毀れ刀の名 夢を見ている。
■に呼び付けられ、俺は座した。広い空間の端には竹刀が数本立てかけられており、■を見上げれば、その背後の壁に額に入れられて掲げられた、「不言実行」の文字がある。
「■■、これを見なさい」
仰々しく差し出されたのは、朱い鞘の拵えに収められた脇差だった。
手に取ればずしりと重く、小さな手で落とさぬようにしっかと握った。どうやら、幼い時の記録の再現のようだとそこで気が付く。
「これは我が家が代々受け継いで来たものだ。いつか、お前がこの道場を継ぐ時に渡す」
■が刀を手に取り、鞘から抜いた。窓より差す日を反射して、ゆらりゆらりと刃紋が煌めく。俺はそれを、焔のようだと思ったろうか。
「……刀は、重かったろう。それが命を斬るものの重さであり、護るべき己の命の重さでもある。今日は、それをお前に知ってほしかった」
■はただ静かに語った。
俺は漠然と、この男に不義理を働くことになり、働いたのだ、と考える。それは今この夢を見ている俺自身がだ。この時の俺に理解が及んだかまでは、汲み取れなかった。
焔のゆらめきが鞘に収められる。嘗ての俺には美的な感覚が存在していたのか、僅かに惜しいと感じたらしかった。
「■■、お前が剣に生きるなら、この刀がお前を護るだろう。その名をよく、覚えておきなさい」
--■■■■。
……ノイズが走る。夢が終わるのだと、目を開いた。
***
手元には炎の刻印を刻んだ魔剣があった。これが、呪圏に突き立てられた刀の山から、最も手に馴染む脇差だった。夢うつつに、これを手入れしていたようだ。
実のところ、俺にとって夢も現実もさしたる違いはなかった。夢を見ても手はすべきことをなぞり、体は動いた。現を見ても、関心を失えば記憶は削げ、必要なものだけを残した客観的な記録になる。そして、好きな方を本当にしろとも言われた。故にどれもさした違いはなかった。
魔素を含ませ、毀れた刃を指で撫でる。いつも刀は使い捨てで、こうして手入れをしたのはいつぶりなのだろうか。少なくとも、遡れる記憶にはなかった。
指で撫でる都度に、毀れ刀は焔の如き刃紋を取り戻す。それは夢で見た煌めきを想起させた。ああ、お前と会ったはじめはその時だったのかと、今この時に合点がいく。
「赫翼焔々……か」
銘を口から溢せば、ゆらりと陽炎めいて刀が光る。
さて、まったく義理堅い刀があったものだ。摩耗しても消えないものはあるらしいのだと、知った身故こそ一層に。