぎゃっ!?」

     律儀に頭を下げようとした橙十郎に黒い雷が落ちかけるが、前につんのめってすんででかわす。忍者とは思えないくらい、間抜けな姿に少年は本当に大丈夫かとため息をついた。
     体勢を整えた橙十郎は、襲い来る雷撃をかわしながらも印を組んだ。そして、懐から二本の巻物を取り出し広げる。
     その瞬間、巻物が真赤な炎に包まれ燃え上がった。

     「いきますっ……『火遁・炎魔降誕』ッ……!」
     「……!?」
     
     燃え上がった巻物が、橙十郎の体に抱擁するかのごとく絡みつく。さしもの少年も、その光景に息を飲んだ。
     火達磨になるはずのその体が、みるみる炎に覆われ―――纏った炎が竜か鬼のような形状に変容し、橙十郎を包んでいるのである。
     一本の雷が、炎をまとった橙十郎に飛来する。あわや、なぎ倒された木々と同じ末路をたどるか―――そう思いきや、その炎が盾となり雷を霧散させたのである。

     「僕が結界を破ってきます! その後は任せます!」
     「おーざっぱ……」

     後を少年に託して、橙十郎は火をまとったまま詠唱を続ける白服に突っ込んでいった。

     「馬鹿め。どんな術か知らんが、三人がかりの結界が破れるものか」

     白服の一人が嘲るように呟いた。だが、構いもせずに橙十郎は雷を身に受けながら結界にさらに突っ込んでいく。
     紅蓮の炎と、黒い稲光がせめぎあい木々を揺らして空間が明滅する。

     「ぐううう……この、ぉおおおお!!」

     結界に手を突っ込み、橙十郎は結界の霊力に拒まれながらも引き裂こうとする。
     炎が手を起点としてさらに燃え上がり、黒雷は拒絶の力を強めてさらに強く迸る。だが、引き裂く力は強く結界には次第に綻びが生じ始めた。

     「なっ……」
     「はぁああああああッ!!」

     橙十郎の雄叫びに呼応し、紅蓮の炎が吹き上げる。身にまとった炎すべてが弾け、結界を焼き尽くす。
     結界が霧散する。さしもの白服達も動揺したのか、瞬時詠唱が止まる。

     「今、です……!」

     力を使いきり後ろに倒れ込む橙十郎に、一瞥くれて頷くと少年は曼荼羅から吐き出される黒雷をかわし、白服たちの前に躍り出た。

     「終わりだ」

     三人組の、中心にいた男をまず蹴り飛ばす。男はその一撃で気を失い、力の加えられた方に従って後方に倒れ込んだ。
     そのまま、勢いで体をひねり左右の男にも蹴りを見舞う。強烈な蹴りに三人は昏倒し―――そして、そこには静けさが戻った。

     「……生きてる?」

     おもむろに倒した男達にトドメを刺しながら、少年は橙十郎に問うた。

     「は、はい……。しかし、情けないのですがどうにも霊力を使いすぎたのと、術の反動で動けなくなってしまいまして……。この術本当ならば僕の身に余るものなんです」
     「へえ……。きみ、コーガの忍者だよね」
     「あ、はい」
     「じゃ、生きてるみたいだし持って帰るよ」
     「ほえ……?」

     伸びきっている橙十郎を引っ張り上げ、背に負いながら少年は歩き出した。

     「え、ええと……今更なのですが、あなたはどちら様でしょうか……?」
     「猿鳶東雲。お師匠様……猿鳶佐介殿に連れられて、今日からコーガの忍の一員になった。……シノノメでいい」
     「シノノメ殿ですね! 此度は危ないところをありがとうございました!」

     疑いの一片もなく、顔を見ずとも笑顔で喋っていることがわかるような声音で礼を言う橙十郎に、シノノメはこんな忍者がいるのか、とため息をついた。自分が想像していたものには程遠い。
     忍とは心に刃をあて、心を消す者。そう考えていたというのに、この少年ときたらこの様子である。

     「あ、申し遅れました。僕、望月橙十郎といいます! よろしくお願いします!」
     「望月……コーガの頭領の家か。きみはまさか、頭領の息子?」
     「はい! まだ、望月の名を語れるほど力はありませんが……」

     己の背で苦笑する少年は、疑いのひとつも持たずに自分に対して話しかけてくる。
     聞けば、コーガの里を束ねる望月家の頭領の息子という。なるほど、詰めが甘いところはあるもののそこそこ腕が立つのはそのためかとシノノメは得心した。
     里の頭領の息子が、突然現れた人物に対してそんなに無警戒でいいのかとシノノメは呆れた。もっとも、自分が橙十郎に明かしたことは全て事実であるから無駄に警戒されても意味がないのだが。

     「なあ、余計なお世話かもしれないけれどね」
     「はい……?」
     「きみ、忍者向いてない。ぼくが本当に味方かもわからないのに」
     「あはは、よく言われます。……でも、シノノメ殿は僕を助けてくれましたから! 悪いお方ではないと思ったのです!」

     助けるときに頭を蹴り飛ばしたのは不問なのか。罪悪感など持ちもしていないが心中突っ込んでしまうシノノメであった。
     そもそも、あれは邪魔だったから蹴り飛ばしただけで、助けるつもりもなかったが。必要であれば、一緒に殺していた可能性すらあった。
     
     「シノノメ殿は、里に来られたばかりですよね?」
     「まあ、うん。っていうか、里に行く途中にお師匠様にこっち連れてこられたし……」
     「でしたら、里に着きましたら僕が里を案内いたします! 是非恩返しさせてください!」
     「別に、いいよそういうの」
     「いえ、そういうわけにはいきません! 同じ里に帰る友ですから! 僕と一緒に里を回りましょう!」
     「友って……」
     「はい、僕とシノノメ殿は同じ里に帰る友です!」

     友―――友人と呼べる人間が、指を二本折って数え終わる数しかいないシノノメにとっては馴染みのない言葉であった。
     付く相手によっては、いつか刃を交えるかも知れない忍が口に出すような言葉でも、ない。だが、シノノメはその響きがなんともむず痒く感じた。

     「ぼくはもともと忍者じゃないけど、ぼくから見ても……やっぱり、きみは忍者っぽくない」
     「そうですね。僕よりシノノメ殿の方がかっこいいし、忍者っぽいです」
     「いや……うん、まあ、いいや……」
     「そうだ! 陣地に戻るまで僕が里の話をしましょう!」
     「体は動かないのに口は回るんだな、きみは……」

     その後、陣地につくまで橙十郎の朗々とした語りは続き―――辟易としながらもさほど悪い気はしなかったシノノメであった。
     それが、望月橙十郎と猿鳶東雲の出会いであった。
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