影山VS詐欺師 30年勤めた会社をリストラした。競馬につぎ込んだ退職金は借金に変わり、嫁と子供には出ていかれ、俺にはもう何もない。ポジティブに考えれば、失うものもない。
そんな無敵状態の俺は、詐欺師として生活することに決めた。成功すれば人生一発逆転だ!
今日は言わばデビュー戦。とりあえず気が弱そうな老人の跡をつけて、セキュリティの許そうなマンションに入った。
さっきの老人が入って行ったのは…確かここだ。
ピンポーン!
思い切ってチャイムを鳴らし、スーツの襟を整える。しばらく待つと、「はい」という返事と同時にドアが開いた。
「こんにちは!△△銀行の者です。今お時間よろしいですか?」
しかし出てきたのは黒髪で背の高い青年だった。
あれ、さっきの老人は!?もしかして部屋間違えた!?
「なんですか?」
「あ、あなたの口座が不正利用されているんです。本人確認のためにお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
動揺のあまり演技を続けてしまった。ここで誤魔化して帰ればよかったのに。もう後の祭りだ。
「不正利用…?名前は影山飛雄ですけど」
「えぇ!?影山飛雄!?」
本物!?こんな顔してたっけ?前に娘がかっこいいって騒いでたけど、たしかに端正な顔立ちだ。
「?人違いですか」
やべ、怪しまれた!もう畳み掛けるしかない!
「いえ、合ってます。ところで間違っていたらいけないので、支店名と口座番号を教えていただけますか?」
「え、そんな急に言われても…。ちょっと待ってください」
そう言って彼はスマホを操作しだした。そして俺は確信した。こいつ、いける!
「□□支店のoooooooです」
やった〜〜〜!チョロい〜〜〜〜!
「ありがとうございます…!一致しております!」
「……な、なんで泣いてるんですか?」
「いえ、あなたが可哀想で…!」
まぁ、本当に可哀想になるのはこの後だが。
「では、早急に口座を止めるために暗証番号4ケタを…」
「あの、すいません。俺△△銀行に口座持ってないんですけど」
……………………え?
「勘違いじゃないですか?それか詐欺とか」
「え!!!!!!!?」
バレた!?いや、アホなフリして最初から俺を弄んでいたのか…!?
背中にじっとりと嫌な汗をかいている気がする。今からでも入れる保険ありますか。
「最近多いみたいなので、気をつけた方がいいですよ」
「…………は?」
バレてない…だと?そんなことがあり得るのか?詐欺が多いって知ってるのに、気づかなかったっていうのか…?
しかも心配してくれた?この俺を…?
「……そうみたいですね。気をつけます。失礼しました」
青年に会釈をして、踵を返した。初めに見た時より彼の背が高く感じるのは、俺が俺のちっぽけさに気づいたからだろうか。
家に帰るまで、俺は一度も下を向くことはなかった。
5年後。人生を一からやり直すつもりで、死ぬ気で勉強した俺は、地元で警察官になった。影山選手のように純粋な若者が騙されることがないよう、詐欺被害を減らすために日々奔走している。
「お疲れさまです。これ、近所の方からの差し入れです」
「ありがとうございます。うわ、これ俺の好きなやつだ!」
「はは、実は届けてもらうよう頼まれたんです。みんな感謝してるんですよ」
「いえ、澤村先輩に比べたらまだまだです」
今こうして心を入れ替えられたのは、影山選手のおかげだ。俺は、詐欺師ではなくなったあの日から、もう自分を偽ることはなかった。